愛を叫ぶ
あー、うるせぇな。
耳元で騒ぐなよ、ただでさえお前は声がデカいんだ。
赤ん坊の時から夜泣きで散々起こされた。安アパートは壁が薄くて、隣に何回頭下げに行ったか。
お前は泣き虫だったけど、俺だって泣きたかったんだぜ。死んだ母ちゃんに縋りたかったよ。
知らないだろ。
頼むから寝かせてくれ。静かに、よ。
あーもう。ブッサイクな顔しやがって。母ちゃん似の美人が台無しだ。
いや。こうして見ると俺似かもな。
不細工になると親父に似ちまうなんて、知りたくなかったぜ。
だから、泣くなって。
俺に似ちまうだろ。
お前は笑っていれば良いんだから。
俺を、娘を泣かすバカ親にしないでくれよ。
ぎゃあぎゃあ叫ぶな。泣き喚くなよ。
やっと騒がしい毎日から解放されるんだから。
最期ぐらい、静かに寝かせてくれ。
もう、充分だ。
そんなに叫ばなくても、聞こえているっつーの。
ありがとうな。俺の娘で生まれてきてくれて。
だから、もう良いって。
ちゃんと聞こえてるよ。
俺も、愛してる。
モンシロチョウ
ひらり ひらひら
舞うように もて遊ぶように
その気にさせて それでいて掴めない
網を振り回して
降り畳まった羽にこっそり近づいて
でも気づいて 飛んで
捕まらない
ひどいもんだ、と嘆くけれど
蝶にその気はない
そのひらひらした姿に
こちらが勝手に惹かれるだけで
あるがままに自然と戯れる、ように見えて
風に負けないように 猫に捕まらないように
必死に生きる 生きている
小さな命
…憎らしいなぁ
その羽をもいでしまいたいと思うのは
やはりあの虫ケラが美しいからだろうか
カラフル
「いかがでしたか」
映画が終わった。
案内人は感想を聞いてきた。
面白くもない映画だった。
ある男が生まれ、成長して、社会人になって。
クソみたいな会社でこき使われて。
過剰労働で居眠り運転。
ガードレールの先の崖から落ちた。
どこにでもある、ありきたりな人生。
だから、気になったのはストーリーの方じゃない。
「…カラー、だったな」
ぽつり、と男は言った。
「鮮やかだった……どこもかしこも」
生まれて初めての海水浴。
通学路の桜並木。
同級生とバイトしに行った山奥の旅館。
夜遊びした都会のネオン。
残業帰りの星空。
くだらなくてつまんないストーリーなのに。
色彩だけはくっきりと印象に残る。
「…俺の、人生。……こんなにも鮮やかだったのか」
生きている間はモノクロの世界だと思っていたのに。
この目には、何の色も映してなかった。
海や花、山や光、星。
一緒に見た家族、友達。その笑顔。
一人の静かな時間。
心を打つモノは、たくさんあったはずなのに。
「今さら………どうしろってんだ」
もう、遅い。
「はい。頂きました」
案内人が明るい声で言った。
ぱん、と手を叩くと、男の頬に流れる一雫が宙に浮いた。
そのまま案内人の、人差し指の元まで引き寄せられた。
「映画代です。ご満足されたようですね」
案内人は微笑みを浮かべた。
「ここで涙の一つも見せないようなら、そのまま強制退場でしたよ」
え、と男が立ち上がると、座っていたはずの席が消える。
居たはずの映画館がなくなり、案内人も見えなくなる。
そして、暗闇。
しかし遠くか近くかわからない距離に。
光が、見える。
「お帰りはあちらです」
耳元で、声がした。
「くれぐれもお気をつけて。……今度は、居眠りなんかしちゃ駄目ですよ」
運転も。
映画も、ね。
風に乗って
楽園
昔はよく空を飛ぶ夢を見た。
自分の家の団地の屋上から飛んで行く夢。
ドローンのような空からの景色は、空想のくせにやたらリアルだった。
いつからだろう。
そんな夢を見なくなったのは。
鳥が体重を軽くするため、脳や内臓が少ないと知ってからか。
何度も乗っている飛行機の、万が一に怯えるようになったからか。
空を飛ぶことに夢を持たなくなったのは、いつからか。
…もしかしたら、歩くのが楽しくなったきたからか。
飛行機もそうだ。
バスや電車に乗る。自転車に乗る。
それも無理ならひたすら歩く。
目的地に辿り着く喜びを知ってしまったからか。
それは、それで良いじゃないか。
空は飛べなくても、私は楽園に行ける。
地に足をつけるのも、悪くない。
刹那
仏教では。
どんな苦しみでさえも刹那、一瞬のことらしい。
初めて聞いた時は
『じゃあ喜びも一瞬じゃないか』と思った。
嫌だな、と思った。
この目で見つけた。
この手で触れ合った。
この心で、愛した。
その人との日々すら刹那と言われるのは嫌だ。
刹那で、良かった。
走馬灯、と言われるこの時間に。
君との日々を、余すことなく、思い出せた。