夢の中で砂時計を見ていた。糸のように落ちる砂の一粒一粒から、声が聞こえる。
「わーい、わーい」
何がわーいなのかは分からないが、とにかくじっと耳を澄ませ、その声を聴いた。
「わーい、わーい、ばんざーい」
「…ばんざい」
「ばんざーい、ばんざーい、ははははん」
「ははははん?」
「あはははーん」
わらわらわらわら、砂つぶたちは陽気に落ちていく。砂つぶたちが全て落ちたあと、もう一度ひっくり返した。
「えーん、えーん、死にたーい」
「え?」
「死にたーい、死にたーい、ずもももん」
「ずもももん…」
「ガガガガーン」
うじうじうじうじ、砂つぶたちは陰気に落ちていく。でもなぜだろうか。わーいもえーんも砂つぶたちの響き は同じに聴こえた。
『砂時計の音』
観覧車が上がっていく。
「1番上までどれくらいかかるかな?」
「さあ、きっとすごく長いと思うわ」
この日、私と彼女は夜の観覧車に乗っていた。観覧車から夜景を見下ろす。
「綺麗だねぇ」
彼女もちらりと横目で夜景を見る。
「興味ない?」
「ないこともないけど、くだらないわ。夜景なんて寂しいだけじゃない」
「何が寂しいの?」
「わからないけど、虚しくなるわ。あんなにも人がいて、明るく輝いているのに、どの光も私の心を温めるものじゃないの」
「今から見に行くものはきみの心を温めるの?」
「あったまる感じではないわね。今から見に行くものは、水族館みたいなものよ」
「きみの寂しさはうまる?」
「そんな次元じゃないわ」
やがて夜景が見えなくなるほどに高いところまで観覧車が上がった。
「もう少しで頂上かな?」
「さぁ、あと少しじゃない?」
観覧車からは美しい星々が見えた。まるで、私たちを見て嬉しそうに笑うように、艶やかで、うきうきとした星々だった。
「わぁ、なんだがパーティーみたいだね」
「くだらないわ」
「あ、ごめん。パーティーは情緒がなかったね。でも私はこんなにも美しく楽しいものをはじめて見たよ」
彼女はちらりとも星を見ようとしなかった。
「気に入らないの?」
「不快なの」
私は星図を取り出した。彼女はそれをだんまり見つめたあと、私の目を見てこう言った。
「今すぐ消したいわ」
「消したい?」
「ええ、星図に描かれている星も、今、見える星も全て消したいわ」
「どうしてそんな、悲しいことを言うの?」
「自分が嫌いなの。だから消したいの」
「君も消えたいの?」
観覧車が上がる。星々も見えなくなった頃、やっと彼女が口を開いた。
「頂上に着くわ」
「せっかくの頂上なのに、何も見えないね」
「いいのよ、これで…これが見たかったの」
「ここで降りるとか言わないよね?」
「そんな怖いこと言わないわ」
私は彼女の隣に座った。観覧車が少しだけ傾く。
「今、寂しい?」
「寂しいわ」
「私も寂しいかもしれない」
彼女と目があう。
「間違ってもキスなんかしないわよ。くだらないから」
「わかってるよ。キスしたところで寂しさがうまらないことくらい」
そのとき、視界の端に透明な生き物みたいなものが見えた。
「くらげ?」
彼女もその生き物を見つめる。
「そう、クラゲよ」
「いるの、こんなところに?」
「水族館みたいなものって言ったでしょ、海月というよりは宇宙月かもしれないわね」
「不思議だね」
「不思議なのよ」
宇宙を揺蕩う生き物、身をまかせ、ただそこにいる。
「綺麗って言わないのね」
「え、あ…ああ、綺麗なんだけど、それよりも」
彼女が少し首を傾けた。
「この生き物を見ていると、さっき寂しいと思ったことが全部嘘なんじゃないかって思えてきて」
「それって…すごくおもしろいわね」
彼女は満足そうに微笑んだ。2人で笑い合う。観覧車が下がっていく。
また、星々が見えてくる。
「確かにくだらないかもね」
「いえ、ちっともくだらなくなんかないわ。とっても美しいわ」
「おい」
私は星図を取り出すと彼女と一緒に星々を観察した。さらに観覧車が下がると、都会の夜景を見ながらキスをした。
「やっぱりくだらないわ」
「私はおもしろいよ。それも嘘かもしれないからね」
『消えた星図』
愛ー恋=我
「どうして我なんだ?」
僕は答えた。
「自分に恋することはないけど、愛することはできるから」
「俺も自分のこと愛してるぜ」
「お前は自分に恋してそうだけどな」
「ひどいな」
「じゃあ、きみの回答は?」
愛ー恋=星
「どうして星なんだ?」
僕は質問した。
「んー、なんでだろうな」
「適当に書いたろ?」
「いんや…」
しばらくお互い黙った。心が静かになったとき、彼が瞳を輝かせて言った。
「お前が俺の星だから」
「どう言う意味だ?」
「お前に対しての思いに恋をなくして、愛だけになったら。お前は俺が1番好きな星になるんだ。見つめるだけできっと、俺は胸がいっぱいになる。何一つ汚れていない涙を流すよ」
「意味が分からない」
「そうか?あったろ?こう言う話。ほら、星の王子様」
「………」
星の王子様は子どもの頃に読んだことがある。読書感想文を書くために。だが読んだ後、意味がわからなくてムカついた。
「そもそも愛にひけるものなんてないだろ。数字は同じようなものだからひけるかもしれないけど、愛と恋は別ものだ」
僕は怒るようにそう言った。
「おいおい、それは言っちゃダメだろ」
彼が肩をすくめる。
「だって…」
「だって、なんだよ」
僕は不機嫌になり拗ねた。黙って口を紡ぐ。
「ま、そのうちわかるよ。星の王子様も愛も。気長に楽しもうぜ」
僕はそっぽを向く。彼はそんな僕を見てこう言った。
「おいおい、俺のこと愛してるんだろ?さっき自分でそう言っただろ。それじゃあ恋だよ。お前まだ自分に恋してるんだな」
どう言う意味?また同じ質問が頭に浮かんだとき、それを遮るように彼は僕の頭を撫でた。
「あんまり深く考えるなよ。拗ねてもいいが…俺は、、、いや今はやめとこう」
「なに?」
「いずれ分かるさ」
癪に障るが、僕は彼に身を委ねるように目を瞑った。
『愛ー恋=?』
するすると剥けていく。天女が羽衣を脱ぐように、薄く軽やかに、丸裸になった梨を一口齧れば、この世の恵みに涼やかなものが加わった味がする。
ほんのり甘いみずみずしさ。
となりに座る天女にも一口食べる?と差し出した。彼女は一口食べるとそれから後の全てを食べてしまった。
「美味しかった?」
「ええ、身体によく馴染みました」
「それはよかったですね」
私は木にかかった羽衣を見ながら
「はやく乾くといいですね」
と言った。彼女は不思議そうに私にこう言った。
「どうしてですか?」
「早く帰りたいかと思って…」
「だから羽衣が乾けばはやく帰れると?」
私はうなづいた。天女は微笑むと、
「羽衣がはやく乾くなんてありえないわ」
と言った。
「どうしてですか?」
「だって羽衣は私のために乾いてくれているのに、私がそれを急かすなんておかしな話ですもの。まるで帰れないのが羽衣のせいみたいじゃありません?」
「…そう、ですね」
「ちょうど良い時間に羽衣は乾きます。何事にもタイミングはあるのです。それまではのんびり待つのがよろし」
私は天女の言葉に微笑みうなづきながら、羽衣にほんの少しだけ遅く乾いてくれと祈った。
『梨』
さよならと言うと君の声が聞こえた気がして振り返った。
何もいない。何もない空間が永遠に広がっている。
幻、空想、妄想、全てに飽きてしまえば、そこには何もなく、一体何をしたらいいのかさえわからなくなる。
私は何を考えればいいのだろう。みんなは何を考えているのだろう。
今日はどんな妄想をしようか。テレビをつけるみたいに私は幻に浸る。
遠くの方からラララ星人がやってきた。私を見て薄く笑う。ラララ星人の見た目はまさしく、ラララというような風貌で…
「ららら」
私がそう言うと、ラララ星人がラララと笑った。
「ラーッラッラッラ」
爆笑している。
今日は随分とバカらしい空想をしてしまった。だがなんとなく、ラララ星人のチャンネルをかえるのは惜しい気がした。
「もっと話さない?」
「ララッラ」
軽くオッケーされた。綺麗な花畑のベンチに座る。話そうと誘ったが、いざとなると何も話すことがない。
「あー、ラララ星人はどこに住んでるの?」
「………」
ラララ星人は答えなかった。私もラララ星人がこういうときなんと言うのか分からなかった。ああ、空想が上手くいかない。昨日見たアニメにチャンネルをかえようとしたとき、ふいにラララ星人が口を開いた。
「goodbye 」
グッドバイ…確かにラララ星人はそう言った。そのセリフは私が作ったものではなかったし、妄想でもなかった。私は振り返った。
「ぐっと、ばい…」
ラララ星人がケラケラと笑った。
それからと言うもの誰かにさよならと言うとき、ラララ星人だけは自分のそばにいるような気がした。
『LaLaLa Goodbye 』