三上優記

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5/13/2023, 9:33:26 AM

「ぬーさん! 来たで~!」
 思わぬ来客にぬーさんは目を丸くした。最近会っていなかったけれど、少しやつれた気がする。やっぱり、かっちのこと、堪えてるんやろな。
「たけぽん……どうして、仕事は……」
「そんなのええから。ほい、お土産。京都の美味しい抹茶屋さんで買ってきたんやで!」
 戸惑う彼にお土産を押しつけ、家に上がりこむ。抵抗するでもなく、ツッコミの1つもなく、彼は黙ってそれを見ていた。
「来るとは言ってたけど、まさかほんとに来るなんて」
「僕がそないな嘘つくと思うたん? もー、付き合い長いんならわかるやろ、そのくらいー」
「だって君今度行くのは海外だって」
「友達が大変な時ならこのくらい当然やろ」
 そう言うと、ぬーさんは何か言いかけていた口を噤んだ。やっぱりそやろなぁ。
「だって、明らか元気ないやん、ぬーさん。……アカン状態なのはわかるけど、ずっと家の中引きこもってても栓ないで」
 分かってるけど、と反論する声もどこか覇気がない。
「だー、もう、ほな行くで! 支度しいな!」
「行くって……どこへ?」
「どこでもええやろ、遊べるとこなら。こーゆー時こそ楽しまんとアカンで」
 無理矢理ぬーさんを連れ出した。とりあえず近くの映画館に連れていって、映画を見せる。分かりやすくて楽しいアクション映画。ぬーさんの好みっていうよりかはかっちの好みっぽいけど……まぁええか。今はこのくらいがええやろ。

「楽しかった?」
「え、うん。まぁ……。ありがとね、たけぽん」
「そんなのええて。困った時はお互い様やろ」
 街灯に照らされてその顔に少し笑みがさした。良かった。ちょっとは元気出たかな。
「ごめんね。元気出さないといけないのは分かってるんだけど……。たけぽんは本当、いつも明るいね。君だけはずっと、昔のままだ」
「そやね。だって僕は多分一生子どものまんまなんや」
「そうかな? 全部そうだとは思わないけど」
「というかそういうようにしてるんや」
 ぬーさんが顔を上げてこちらを見た。
「辛いことも生きてると沢山あるし、純粋に目の前のことに感動したり、喜んだりすることって、どうしても少なくなるやん」
 かっちがいなくなって辛くないといったら、もちろん嘘や。幼馴染と失ったんやから、今もすっごく辛い。
「でも子どもみたいに、生きること、目の前にあることを楽しみたいんや。そうやって生きてる人から生み出したものならきっとおもろいものになるやろ? そう信じてるんや」
 心で泣いてても、顔は笑っていたい。どこかに楽しいことを持ったままでいたい。それなら明日も歩いて行ける。そう信じてるんや。
「君は強いね」
「そんなことないで。皆できることや」
 ぬーさんも、ね。
「ありがとう」
「今は無理でも、ちょっとずつ笑ってってくれな、ぬーさん」
 そうやって、少しずつでええから。
 

3/31/2023, 6:46:45 PM

『お幸せに!』
 願いは儚く散った。
「ママ、どうしてパパを置いてくの?」
 普通、というものの尊さは失われないと気づけない。
「ママとパパはね、お別れすることにしたのよ。だから由香は今日からママと暮らすのよ」
 7年住んだ家を後にする。大学時代から付き合っていたにも関わらずこんな幕引きとは。
(どこで間違えたのかしらね)
 普通に生きれれば良いと思ってた。それが幸せなのだと。
 結婚して、家庭を築いて子どもの世話をして。
 しかしある日気づいてしまった。家庭にも社会にも、「私」はどこにもいないのだと。
 家にいれば、母親あるいは妻。社会には仕事をもたない私は居場所がない。
 いつの間にか、「私」はどこへ消えたのだろう。
 仕事の再開も夫に阻まれた。家事をしてくれないと困ると。私は家政婦ではないのに。
「ママ?」
 由香の声に我に返った。大丈夫よ、と手をしっかり繋ぎ直す。
 子どもを抱えて、どこまでやれるかわからないけれど。
 私は「私」を取り戻りたい。それが私の幸せだと信じているから。
「由香、私これから頑張るから、由香も私のこと応援してくれる?」
「うん、いいよ。ママ」
 別れもまた1歩だと信じて、私は由香の手を引いて歩き出した。

3/27/2023, 5:29:34 PM

 鈍い金属音が戦場に響き渡った。1人、また1人と倒れていく中、女は悠然と地を蹴り、戦場を駆けていく。
 敵の兵士が女目掛けて斬りかかった。切磋のところで避けた彼女だが、その刃は彼女の軍服を捉えていた。
 破れたズボンの裾からのぞく、無機質な鋼鉄の足。
「お前は……日ノ本の絡繰兵士……!」
「……音を断つ」
 自ら命じるままに、彼女は驚きに目を見開く敵を切り捨てた。
「人ならざる、化け物め……」
 死にゆく命の戯言を振り払うが如く、彼女は刀を降ってその血を振り落とした。

「敵はこれで全部か? 律歌」
「ええ。……そうね」
 足元には敵の死体がゴロゴロ転がっている。無感情にそれを避けながら戦場の始末をする。
「敵は随分と驚いていたな。俺たちの存在を知らなかったんだろう」
 そう言いながら彼女は無造作に死体の顔を掴み、首元からドッグタグを取り出した。
「うちのやつだ。……持ってくか」
 タグには彼の名前と家族の名前が書かれていた。1人の、生きた人間である証。
 人間。
『人ならざる、化け物め……』
 ……化け物、か。敵の兵士の言葉が、律歌の頭の中にはまだ、こびりついている。
「彼は」
 壊音が彼女の方へ振り返る。
「人間だったのね。世界と繋がり、生きていた」
 滑らかな金属の足を優雅に折り、律歌は味方の兵士の前に跪き、その胸に触れた。
 まだほんのりと温もりを感じる。かつては強く鼓動していた彼の命の象徴。
 そして彼女は自分の胸に手を当てた。冷たく、何の鼓動も伝えてこない、金属の胸。
「私にも心があれば……化け物とは呼ばれないのかしら」
「……あってもきっと俺たちは化け物だ。同じものでできてないからな」
 彼女は無表情のまま立ち上がると、小さく祈りを捧げた。
 機械に神はいないけど。何の役にも立たないかもしれないけど。
「律歌? いくぞ。このペースでやってちゃ日が暮れる」
「……わかった」
 2体の機械は、静まり返った戦場を再び歩き出した。

3/25/2023, 1:00:27 PM

「あ~! 辛~い!!」
「相変わらず好きねぇ」
 口中を大火事にして激辛カップラーメンを啜っていると、カフェテリアに入ってきた香澄に笑われた。
「苦手なんでしょ? なんでそんなの食べるのよ」
「えー、なんというかクセになるのよ、これが」
 最初は面白半分で食べたし、その時から口中ピリッピリでひどかったんだけど、何度か食べているうちに妙に病みつきになって、未だに食べているのだ。
「そんな様子でこの後の授業大丈夫なの?」
「平気平気! 牛乳買ってきたし」
 紙パックの牛乳を振って見せる……ってあら?? だーいぶ中身減ってないこれ??
「……もう半分もないけど」
「だ、だだだっ大丈夫! まだ舞える!! まだ戦える!!」
 舌を犬のようにはっはと出しながらグーサインを出した。ほんとはだいぶやばいけど。うん。
「もしもーし? 結構やばそうなんですけど?」
「……えー、正直に申し上げますが残りHPは半分を切っております。休み時間全部使ってギリですわ」
「手伝おうか? 私辛いの平気だから」
「わっ、神! マジ助かる!!」
 持つべきものは友達だわ~と思いながら香澄に残りを分ける。
「ほんと、なんでそこまでして食べるのよ。好きでもないのに」
「いやー、でもたまーに食べたくならない? 苦手なものとか普段食べないもの」
「わからなくもないけど」
 そう言うと、香澄は私の口にカップを突っ込んだ。へ? あの? 香澄さん??
「自分で食べれるくらいのものに挑戦しろ! バカ!」
 そのままカップを勢いよく傾けた。真っ赤なスープが私の口に一直線に吸い込まれて……!
「ぎゃー!! からーーーい!!!!」

3/25/2023, 5:24:24 AM

 天気予報じゃ晴れだって言ってたのに! ライブの後の空模様は最悪で。軒下にいた伊脇さんは困り顔で頭をかいた。キーボードは大事な商売道具。濡らすわけにはいかない。
「傘買ってきますよ。そこにコンビニあるんでひとっ走り」
「ごめんね、星河君。ありがと」
 僕は雨の中を駆け抜けて目の前にあるコンビニに入り、傘を買って伊脇さんの元へ戻った。
「これで大丈夫かな。ほら、どうぞ」
 僕は傘を指して伊脇さんを手招きする。
「ありがとう。僕みたいなおじさんが相手で悪いけど、相合傘としゃれこもっか」
 キーボードを大事そうに抱えた伊脇さんが僕の隣にやってくる。

「相合傘って、好きな人同士で入った時より多く濡れた方が好き、って噂がありますよ」
「そうなの? だとしたら星河君の方が好きってことになるね。……ね、嫌かもしれないけど、もう少し近づきなよ。凄い濡れてるよ」
「もうだいぶぎゅうぎゅうですけどね……あはは」
 僕の肩の辺りはすっかりびしょ濡れで、もう手遅れな気もしたが、好意に甘えて身を寄せた。
「おじさんに近寄りたくないのは分かるけどね……大丈夫、僕変な臭いとかしないよね?」
「大丈夫ですよ、全然。でも僕よりキーボード濡らすわけには行きませんから」
 しっかり彼を守ったお陰か、キーボードも伊脇さんも全く濡れていない。
(噂、もしかしたらあってるかも……なんて)
「あ、でもほら! 晴れてきたよ!」
 彼が指さした先、少し向こうの空では雲の切れ間から光が差し込んできていた。
「なら、向こうに走りますか。伊脇さん走れます?」
「キーボードあるから、ちょっとだけなら」
 傘を持って2人雲の切れ間に向かって走り出した。

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