愛があれば何でもできる?
できるわけないじゃん。
じゃああんたはできる?
私が言えば、犯罪者になってくれるって言うの?
生きるのが苦しいって言えば、殺してくれる?
貴方の血肉になりたいって言えば、食べてくれる?
黄泉の世界に住みたいって言えば、一緒に行ってくれる?
そんなの、私の趣味じゃないわよ。
そういう愛が欲しいなら、他所に行って。
付き合い切れない。
…ま、許さないけどね。
あんたに拒否権なんてない。
あんたの愛に付き合えないけど、私には関係ない。
私があんたを選んだのだから、黙って付き合いなさい。
一生よ。
今が苦しくって、死にたくて、他の誰かがそれを望んだって、関係ない。
私を。
生きる理由にしなさい。
私はあんたを殺してやらない。
食べてなんかやらない。
黄泉になんか行かせない。
蛆だらけの醜い姿になってでも連れて帰る。
何? 無理に決まってる?
できるわよ。愛があれば何だって。
だから、あんたも頑張りなさいよ。
カンタンに無理って言うんじゃないの。
私が、あんたと生きたい、って言うんだから。
後悔
「後悔した事は無いのですか」
そう聞いたのは、誰だったか。
一人は、平穏な未来が約束されていた。
優しい母親と、不器用な父親。無垢な弟妹。
無償の愛を、誰に許可を得る事もなく。
ただ受け入れて少しずつ返す、当たり前の未来が。
一人は、想い合った恋人がいた。
組織を裏切り、手と手を取って。
日の当たらずとも、静かな世界で。
何より己の愛に正直になれる、かけがえのない日々が。
あったかもしれない。
しかし、無かったのだ。
親を失い、残された家族を他所に預けるしか出来なかった少年には。
生まれ育った組織から抜け出せず、結果的に恋人を見殺しにした青年には。
あの時、他の選択肢があれば……。
「…時間の無駄だよ」
「もしもなんかに、興味ねぇよ」
二人は言った。
違う言葉で、同じような言葉を。
後悔なんてしたら。
捨ててきた大切なモノに何て詫びたら良いのだ、と。
恨むなら恨め。
悪党でいい。
歩みは止めない。
踏みつけて、犠牲にして、汚れ切ってしまって。
それでも。
「…それでも、私は祈りますよ」
いつか、綺麗じゃないとしても懸命に生きるアンタ達が。
ただの悪として正義に倒されないように、と。
風に身を任せて
風もないのに風鈴が鳴る。
祖父の古い家では、そんな事が度々あった。
その度に祖父は「風鈴は魔除けだからね。良くないモノが来ているんだよ」と僕を怖がらせた。
「五月蝿くとも、風鈴の音を邪魔してはいけないよ。家の外に出てもいけない。…見えなくとも、良くないモノはそこにいるからね」
縁側より先の庭。
飾られた風鈴より向こうは境界線。
そちらに、行ってはいけない。
風もないのに、風鈴が鳴る時は。
祖父が行方不明になった。
認知症の様子はなく、徘徊癖もないはずだった。
祖父の家は山の奥だ。警察や自治体が山狩を行ったが、手がかり一つ見つけられなかった。
熊に出遭ってしまったのか、事件に巻き込まれたのか。
たまたま家に来ていて、最後に祖父に会っていた叔母は事情聴取を受けてショックで寝込んでしまった。
お土産の西瓜を切るため台所にいた間に、縁側にいたはずの祖父がいなくなっていたらしい。
直前に、パキン、と音がしたそうだ。
なんだろうと縁側に行ってみて、初めて誰もいないことに気づいたのだそうだ。
その時は騒ぎで分からずじまいだったが、庭にそれが落ちていた。
割れた、風鈴が。
祖父は。
浮世離れというか、現代が生き辛いというようなことを、時々こぼしていた。
僕を脅すように風鈴の話をした後、向こう側を切なそうに見つめていた。
誰にも言ったことはなかったのだけども。
風が、吹いたのだろう。
それに、身を任せてしまったのか。
魔除けの風鈴を壊してまで、“そちら側”に行きたかったのか。
孫の僕じゃ抑止力にならなかったのか、と思うと。
悔しくて、寂しい。
一年後
「冷凍保存した手作りジャムって、一年は大丈夫だと思う?」
「変な匂いがしなければ」
仕事から帰ると、テーブルの上には約一年前の日付が書かれたジャムの塊があった。いちごのようで、もう解凍が進んでジップロックに水滴が散っている。
弟が言うには、お隣からもらったようだ。
奥さんの一周忌が済んで一段落していた所、ふと冷蔵庫の中身を整理しようと思い立ち、そこに、弟が煮物のお裾分けにやってきた。
一年前、救急車やら葬儀屋やらで騒がしかった。その頃から私達はたまにお隣と細やかに交流している。
部屋に上げてもらってコーヒーを頂いていると、ダイニングテーブルに並べられた食品が目に入った。そのうちの一つが、そのジャムだった。
「だいたいは買った冷凍食品だったんだけど、これだけ奥さんの手作りでさー。腹壊すからやめとけって言われたんだけど…」
甘いものは好きらしいが、量が量なので処分することにしたらしい。燃えるゴミの袋に入れようとしたところ、無理やりもらったとのことだ。
よくやった。私でも同じ事をする。
「…念の為、パウンドケーキにして火ぃ通そうか。
まぁ大丈夫。普通に腹壊すか、生ゴミに出してバチ当たるか、の違いだね」
「その考え方、好きだわー」
そして、ホットケーキミックスでちゃちゃっと作ったジャム入りパウンドケーキ。
夕飯後のデザートとして食べた瞬間、衝撃が走った。
「「美っっっ味っ!!」」
「え、何コレ? ジャムの量、贅沢したからだけじゃないでしょ? 市販品なんて目じゃないって」
「生のレモンの皮が入ってる。あとラム酒? ほのかに匂ってる」
「あーだから保存状態良かったのか。丁寧に作ったんだなー、まるでタイムカプセルじゃん」
「これ捨てたらバチどころじゃなかったわよ。もったいない。…というか、さ」
もう一枚、とカットされたケーキに伸ばそうとした手が止まる。
「…良い物、作ってあげてたんだね。奥さん」
「……だな」
しんみりしてしまった。
ただのお隣で、挨拶しかしない、顔も碌に憶えていない人。
亡くなってから、会いたくなるとは。
束の間、静かになったリビングに、突如インターホンが鳴った。
弟が出ると、玄関にいたのは渦中の人だった。
「昼間はありがとう。でもやっぱり気になって……もう食べちゃったかい?」
振り返った弟は無言だったが、何を言いたいのはわかっていた。
確か、ノンカフェインの紅茶があったはず。
「上がってください。焼きたてのケーキがありますんで」
とりあえず、奥さんとの馴れ初めから話してもらおうか。
「俺、今度から料理のお裾分け持ってくの、怖いんだけど」
「精進あるのみ」
子供のままで
クリームソーダは大人の飲み物である。
…はい、言い訳をさせてほしい。
幼少期は裕福ではなかった。貧乏でもなかったが、まぁプレ○テやロ○ヨンで盛り上がっている時代で、兄のお下がりのスーファ○で遊んでいたぐらいだ。
外食ぐらいはしていたが、飲み物はいつだってセットでついてくるヤツ。コーラやソーダ水はあっても、そこにアイスが乗ることはない。
ごはんがメインなので、あくまで飲み物であるクリームソーダをランチ一回分、下手をすればそれ以上の金額で頼む余裕は経済的になかったのだ。
それが悔しいと思うことはなかった。成長期だったこともあり、腹を満たすモノが優先だった。
自分にとってクリームソーダは、余裕がある大人のモノなのだ。
だからか、初任給(だったかは正直覚えていない)の入った封筒から直接出した金で、透明なソーダとバニラアイスを買った。メロン味は見当たらなかった。
暑い日の夕方だった。生温い空気の中、家で一番デカいガラスコップに氷を入れた。カレースプーンで上手いこと丸くアイスをすくって、その氷の上に乗せた。
浮かんだ、という感じではなかった。氷で中がみちみちだったはず。
少し待って、シャリっとしたアイスと氷の間を、これまたカレースプーンでつついた。
シュワシュワの無色ソーダは澄んだ味がして、甘さと冷たさが熱った顔の舌に染みた。
大人の味だ。自分で稼いだ金で、子供の頃の夢を叶えたのだ。
ずいぶん前で、特別でもなかったはずなのに。
忘れられない味になった。