観覧車が上がっていく。
「1番上までどれくらいかかるかな?」
「さあ、きっとすごく長いと思うわ」
この日、私と彼女は夜の観覧車に乗っていた。観覧車から夜景を見下ろす。
「綺麗だねぇ」
彼女もちらりと横目で夜景を見る。
「興味ない?」
「ないこともないけど、くだらないわ。夜景なんて寂しいだけじゃない」
「何が寂しいの?」
「わからないけど、虚しくなるわ。あんなにも人がいて、明るく輝いているのに、どの光も私の心を温めるものじゃないの」
「今から見に行くものはきみの心を温めるの?」
「あったまる感じではないわね。今から見に行くものは、水族館みたいなものよ」
「きみの寂しさはうまる?」
「そんな次元じゃないわ」
やがて夜景が見えなくなるほどに高いところまで観覧車が上がった。
「もう少しで頂上かな?」
「さぁ、あと少しじゃない?」
観覧車からは美しい星々が見えた。まるで、私たちを見て嬉しそうに笑うように、艶やかで、うきうきとした星々だった。
「わぁ、なんだがパーティーみたいだね」
「くだらないわ」
「あ、ごめん。パーティーは情緒がなかったね。でも私はこんなにも美しく楽しいものをはじめて見たよ」
彼女はちらりとも星を見ようとしなかった。
「気に入らないの?」
「不快なの」
私は星図を取り出した。彼女はそれをだんまり見つめたあと、私の目を見てこう言った。
「今すぐ消したいわ」
「消したい?」
「ええ、星図に描かれている星も、今、見える星も全て消したいわ」
「どうしてそんな、悲しいことを言うの?」
「自分が嫌いなの。だから消したいの」
「君も消えたいの?」
観覧車が上がる。星々も見えなくなった頃、やっと彼女が口を開いた。
「頂上に着くわ」
「せっかくの頂上なのに、何も見えないね」
「いいのよ、これで…これが見たかったの」
「ここで降りるとか言わないよね?」
「そんな怖いこと言わないわ」
私は彼女の隣に座った。観覧車が少しだけ傾く。
「今、寂しい?」
「寂しいわ」
「私も寂しいかもしれない」
彼女と目があう。
「間違ってもキスなんかしないわよ。くだらないから」
「わかってるよ。キスしたところで寂しさがうまらないことくらい」
そのとき、視界の端に透明な生き物みたいなものが見えた。
「くらげ?」
彼女もその生き物を見つめる。
「そう、クラゲよ」
「いるの、こんなところに?」
「水族館みたいなものって言ったでしょ、海月というよりは宇宙月かもしれないわね」
「不思議だね」
「不思議なのよ」
宇宙を揺蕩う生き物、身をまかせ、ただそこにいる。
「綺麗って言わないのね」
「え、あ…ああ、綺麗なんだけど、それよりも」
彼女が少し首を傾けた。
「この生き物を見ていると、さっき寂しいと思ったことが全部嘘なんじゃないかって思えてきて」
「それって…すごくおもしろいわね」
彼女は満足そうに微笑んだ。2人で笑い合う。観覧車が下がっていく。
また、星々が見えてくる。
「確かにくだらないかもね」
「いえ、ちっともくだらなくなんかないわ。とっても美しいわ」
「おい」
私は星図を取り出すと彼女と一緒に星々を観察した。さらに観覧車が下がると、都会の夜景を見ながらキスをした。
「やっぱりくだらないわ」
「私はおもしろいよ。それも嘘かもしれないからね」
『消えた星図』
10/17/2025, 12:36:42 PM