もふもふチャンネル

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6/18/2025, 11:26:37 PM

『系』


 いつからか、私の前に一本の細い糸が伸びるようになった。

「あんたにも、見えるのかい」

 ある日、通りすがりの老婆に声をかけられた。
 なんでもこの糸を手繰り寄せると、その時の自分に一番必要なものが手に入るという。

「系は一度使うと二度と現れぬ。万一の拠り所として、いつまでも残しておくといい」

 そう言って、老婆はどこかへ消えてしまった。

 私は老婆の言いつけを守り、糸を使わないでおくことにした。

「キミ、変わったよね。なんというか、自信がある」

 最近は仕事仲間から、よくそう言われるようになった。

 万一のときは、糸が助けてくれる。
 その安心感が私を強くしてくれたのだ。

 やがて良い妻にも巡り会い、糸のおかげで、私の人生は見違えるほど良くなった。

「ふざけないでッ!!」

 ある日、私は妻と大喧嘩をした。
 共に生活をすれば意見のすれ違いなど幾つもあるだろうが、この日ばかりは私に非があった。

 浮気がバレてしまったのだ。

「し、信じてくれ。私が愛しているのはお前だけだ」

 どれだけ言葉を並べても、妻は私を信じようとしない。

「これから父さんのところに行って全て話すから。あなたもついてきて」
「そ、それだけは、勘弁してくれ」

 泣きつく私を払いのけ、妻は支度を始めてしまう。

 この状況からなんとか助かる方法はないのかと、私は必死に糸を手繰り寄せる。

 出てきたのは、菓子折りだった。

6/18/2025, 10:44:47 AM

『届かないのに』


 家に帰ると、少女が机に向かっていた。

 彼女は青い便箋を何やら真剣に見つめている。かと思うと、今度はその隣にある白紙の便箋へ視線を送り、それを繰り返していた。

「飯食ったか」

 私が問うと少女は振り向かず、

「さっき」

 と答えた。

 なら簡単なもので済ませようと、私は冷蔵庫を静かに開いた。

「ねぇ」

 ちょうどウインナーが焼き上がったころ、再びリビングから少女の声が飛んできた。
 カウンター越しに覗くと、彼女は相変わらず机を睨みつけたままだ。

「どうしたんだ?」

 これが反抗期というやつなのだろう。
 私が問いかけても、少女は返事どころか目も合わそうとしない。

「思うんだけど、有名な神社ってみんな列を作ってでも参拝するじゃない?あれって、馬鹿みたい」

 久しぶりに話しかけてきたと思ったら、また突拍子もないことを口にする。

「なぜそう思う?」
「だって、あんなところで祈ったって神様には届かないんだから、無意味だと思わない?」

 身も蓋も無い、なんとも不謹慎な考えだ。
 やはり反抗期とはすえ恐ろしい。

「そんなことはないだろ」

 そう答えると、少女はため息をこぼす。

「神様だってヒマじゃないのよ。そんな大勢で押しかけられたら、困っちゃうでしょ」
「…」

 もしかしてこいつは、いつも私が仕事に出ている時間、こんなくだらない事を考えて過ごしているのだろうか。

 そんな考えが脳裏を過ぎると、腹ただしくも、どこかいたたまれない気持ちにもなった。
 
 机に向かう少女の横顔に、そんな眼差しを送る。

「学校は行かなくていいのか」

 少し間を空けて、少女が口を開く。

「お金ないんでしょう?」

 痛いとこを突く。

「少しばかり働いてもらえば、なんとかなる」
「そしたら、学校行けないじゃん」

 そう言ったのち、少女は左手に万年筆を掴み、もう片方の手で白い便箋を押さえつけた。
 まるで親の仇でも見るような、そんな眼差しで紙を睨みつける。

 私はもう何も話さないでおくことにした。

 ______そのつもりだった。
 だが真剣に机と向かい合う少女の姿を見ているうちに、思わず声をこぼしてしまう。

「お前だって一緒だろ」

 万年筆の動きが止まり、少女は私へ顔を向けた。

「それ、何のこと?」

 眉をひそめ、怪訝な眼差しを向けられる。
 それはさっき机を睨みつけていた時よりも、ずっと冷たいものだった。

「その手紙のことだよ」

 私は白い便箋に視線を送る。

「”宛名の無い手紙”を書いたところで、誰にも届かないのに、それこそ無意味だ」
 
 少女は少し驚いたように目を開く。

「……ッ」

 何か言おうとするが、返す言葉が見つからないようだ。やがて少女は諦めたのか、机へと向かい直した。

 しばらくして、少女がゆっくりと口を開く。

「……おかしいよね。届かないのにね」

 そう呟き、青い便箋を読み返す彼女の表情は、どこか愛おしげに感じられる。

 まるで、差出人の顔がようやく見えたかのような、そんな眼差しだった。

 そして少女は、便箋に綴りはじめる。

6/17/2025, 4:01:10 AM

『記憶の地図』


 記憶とは通り過ぎた過去の思い出であり、
 地図とは向かう目的地へと導く案内図である。

 記憶とは曖昧で、地図とは正確でなければならない。

 相容れない2つの関係は、まるで水と油のよう。

 しかし、水と油がそうなるように、この2つが交わって、ふと思いがけないものを生み出す瞬間がある。


「えー!凄いじゃん!めっちゃ上手いじゃん」

 それは、特売チラシの空白を埋めるため、何気なく描いた絵だった。

 メジャーな品種の野菜に手足や顔をつけた簡素なデザインだったが、即席にしては悪くないと我ながら感心していた。

 翌朝、これが思いのほかパートさんらの好評を受ける。

「こんなのすぐに描けちゃうなんて、センスあるよ」
「息子に写真見せたら、すごい喜んでたわ!」
「ウチの娘、これ見てピーマン食べれるようになったの!」

 普段は仲の悪い彼女らが、やたら団結して私を褒めるので、おそらく今後チラシの空白埋めは私が担当になるのだろう。
 
 それが分かっていても、やはり褒められるというものは、なかなか悪くないものだ。

 その瞬間ふと私の脳裏をかすめたのは、学生時代に漫画家を目指していた記憶だった。
 
 私の中で消えていた、あの頃から続く一本の道が浮かび上がる。

 記憶の地図とは、所詮ひとつの道でしかない。

 地図の終着点がどこなのか定かではないが、少なくとも、その道を進まなければ続きは描かれないだろう。

 
 そんな未来が思い浮かび、私は息を呑んだ。

 

 

 

6/15/2025, 11:23:26 PM

『マグカップ』


「今日も、雨ね」

 彼女はそう呟いて、白いマグカップを見つめていた。
 カップの底には、飲みかけの紅茶が薄い曇り空のような模様を浮かべている。

 朝起きるたびに、彼女はそのマグカップで一杯の紅茶を嗜む。
 
 晴れの日はショッピングに出かけ。
 曇りの日は図書館で本を読む。
 雨の日は家でふたり映画鑑賞をする。
 
「マグカップの天気は、たいてい当たるの」

 知人は笑っていたが、彼女にとってこれは約束事のようなものだった。

 このマグカップは昔もらったものだ。
 贈り主はもういない。

 だけど、マグカップの天気予報は、時々思い出も運んでくれる。

「あ、もしかして、今日は午後から晴れるのかな。だったら、日傘を持ってかなくちゃね」

 マグカップに浮かぶ曇天を飲み干すと、彼女はクローゼットに向かった。
 
 鮮やかな向日葵が描かれた、お気に入りの傘。
 
 たとえ天気が曇りでも、彼女の中は晴れる時もある。
 そんな時は、この思い出の傘と一緒に出かけるのだ。

 あの人のことを、いつまでも忘れないように。

6/9/2025, 12:47:02 PM

『どうしてこの世界は』


「どうしてこの世界は、ゴミで溢れかえっているのだ!」

青年は右手に持ったポリ袋を、力強く握りしめた。

大容量90L、10枚入600円。色は透明。

少しお高めだがそのぶん生地はしっかりで、鉄やガラスが掠れても簡単には破れやしない。

青年は勢いよく、ゴミを集めていく。
あえて透明な袋を選んだのは、集めた戦果を通行人たちに見せつけるため。

彼らに反省を促すためだ。

そんな彼の姿を見て感心の声が上れば、冷たく嘲る者もいる。

たくさんの視線が通り過ぎていく中、
青年はどこか悲しげに、ぽつり呟いた。

「どうして誰も手伝おうとしないんだ」

彼にとって、応援も嘲笑もただの傍観に過ぎない。
ゴミ拾いの同士が増えない限り、この世界の汚れは悪化するばかり。

「あのー」

嘆く彼の肩に、ぽんと軽い手のひらの感触が触れる。

顔を上げると、目の前には半透明のポリ袋が。
青年は瞳を輝かせる。

「すいません。これも一緒にお願いしていいですか?この辺、ゴミ箱なくて……」

青年は叫んだ。

「どうしてこの世界は、ゴミで溢れかえっているのだ」


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