風に身を任せて
風もないのに風鈴が鳴る。
祖父の古い家では、そんな事が度々あった。
その度に祖父は「風鈴は魔除けだからね。良くないモノが来ているんだよ」と僕を怖がらせた。
「五月蝿くとも、風鈴の音を邪魔してはいけないよ。家の外に出てもいけない。…見えなくとも、良くないモノはそこにいるからね」
縁側より先の庭。
飾られた風鈴より向こうは境界線。
そちらに、行ってはいけない。
風もないのに、風鈴が鳴る時は。
祖父が行方不明になった。
認知症の様子はなく、徘徊癖もないはずだった。
祖父の家は山の奥だ。警察や自治体が山狩を行ったが、手がかり一つ見つけられなかった。
熊に出遭ってしまったのか、事件に巻き込まれたのか。
たまたま家に来ていて、最後に祖父に会っていた叔母は事情聴取を受けてショックで寝込んでしまった。
お土産の西瓜を切るため台所にいた間に、縁側にいたはずの祖父がいなくなっていたらしい。
直前に、パキン、と音がしたそうだ。
なんだろうと縁側に行ってみて、初めて誰もいないことに気づいたのだそうだ。
その時は騒ぎで分からずじまいだったが、庭にそれが落ちていた。
割れた、風鈴が。
祖父は。
浮世離れというか、現代が生き辛いというようなことを、時々こぼしていた。
僕を脅すように風鈴の話をした後、向こう側を切なそうに見つめていた。
誰にも言ったことはなかったのだけども。
風が、吹いたのだろう。
それに、身を任せてしまったのか。
魔除けの風鈴を壊してまで、“そちら側”に行きたかったのか。
孫の僕じゃ抑止力にならなかったのか、と思うと。
悔しくて、寂しい。
5/15/2026, 2:15:26 PM