『届かないのに』
家に帰ると、少女が机に向かっていた。
彼女は青い便箋を何やら真剣に見つめている。かと思うと、今度はその隣にある白紙の便箋へ視線を送り、それを繰り返していた。
「飯食ったか」
私が問うと少女は振り向かず、
「さっき」
と答えた。
なら簡単なもので済ませようと、私は冷蔵庫を静かに開いた。
「ねぇ」
ちょうどウインナーが焼き上がったころ、再びリビングから少女の声が飛んできた。
カウンター越しに覗くと、彼女は相変わらず机を睨みつけたままだ。
「どうしたんだ?」
これが反抗期というやつなのだろう。
私が問いかけても、少女は返事どころか目も合わそうとしない。
「思うんだけど、有名な神社ってみんな列を作ってでも参拝するじゃない?あれって、馬鹿みたい」
久しぶりに話しかけてきたと思ったら、また突拍子もないことを口にする。
「なぜそう思う?」
「だって、あんなところで祈ったって神様には届かないんだから、無意味だと思わない?」
身も蓋も無い、なんとも不謹慎な考えだ。
やはり反抗期とはすえ恐ろしい。
「そんなことはないだろ」
そう答えると、少女はため息をこぼす。
「神様だってヒマじゃないのよ。そんな大勢で押しかけられたら、困っちゃうでしょ」
「…」
もしかしてこいつは、いつも私が仕事に出ている時間、こんなくだらない事を考えて過ごしているのだろうか。
そんな考えが脳裏を過ぎると、腹ただしくも、どこかいたたまれない気持ちにもなった。
机に向かう少女の横顔に、そんな眼差しを送る。
「学校は行かなくていいのか」
少し間を空けて、少女が口を開く。
「お金ないんでしょう?」
痛いとこを突く。
「少しばかり働いてもらえば、なんとかなる」
「そしたら、学校行けないじゃん」
そう言ったのち、少女は左手に万年筆を掴み、もう片方の手で白い便箋を押さえつけた。
まるで親の仇でも見るような、そんな眼差しで紙を睨みつける。
私はもう何も話さないでおくことにした。
______そのつもりだった。
だが真剣に机と向かい合う少女の姿を見ているうちに、思わず声をこぼしてしまう。
「お前だって一緒だろ」
万年筆の動きが止まり、少女は私へ顔を向けた。
「それ、何のこと?」
眉をひそめ、怪訝な眼差しを向けられる。
それはさっき机を睨みつけていた時よりも、ずっと冷たいものだった。
「その手紙のことだよ」
私は白い便箋に視線を送る。
「”宛名の無い手紙”を書いたところで、誰にも届かないのに、それこそ無意味だ」
少女は少し驚いたように目を開く。
「……ッ」
何か言おうとするが、返す言葉が見つからないようだ。やがて少女は諦めたのか、机へと向かい直した。
しばらくして、少女がゆっくりと口を開く。
「……おかしいよね。届かないのにね」
そう呟き、青い便箋を読み返す彼女の表情は、どこか愛おしげに感じられる。
まるで、差出人の顔がようやく見えたかのような、そんな眼差しだった。
そして少女は、便箋に綴りはじめる。
6/18/2025, 10:44:47 AM