『マグカップ』
「今日も、雨ね」
彼女はそう呟いて、白いマグカップを見つめていた。
カップの底には、飲みかけの紅茶が薄い曇り空のような模様を浮かべている。
朝起きるたびに、彼女はそのマグカップで一杯の紅茶を嗜む。
晴れの日はショッピングに出かけ。
曇りの日は図書館で本を読む。
雨の日は家でふたり映画鑑賞をする。
「マグカップの天気は、たいてい当たるの」
知人は笑っていたが、彼女にとってこれは約束事のようなものだった。
このマグカップは昔もらったものだ。
贈り主はもういない。
だけど、マグカップの天気予報は、時々思い出も運んでくれる。
「あ、もしかして、今日は午後から晴れるのかな。だったら、日傘を持ってかなくちゃね」
マグカップに浮かぶ曇天を飲み干すと、彼女はクローゼットに向かった。
鮮やかな向日葵が描かれた、お気に入りの傘。
たとえ天気が曇りでも、彼女の中は晴れる時もある。
そんな時は、この思い出の傘と一緒に出かけるのだ。
あの人のことを、いつまでも忘れないように。
6/15/2025, 11:23:26 PM