あにの川流れ

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 「はぁ、変わらないものはないんですね……」
 「どうしたの」

 ひょい、と覗けば、すっかり枯れた花束。
 そういえば、せっせとお世話していた気がする。ぼくがリビングに行けばすでに花瓶を覗いていたし。お顔を洗おうと思ったら、パチンパチン、お花の茎を切って。毎日お水を替えて。お砂糖を入れてたり、十円玉を沈めてたり、切り花延命剤っていうのも買ってた。お水の量も調節してたみたいだし。
 よくやるなぁ~、なんて思って見てたけど、そんなに落ち込むの。

 くったりして元気のないお花がきみの手の上。
 きみの横顔はひどく切なげ。俯いてじっと愛惜の眼差し。今までどうやって生きてたの、って訊きたくなるくらい。

 「……枯れちゃってもお花でしょ? きれいなお花がいいなら、お花屋さん行こ。買ったげる」
 「あなたったら、本当、ひどい人。だから長く続かないんですよ、何事も」
 「ながくても短くても同じだもん」
 「……、情緒もへったくれもない」
 「ぼくにもこころはあるの。時間にまつろえば、どれだっておなじ。みーんな、変わって元には戻んないんだよ」
 「はあ……」
 「あからさま。なに」
 「あなたに、慰めてもらおうとしたわたくしが、ばかでした」
 「……なにそれ」

 ふい、ときびすを返して。
 ぼくの顔も見ないで。なにそれ。そのお花、きみのいちばんじゃない。線引きが大事。なんでも。だって、こころすり切れちゃう。ぼく、そう言ってる。特別だって、いちばんじゃないから、他とおなじなのに。

 だけれど。

 だけど、……感受性がすてきなきみは、いちばんとそれ以下もきっとおんなじくらいに大切……なんだ。
 ねえ、ぼくがわるかったよ。

 広げた新聞紙。そこに、人を横たえさせるみたいにお花を寝かせて、顔伏せの布。くるくる畳んで、腕に抱いて。
 キッチンのゴミ箱のペダルを踏んだ。
 でも捨てられないみたい。じーっとゴミ箱の中を見て動かないまま。きみのそういうところ、ずっと見ていて知ってたけれど、どうしてかは分からないの。
 だって、きみとぼくとじゃ、ちがう。

 「あのねっ」

 慌てて追いかけた。

 「あのね、さっきはごめんね。ぼく、わかってなかった。きみのこと。そのお花のこと」
 「……」
 「変わらないものはないけれどね、もともとはぜんぶね、おんなじなの。えと、あのね、世界五分前仮説っていうのがあってね、世界は五分以上前からそうあったかのように五分前につくられた、ってお話でね。だから、過去はおんなじで変わんなくて、でも、現在とつながってないから…………待って、ぼく、またきみにひどいこと、言ってる」

 どうしよ、言いたいことは簡単なのに……上手にぼくの考えを、心配をきみに知ってもらえない。だって、きみのお顔、さっきと変わんないし、ぼくのこと嫌って思ってる。
 ど、どうしたらいいの。きみと、ばいばいなんてしたくないのに。ぜったいに。

 「えと、えっとね、お願い、待って。聞いて」
 「……」
 「あのね、えと、ぼくはね……、過去は変わんないんだよって言いたいの。あのね、どんなにいまがね、諸行無常で……ぜんぶが変わってもね、きみが選んできたもの、見てきたもの、それにね寄せた好きとかきれいとか嫌だとかね、きみのなかで、変わんないの。ずっと同じ。そのお花もね、きみが大事にしてたのは変わんないし、きみが見てたきれいも、きみのなかにずっと、ずっと、変わんないで残るの」

 ちゃ、ちゃんと、伝えられてる?
 ぼく、きみに、ぼくはこう思うんだよって、分かってもらえてる?

 「だからね、落ち込まないで。過去はぜんぶ、きみのもの。変わらないんだよ、過去は。だから、いま、かなしくても、いま、変わっちゃっても、きみのなかでは変わらないままなんだよ……だから、かなしいけど、落ち込まないで……」
 「……そう、ですよね……きれいだったことは、変わらないまま……なんですよね。わたくしが覚えていれば、ずっと変わらないまま」
 「あ、あのね」
 「ごめんなさい、わたくし、傲慢に、あなたを突き放してしまって……。あなたはちゃんと、慰めてくれていたのに……気づけなくて……ちゃんと、耳を傾けなくて……」
 「ううん、ぼくも、きみのこと、考えてなかった。これからは気をつける」

 へにゃりと笑ったきみ。
 とっても下手くそな笑顔だけど、そのままでいいの。変わってもね、いいの。

 「わたくしのこと、辟易しないでくれて、ありがとうございます」
 「ぼくのこと、嫌いにならないでくれてよかった。ありがと」

 変わっちゃったお花を、新聞紙できれいにラッピングして、すてきなリボンで飾った。それから、きみが大事に大事に言葉を贈って。
 名残惜しそうにペダルから足を離したの。



#変わらないものはない

12/27/2022, 1:42:18 AM