「私に愛でられるのは、嫌いかい?」
そう微笑む彼女は聖母のようだ。
その実、僕の命を握る独裁者は試すように僕を見ている。
僕は彼女の頬を掴み、笑って返す。
「いいえ、ちっとも」
「また、『花が咲いた』らしいですね」
静まり返った空間に耐えきれず、新人看守が口を開く。隣にいる太っちょの大男は「おい、ここでその話をするのは違反だぞ。聞いていたらどうする」と窘めた。
「でも、周知の事実じゃないですか」
「それでもだ。『花が咲く』ことを知らないガキが聞いていたら大変なことになるだろ」
看守の会話に耳を傾けていると、不意に袖を引かれた。
「にいに、花が咲くってどういう意味?」
「庭の花でも咲いたんだろ」
頬を膨らませた妹は抗議するように僕を見るが、スルーする。
言えるわけがない。
僕たち、花咲症患者は眼球から花を咲かせて死ぬなんて。
もしも、タイムマシンがあったなら、私はきみと出逢う未来を選ばない。
「それはやだなぁ」
きみの手が私の頬に触れた。きみから流れる血が私の頬に紅をさす。私の涙で滲む君の顔は笑って見えた。
「僕が生きれないじゃないか」
「人の心を読まないで」
「透けるんだからしょうがないだろう」
「なんで庇ったの」
「心配しなくても、僕は死なないよ。化物なんだから」
彼女の視線の先には、僕の親友がいる。
親友と談笑する彼女の瞳はキラキラと輝いている。
彼女は親友に恋をしている。
親友は彼女の想いに気づいていながら、応える気はまるでない。応える気がないのを彼女は分かりながら必死にアプローチをしているものの、実はまるでつかない。
「親友の想い人を奪う気はないよ」
まっすぐに告げた親友の言葉が心臓に爪を立てる。
僕の想いを勝手に勘違いした挙げ句、それを盾にしてのらりくらり躱そうとする親友が嫌いだ。
僕の想い人はきみなのに。
夢を見ている。
夢が夢だと分かったのは、同じ夢を両手で数え切れないほど見てきたからだ。
夢の中では私は彼女と笑い合い、勉強について励ましあう。
ずっと、夢の世界にいたかったのに、無情にも意識は浮上し、朝がやってくる。
顔を両手で覆う。
どうして、こうなったのだろう。
彼女が世界を裏切るだなんて、誰が想像できただろうか。