これからも、ずっと
−−−−俺が死んだら線香はコーヒーの香りのやつにしてくれ。40年以上の付き合いなんだ。あの世に行ってもこの香りに包まれていたい。
「…だからってアウトドアのコーヒーセット一式持ってくるか? 墓の前に」
「湯気も煙みたいなもんだろ。どうせなら本物の方がいい」
ゴリゴリゴリ…
「しかしまぁ、確かにいい匂い」
「だろ?」
「つーか住職が良く許可したな。いくら平日の真っ昼間で人が少ないとはいえ」
「『弁当広げたり花火するよりマシですよねー』って言ったら折れてくれた」
「それ、脅し?」
「本当にそういう地域があんだよ」
コポポポ… コポッ
「お、膨らんだ」
「朝の焙煎したてに、たった今引きたて。そりゃコーヒードームもぷっくぷくだよ」
「親父はこれの二倍ぐらいデカくしてたけど」
「あれ同じ豆使っても出来ねーんだよ。どうやってたんだろ?」
カチャカチャ カチャン
「ほい。献杯」
「さんきゅ。………酸味きつい、甘味にトゲがある」
「甘味はともかく、酸味はお前さんの好みだろ」
「オレ紅茶派だし。だから親父のコーヒーあんま飲まなかったし」
「知ってるっつーの。だから師匠の店継がなかったんだろ」
「お前が継げば良かったのに」
「駄目だそれは」
ふーふー ズズッ
「生きているうちに、師匠の味出せなかったもん」
「……同じ味にこだわらなくても、良かったと思うけど」
「じゃあ2代目名乗る理由がないじゃん」
「………」
「………」
「…師匠はさ、コーヒー愛してたから」
「…うん」
「あの味超えるぐらいじゃなきゃ、って思ってた。間に合わなかったけど」
「うん」
「……………」
「…多分、さ」
「うん?」
「生きてても、越えられなかった。多分、一生」
「………。まぁ、そうかも」
「そんぐらい、ウチの親父はデカかった」
これからもずっと、越えられない背中を思い出す。
思い出しながら、生きていく。
「…まぁ、来年はもっと美味く淹れてくれよ」
「言ったな? 付き合ってもらうからこれからもよろしくな」
カチン
沈む夕日
夕暮れの。
日が隠れて完全に夜に成る直前の、紫の空が好きだ。
橙や紅の強烈な光から薄く引いて、紫苑へ、群青へ、漆黒へ。
変わっていく色彩の中で、小さな真珠を放ったように、明星が一つ。
一等綺麗な空のキャンバス。
一番よく見ていたのは、中学の時。
体育館に制服のまま胡座をかいて、友達とくだらない事を話し合った。長方形の窓から空が変わって、ポストカードみたいだと言った。
人生の中でも、一番感性が高かった頃。
現在、空をあまり見なくなった。特に夕暮れは。
あの頃の友達は、今どこにいるかもわからない。
それでも、たまに紫の空を見ると体育館の匂いがする。上履きの擦れたゴムの匂いが。
今度、空を見に行こう。
天気予報を見て、西の窓が大きなホテルに泊まろう。
完全に日が隠れてから夜の街へ行き、飲み屋で一期一会の友達に逢いに行こう。
人生の夕暮れにはまだ早い。
あの頃と同じとは言えなくとも、まだ私はくだらない話をして笑っていたい。
君の目を見つめると
馬鹿なことをしたと思う。
突然現れた白馬の王子様に身を委ねてしまえば、幸福な未来は約束されていたはずなのに。
間男を呼び、行為を見せつけるという最悪な方法で裏切ったこと。
死刑は確定されただろう。運が良ければ、国外追放か。
それでも、後悔はない。
王子の目を見つめた瞬間、わかってしまった。
この人は汚いものを見たことがない。
母親の死を、継母の冷遇を、父の放置を、継姉の嫌がらせを知った私と違う。
キレイなものに囲まれて育ち、その世界は悲しみはあれど恨むべきものはないと信じている。
汚してやりたいと思った。
好意を向ける者には、必ず同じように返してくれると信じている貴方。
その慈悲に満ちた目を汚したい。
愛に溢れる目を黒く染めたい。
キレイなものしか映さなかった目を、キタナイもので染め上げたい。
私の手で。私の身体で。
そして、私を見つめて欲しいの。
顔や見てくれだけじゃない、私のキタナイ部分まで。
表面だけ見ないで。
感情を向けて。
怒りでいい。憎しみでいい。
貴方の真っ直ぐな感情を、私だけに向けて。
あの家族達みたいに。
『私』をここにいない者ように、
見ないでください。
星空の下で
少年は貧しかった。
朽ちていくしか未来のない集落に生まれ、親もなく、余裕のない大人達から優しさなぞ期待していなかった。
独りで見る夜空は、星が細やかに瞬いていた。
少年は死体を漁った。
背徳はあるものの空腹がそれに優る。死者には無用の服やわすがな貨幣で食い繋いだ。
生き残る術を得た少年に、星が励ましているようだった。
少年は盗賊になった。
食わねばならない、他人なぞ知ったことかと己れを鼓舞した。助けてくれない大人から盗み、やがて一人をナイフで刺した。
初めて殺しをした夜は、星など見れなかった。
少年は傭兵になった。
碌に稼げない盗みより国という後ろ盾を利用することにした。長年のナイフ捌きの経験は少し学べば立派な戦力になった。
学ぶことが多すぎて、夜通し訓練した。
戦場は生きるか死ぬかだ。
国は少年ーーいや、青年になったーーを使い捨ての駒にしか見ていなかった。
高額な報酬と引き換えに、己れの命は保証出来ない。
けれどもそれは、子どもの頃と変わらない。
生きる為に殺す。躊躇いなんてない。
男だろうが女だろうが、善人だろうが悪人だろうが関係ないし、興味もなかった。
むしろ盗賊だった頃と違って罪にはならない。金すらもらえる。
青年は殺した。何人も何人も。
青年が生きただけ、死体の山が築き上げられていった。
ある夜、ふと天を見上げた。
星が綺麗だった。……気味が悪いぐらいに。
数が多い。灯りのない生まれ故郷でも、ここまでではなかった気がする。一つ一つの光は大きく、小さく、様々で。
意外と個性的なんだな、と思った。
そして、ふと思い出してしまった。他の国の傭兵仲間が話していた言葉を。
ーー星は、死んだヒトが成るんだって。
ひ、と声を上げる。
多い。数が多い。
一つとして同じではない輝きを持つ星が。
青年にのしかかるように、天から輝く。
囁くように。
話しかけるように。
何かを、訴えてくるように。
無数の星が。
明くる朝。
青年は行方不明になった。
周りにいた傭兵達にも、最後の姿を見たものはいなかった。
ただ、夜中に泣くような叫びを聴いた者が、幾人かいた。
それでいい
…なんて言っておいて
私がほんの少し、頑張れば
貴方は喜んでくれるはずだ
『頑張ったからこれ以上は…』って
優しい言葉をありがとう
でももう少し、この階段を歩かせて
脚ばパンパン、息も途切れ途切れ
それでもあと一歩、あと一歩
高い所で貴方を見下ろしたい
こんなに登れたんだよって報告したい
見渡す景色を教えたい
貴方はきっと同じことを言うでしょう
『すごいね。頑張ったね』って
私が登らなくても休んでいても
同じ言葉をくれるんでしょう
でも、笑ってくれるでしょう?
誰よりも何よりもその笑顔の為に
ほんの少しだけ、歩かせて
貴方が思うより大きくなった、成長した私を
いつか貴方の元に帰らせて
…ま、脚を滑らせたら元も子もないから
背中だけは、見守っていてくださいね