『系』
いつからか、私の前に一本の細い糸が伸びるようになった。
「あんたにも、見えるのかい」
ある日、通りすがりの老婆に声をかけられた。
なんでもこの糸を手繰り寄せると、その時の自分に一番必要なものが手に入るという。
「系は一度使うと二度と現れぬ。万一の拠り所として、いつまでも残しておくといい」
そう言って、老婆はどこかへ消えてしまった。
私は老婆の言いつけを守り、糸を使わないでおくことにした。
「キミ、変わったよね。なんというか、自信がある」
最近は仕事仲間から、よくそう言われるようになった。
万一のときは、糸が助けてくれる。
その安心感が私を強くしてくれたのだ。
やがて良い妻にも巡り会い、糸のおかげで、私の人生は見違えるほど良くなった。
「ふざけないでッ!!」
ある日、私は妻と大喧嘩をした。
共に生活をすれば意見のすれ違いなど幾つもあるだろうが、この日ばかりは私に非があった。
浮気がバレてしまったのだ。
「し、信じてくれ。私が愛しているのはお前だけだ」
どれだけ言葉を並べても、妻は私を信じようとしない。
「これから父さんのところに行って全て話すから。あなたもついてきて」
「そ、それだけは、勘弁してくれ」
泣きつく私を払いのけ、妻は支度を始めてしまう。
この状況からなんとか助かる方法はないのかと、私は必死に糸を手繰り寄せる。
出てきたのは、菓子折りだった。
6/18/2025, 11:26:37 PM