「おはよ。今日はね、ちょっとだけ酸味のある朝だよ。きっとね、お目々がね、すっきりするから」
コトン、と置かれた陶器の皿。
こんがりとふんわり、きれいな黄金色のトースト白くやわらかいぽったりとしたクリームチーズが塗られて。その上には輪切りのみかんが、……6、7、8つ。みずみずしい艶に、ふっくらとした粒たち。
同じ陶器のカップにはふわふわな泡をかぶったホットミルク。
あなたはいつもセンスのある選び方をする。
ただ、ねむけ眼のわたくしにぱっと見えたのは、鮮やかなオレンジ色。
「ふあぁ……みかん……」
「あのね、おとなりさんがね、たくさんくれたの。思ったよりもたくさんあるからね、なるべく消費してこうね」
「……ふぁい」
サクッとした食感に舌を包み込むようななめらかなクリーム、それをさっぱりと味付けしにきたみかんの酸味。
うん……確かに、これは。
「……ふふ、目が覚めますね」
「んふ、ね?」
「口許にすてきなお髭ですよ」
「ンッ、……おいしいお髭だった」
たくさん消費していこう、その名のもとに。
手始めに冷凍みかん。牛乳寒天にテリーヌとゼリー。シフォンも焼いて。みかんタルトに蜜柑ティー。上新粉で包んだフルーツ大福。チーズケーキにマフィン。オランジェットにまで手を出してみた。
それから、みかんとマスカルポーネのサラダ。みかんソースの鶏肉、ハンバーグ。
「みかんって、おかずにもなるんですねぇ」
「あのね、レシピサイトにいっぱい載ってた。ねぇ、お鍋使い終わった? ぼく、使いたいんだけど」
「はいはい、サッと洗いますから」
柑皮症になってしまうといやだから。食べられるだけ食べて、残りは冷蔵庫。中身が少ないときで助かった、と笑い合って。
明日から、しばらくはおやつに困りませんね。
みかんを箱でくれたおとなりさんにも、ウケのいいデザートをお裾分けを。
みかんの皮のピール。さりさりとした舌触りに、ねっとりした甘さ。そこにくるさっぱりした酸味。テレビのお供にしていれば、いつの間にかあなたの胃にテレポートしていましたね。
……手の指の砂糖まできっちり舐めて。
……おいしいのなら……、まあ、いいでしょう。
天日干ししておいた皮を浴槽に浮かべた。湯気と共にのぼってくる柑橘系の香り。どんな効果があるのか特には知らないが、普段とは違う演出に心が躍るのは確か。
くん、としばらく皮に鼻先を押し付けて。いつもより長風呂で顔がすっかりのぼせてしまう。
「はあ〜〜、のぼせるとこだったぁ」
「栓、抜いておいてくれました?」
「うん。あのね、洗った」
「すばらしい。明日が楽になりましたね、ありがとうございます」
「んふ」
晩酌は、おしゃれにカクテルで。
みかんとバカルディモヒート。てっぺんには、ライムとミントを飾って。
「ん、おいしい」
「ふふ、今日はみかん尽くしでしたね」
「うん。ちっちゃい頃はさ、こたつで延々とおみかんたべてた。なくなんないっーって」
「みかんって、剥くか凍らすかくらいしか知りませんでしたしね。ネット様様ですよ」
「ネットも扱えて、おみかんもおいしくできちゃう。ぼくたち、おとな。……でも、冷蔵庫ぱんぱん。早くたべないと、ぼくたち、主食がおみかんになる」
「減らすのがネックなのは、変わりませんねぇ」
結局、ご近所さんに渡し歩きました。
#みかん
#冬休み
ウィーーーン……ブォーー‼
バタバタ、バタバタ……
ガチャ、トンっ、……ズリズリ……
「終わりましたー!」
「オッケー、こっちもカンペキ! 朝からお日様たっぷりでとってもいい感じ!」
「すばらしい! 手伝います。脚は組み立てたので、あとはモノですよ」
「んふ、もうね、ぜんぶ、隙がないくらいに考えてあるの。バッチリ。……デザイン性はいる?」
「いいえ。もう、利便性を突き詰めましょう」
「だと思った」
トン、トン、……ゴトンッ。
ガチャン、コト、コト、……バフン!
「ふふ、完成しましたよ……!」
「んふ、すっごく最高」
カチ…………じわぁ~~~。
「やっば、あ゛ぁ~~吸い込まれる……」
「魔窟ですよ魔窟。一生出られまふぇん」
「この日のためにね、生きてるって言うべき。冬なんてね、このせっっまい空間で暖をとるのが醍醐味で真理なんだから」
透明なガラスの向こうは、立派な青天井。
ある国では珍しく、どんなに寒風が上着をすり抜けて最後の砦の皮膚が震えても、外にチェアを置いて日光浴をするらしい。死活問題ととなりあわせ。それを聞けば、なんだか罪悪感でつつかれる?
まさか。
余計に使命感にかられてしまう! ぽかぽかになって肺いっぱいのあたたかさ。人類の叡智がつまった人工的な熱。それに包まれて惰性で息をして。
これほどの怠惰はむしろ贅沢に人を満たす。満たして満たして、溺れていって。抗わないほうがぜんぜん楽しいし、抗いたくもない。
何でも手に届く範囲。ちょっと遠いものは、孫の手でちょいちょいと引っ掛けて。
至極、至福、極楽!
「ねー、テレビ、チャンネルかえていい?」
「ちょっ、わたくし正解考えてるんですから、最後まで視させてくださいよ」
「7巻読み終わりましたー?」
「んー……あと十分待って。アッ、やべ、画面汚れた……」
「おミカン剥いてー」
「じゃあ、揉んでください」
「ブッハっ、ね、このショートめっちゃ笑える! 見てっ、見て見てッ!!」
「近ッ! 見えません!!」
「熱燗しますけど、のみます?」
「えー? 玉乃光ならのむー」
「この小さい冷蔵庫、スタメン入りですね……アッ、ダッツ入ってる」
「もうちょっと溶かすんだから、たべちゃだめ!」
「ん……? え、足の裏がめっちゃ気持ちいいんだけど」
「ふふん、ちょっと奮発してジェラピケ買っちゃいました! とっても気持ちいいです」
夏が明けたくらいから、したたかに画策してきた。冬季休暇をすり合わせ、ほしいものをピックアップしておく。冬物が出回った瞬間に、目をつけていたものを実物で吟味して。
去年の反省や湧いた欲望を反映。
毎年、至極は更新されて。
熱のこもった布のにおい。
背中にストーブを当てながら、カセットコンロに載せた鍋をつついて。
大分、早めのお夕飯。
「ねーえー、正解なんて、調べれば一発だよぉ」
「醍醐味ぶち壊しじゃないですか」
またゴロリ。
「あ゛〜〜もう、食べらんない……」
「ちょと、このあと、メインの和牛食べるんですよ? 残しておいて、って言ったじゃないですか」
「だいじょぶ、だいじょぶ、寝たらおなかすくからね、ぜんぜんへいき」
ふと忘れていた窓の外。
あの晴れ間はどこへやら、しんしんと。小粒が大粒に、透かしが入ったきれいな模様。
ぼと、ぼと、ぼと……
なんて、宇宙飛行。チケットは銀世界ゆきだったらしい。
「雪が、けっこう積もりましたね。まだ降ってますよ」
「えッ」
がばりと起きて。
「ちょっと、こんな惰性でのんびりしてる場合じゃないよ! 冬なんてね、雪にまみれてなんぼなんだから! ねえ、コートって雪に強いっけ?」
「ふふ、ばっちり防水済みですよ」
「やん、最高! 電源せんぶ切って! カイロかしゃかしゃして! 無限雪だるまつくろ!」
「雪合戦って、氷アリでしたっけ?」
「ナシだよッ!」
せっかくあたためた身体を、深雪に晒して。キュッキュッと澱粉を踏み固めるような。スノーブーツの跡、大の字の跡、ずった跡。
銀色の新世界が、どんどんと貪欲にカスタマイズされてゆく。
ふう、と息をついた。ぱたん、と閉じた新書にしおりを挟み忘れてしまった。
「あー……」
言ってみたものの、読み進めるかは非常に怪しい。読むのがつらい、そう思ってしまったから。喧嘩をして仲違いをしたままだなんて、考えただけでも恐ろしい。
ふと窓の外。
しんしんと雪化粧をしてゆく景色。あの人はマフラーに手ぶくろ、耳当てを持っていったかしら。
ガッチャン、きぃぃぃ……、タンタン。
ばさばさと着膨れしていた衣擦れの音がここまで届いてくる。ガサゴソ、ガサゴソ、とんとんとん。廊下からのドアが開いた。
「おかえりなさい」
「……ただいま。あのね、ぼくに言うこと、なあい?」
「? ありませんけど」
「……」
ビニール袋に手を突っ込んだあなたは、ムッとしたおかしな表情でわたくしを見据えて。……わたくし、何かしましたでしょうか……?
なんにも心当たりがない。むしろ、善行ばかり。
座り心地にこだわったソファの上で、様子を見てみましょうか。
ベチンっ――――ぼと。わたくしの膝の上に白色の手ぶくろ。
投げつけられたそれから、目線を上げて。
プギーと鳴くあなた。
「あのね、ぼく、百均でいっぱい白い手ぶくろ買った。きみにね、喧嘩売るの」
「なるほど。理由を聞きましょうか」
「むっ……まずはね、それ。ぼくのベッドの下、えっちなご本、隠してたのわざわざテーブルに置かないで。せめて元に戻しといて」
「掃除しづらいんです。戻すのもちょっとめんど……ンンッ、気が引けて。隠すなら森の中でしょうに」
「……まだある」
ベチン、ベチン、ベチン…………わたくしの周りも、すっかり白色化粧。いったい、いくつ買ってきたんだか。
靴下の畳み方、リモコンの置き場所、酢豚のパイナップル、常備がたけのこの里、朝のごはんパン、ジュースの有無、仕事の持ち込み……etc,etc。
まあ、毎日顔を付き合わせて、共に生活しているのですから、不満はありましょう。
とりあえず、これと、これと、これは拾って。こっちは示談に持ち込むとしましょう。これは……徹底抗戦ですね。こっちのは、わたくしに非があります、謝りましょう。
それから、これは――――
「これは、わたくしの不戦勝ですよ」
「なんで。あのね、プッチンプリン、ぼくがふたつ食べる協定だった。きみが不可侵条約破ったんでしょ。あのね、ゆるさないよ」
「早とちりは無益なたたかいのもとですよ。ちゃんと冷蔵庫をごらんなさい」
「……ちゃんと見た。なかった」
「いいから。ね?」
ぶすっとしたあなたは、渋々。
ぱかりと冷蔵庫を開けて。いつもプリンを置く場所に目を。「ないったら!」とプギーと鳴くので「ちゃんと奥まで見ましたか?」思わず、くすりと笑ってしまう。
どんな反応をしてくれるでしょうか。
ピーッピーッ! 冷蔵庫が常温を取り込んで危機感を報せて。今日は仕方ありません。焦れずに待ちましょう。中身も電気代もお金で解決しますから……。心苦しいですが。
中のものが寄せられて。ブツブツ言いながら。
すると、
「あ」
ふふ、いい反応。
あなたの傍でもう少しからかってみましょう。
「おめでとうございます。あなたのプッチンプリンはプッチンプリンONプッチンプリンにレベルアップしました」
「え……、え、……あ、あのね」
「ふふ、あなた、いつも二個同時に食べるでしょう? プリン・ア・ラ・モードが食べたいと言っていたのを思い出しまして。わたくしがレベ上げしたんです」
プッチンプリンの上にもうひとつプッチンプリンを載せて、クリームとさくらんぼで飾りつけ。
さくらんぼの残りはわたくしがすべていただきましたけれど。
「あ、あのね……すっごくうれしい。あのね、あのね、ありがと」
「いいえ。ふふ、ね、あなたの不戦敗です」
「うん、ほんとにそう。ごめんね、手ぶくろは撤回するね。ぼくの負け」
「いいんですよ」
「……でもね、ほかのはちゃんとね、たたかうから。覚悟しといてよね! プリンありがと! 今から食べるね!!」
表情が忙しいこと。
あなたのそういうお顔、とてもすてきです。
ただ、手ぶくろは拾いましたからね。
#手ぶくろ
「はぁ、変わらないものはないんですね……」
「どうしたの」
ひょい、と覗けば、すっかり枯れた花束。
そういえば、せっせとお世話していた気がする。ぼくがリビングに行けばすでに花瓶を覗いていたし。お顔を洗おうと思ったら、パチンパチン、お花の茎を切って。毎日お水を替えて。お砂糖を入れてたり、十円玉を沈めてたり、切り花延命剤っていうのも買ってた。お水の量も調節してたみたいだし。
よくやるなぁ~、なんて思って見てたけど、そんなに落ち込むの。
くったりして元気のないお花がきみの手の上。
きみの横顔はひどく切なげ。俯いてじっと愛惜の眼差し。今までどうやって生きてたの、って訊きたくなるくらい。
「……枯れちゃってもお花でしょ? きれいなお花がいいなら、お花屋さん行こ。買ったげる」
「あなたったら、本当、ひどい人。だから長く続かないんですよ、何事も」
「ながくても短くても同じだもん」
「……、情緒もへったくれもない」
「ぼくにもこころはあるの。時間にまつろえば、どれだっておなじ。みーんな、変わって元には戻んないんだよ」
「はあ……」
「あからさま。なに」
「あなたに、慰めてもらおうとしたわたくしが、ばかでした」
「……なにそれ」
ふい、ときびすを返して。
ぼくの顔も見ないで。なにそれ。そのお花、きみのいちばんじゃない。線引きが大事。なんでも。だって、こころすり切れちゃう。ぼく、そう言ってる。特別だって、いちばんじゃないから、他とおなじなのに。
だけれど。
だけど、……感受性がすてきなきみは、いちばんとそれ以下もきっとおんなじくらいに大切……なんだ。
ねえ、ぼくがわるかったよ。
広げた新聞紙。そこに、人を横たえさせるみたいにお花を寝かせて、顔伏せの布。くるくる畳んで、腕に抱いて。
キッチンのゴミ箱のペダルを踏んだ。
でも捨てられないみたい。じーっとゴミ箱の中を見て動かないまま。きみのそういうところ、ずっと見ていて知ってたけれど、どうしてかは分からないの。
だって、きみとぼくとじゃ、ちがう。
「あのねっ」
慌てて追いかけた。
「あのね、さっきはごめんね。ぼく、わかってなかった。きみのこと。そのお花のこと」
「……」
「変わらないものはないけれどね、もともとはぜんぶね、おんなじなの。えと、あのね、世界五分前仮説っていうのがあってね、世界は五分以上前からそうあったかのように五分前につくられた、ってお話でね。だから、過去はおんなじで変わんなくて、でも、現在とつながってないから…………待って、ぼく、またきみにひどいこと、言ってる」
どうしよ、言いたいことは簡単なのに……上手にぼくの考えを、心配をきみに知ってもらえない。だって、きみのお顔、さっきと変わんないし、ぼくのこと嫌って思ってる。
ど、どうしたらいいの。きみと、ばいばいなんてしたくないのに。ぜったいに。
「えと、えっとね、お願い、待って。聞いて」
「……」
「あのね、えと、ぼくはね……、過去は変わんないんだよって言いたいの。あのね、どんなにいまがね、諸行無常で……ぜんぶが変わってもね、きみが選んできたもの、見てきたもの、それにね寄せた好きとかきれいとか嫌だとかね、きみのなかで、変わんないの。ずっと同じ。そのお花もね、きみが大事にしてたのは変わんないし、きみが見てたきれいも、きみのなかにずっと、ずっと、変わんないで残るの」
ちゃ、ちゃんと、伝えられてる?
ぼく、きみに、ぼくはこう思うんだよって、分かってもらえてる?
「だからね、落ち込まないで。過去はぜんぶ、きみのもの。変わらないんだよ、過去は。だから、いま、かなしくても、いま、変わっちゃっても、きみのなかでは変わらないままなんだよ……だから、かなしいけど、落ち込まないで……」
「……そう、ですよね……きれいだったことは、変わらないまま……なんですよね。わたくしが覚えていれば、ずっと変わらないまま」
「あ、あのね」
「ごめんなさい、わたくし、傲慢に、あなたを突き放してしまって……。あなたはちゃんと、慰めてくれていたのに……気づけなくて……ちゃんと、耳を傾けなくて……」
「ううん、ぼくも、きみのこと、考えてなかった。これからは気をつける」
へにゃりと笑ったきみ。
とっても下手くそな笑顔だけど、そのままでいいの。変わってもね、いいの。
「わたくしのこと、辟易しないでくれて、ありがとうございます」
「ぼくのこと、嫌いにならないでくれてよかった。ありがと」
変わっちゃったお花を、新聞紙できれいにラッピングして、すてきなリボンで飾った。それから、きみが大事に大事に言葉を贈って。
名残惜しそうにペダルから足を離したの。
#変わらないものはない
#クリスマスの過ごし方
「え、贈りもの……ですか?」
「あのね、うん。きみに。ぼくがね、がんばったの」
社の濡れ縁に続く階段。その二段目に腰かけ、一段目に足を。ふたりは隅から隅まで全く同じ造形をしていた。
違いといえば衣服。
一方は綺羅を。
一方はなんてことない、普段着を。
ぱちん、ぱちん、と目をまばたかせた綺羅の子は目線を落とす。渡された無垢材の木箱。そこに梅結びの水引が飾られて。
あまりにも大事そうに両手で持って、見つめたままだから。「あけて?」と普段着の子が笑った。
しゅるしゅる……ぱかり。
「わぁ」
「んふ、卵白とねお砂糖でつくったんだよ。あのね、くっきーっていうの。お料理のご本にね、外つ國のおかし、ってかいてあったの」
「くっきー……」
「……あのね、早くたべないと湿気るんだよ」
「えッ、早く言ってくださいよ!」
木箱の底に丁寧に敷かれた懐紙。その上に、胡粉のような、ほのかな黄みと赤みを感じさせる不思議な白色がちょんちょんちょん、と三つ。それぞれ角がぴょこん。ぽったりとした、雫型――メレンゲクッキー。
かさかさとした感触のそれは思ったよりも軽い。指でつまみ、口の中へ。
すると、じゅあぁ~……とたまゆらに。
バッと手を口許に。
「きっ、きえちゃいました……」
「びっくりした? あのね、おいしい?」
「あ、あまいです。とってもおいしい……」
「んふ、大成功!」
「大成功?」
「うん。あのね、くりすます、っていうんだよ。外つ國ではね、冬至のことをそうやって呼ぶの」
「ハイカラですね」
「それでね、くりすますにはね、ぷれぜんと、するんだよ。贈りもの。きみにね、あまーいあまーい、ぷれぜんと。ぼくの気持ち。いつもみんなのために、がんばってくれてるから」
ぽかん、とした綺羅の子。手許のプレゼントと、目の前の片割れを見て。
耀う目許に、大きな水たまり。
ぼとっと落ちて装束に染みが。
それからふにゃりと笑った。年相応の、片割れによく似た朗らかな笑み。
「ありがとうございます、とってもうれしい。ほんとうに、とっても、とっても……」
「どういたしまして。あのね、きみがうれしいとね、ぼくもうれしいんだよ」
「ふふ……、お返しをしないと。風呂敷は持ってきてくれましたか?」
「うん。お気に入りのやつ」
「いいですね! 本当は、お社のものを持ち帰ってはいけないんですけど」
竹編みのかご。
そこには、五つの柚子。ごろん、と揺れるそれら。水に潜らせたのか、水滴がきらきらと光っている。「どうしたの、これ」と聞けば、「ここのお庭に生っているんです」と。
自分でとって、きれいに水にさらしたんですよ、と誇らしげ。
「わたくしからの下賜ということで、許してもらいましょう」
「かし?」
「くりすますぷれぜんと、です」
「んふ、うれしい! くりすますぷれぜんと!」
くふくふ、とふたりの笑い声。
綺羅の子が普段着の子の両手をとって、膝の上に置いた。あたたかい、血脈がじわりじわりと互いの手のひらに伝わって、ほっと安心。
じっくりじっくり、こころに沁み込んでゆく。
先にまばたきをしたのは、綺羅の子だった。ぎゅ、と普段着の子の手を握って。
「どうか、健やかで、ひととせの、けがれが祓えますように」
「きみのしあわせは、ぼくが持ってくるからね」
浅縹の夕凍み。
その下で、透明な冬に、ふたりは春が立つような笑みを咲かせた。