NoName

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3/5/2024, 2:23:34 PM

「正直者もたまには嘘吐きたいじゃん? 真面目な人もたまには休みたいし、赤色が好きな人もたまには他の色の服を着てみたくなる」
「人は基本的に慣れているものを好むんだ。“美味しかったから”って同じメニューを注文し続ける人は、明日には“毎日頼んでるから”が理由になっているかもしれない。もしかしたら“今更他のものに手出せないから”かもね」
「そんな人間が変化に興じる理由って何だと思う?」
私は黙った。何故ならここは遊園地だからだ。いや違う正確には、ここが遊園地なのにこんな哲学的かつ抽象的な机上論に舌を回すこの女にドン引きしているからだ。
初対面のときから思っていたが太陽が東から昇るのと同じくらい当然に明確に、彼女の頭はイカれている。世界の真理を確認したところで、聞き手は大変に退屈だろうが。
「えー、無視するの? じゃあ君がいつも乗らないジェットコースターに今日も乗らなかった理由は?」
「……嫌いだから」
「それはジェットコースターに乗らない理由でしょ? 私が聞いてるのは今日“も”ジェットコースターに乗らなかった理由だよ」
いつも乗っていないからと言わせたいらしい。彼女の思い通りになるのが癪なので黙った。
「……遊園地は変化の集合体だよ。ここにいる95%の人は、日常の形を変えてまでここに来るっていう変化に興じている」
「つまり?」
彼女の話が始まってからずっと、私は結論を聞いてチュロスを買いに行く意向だ。
「変化は楽しいから好まれる」
結論にしてはあまりに弱い(主に頭が)短文に、立ち上がろうか迷った。
【たまには】2024/03/05
たまにはらくしたいよね

3/4/2024, 1:01:49 PM

※直接的な表現がアリ〼

「あいたたた! 優しくしてよ、処女なんだからっ」
「嘘つき。りーちゃんまたセフレ増やしたじゃん」
いたーーーい! と大声で叫ぶりーちゃんの傷口にガーゼを押し付けると、また面白いくらいに鳴いた。
これは一週間に一日はあるルーティンだ。りーちゃんが彼氏に殴られて、私がその傷を手当するだけの、りーちゃんがいつも泣いていて、私がいつも不機嫌なだけの、至ってシンプルなやつ。
「コウガ君ひどいんだよ? デート行こって言ってオッケーしたのは向こうなのに」
「私の前でそのコウガイ君の話しないで」
コウガ君だよー、と涙目で訂正するりーちゃん。何度も聞いたから分かってる。りーちゃんの彼氏がコウガってことも公害ってことも。
「もうやめればいいのに……セフレの方がよっぽどりーちゃんのこと考えてくれてるよ」
私って言おうとして日和った。でもりーちゃんは「れーな」と、私に微笑んでくれる。多分、言いたかったことが伝わってしまった。満足感が羞恥心を連れてきたのは、はじめて。正真正銘の処女喪失に、きゃっと顔を赤らめる軽薄さは持ち合わせていなかった。
大好きなりーちゃん。そんな男殺してあげるから、私と結婚して。

……れーな、私、手当してもらいたいからコウガ君と別れないんだよ。
れーな、私、れーなの事好きだよ。
でもね、れーな、飽き性だよね。
仲良しだから、買った漫画もCDもすぐに飽きて棚に仕舞っちゃうの知ってるよ。
私、れーなのショーケースには並びたくないから
れーなの物にはなってあげない。
【大好きな君に】2024/03/04

3/3/2024, 1:28:28 PM

幼少期から何よりも“らしさ”を詰め込まれた。
お兄ちゃんらしく、6年生らしく、男の子らしく――。

妹が出来て、家に雛人形が来た。僕は兜があたったけれど、雛人形の方が可愛くて、綺麗でずっと羨ましかった。
「お兄ちゃん出すの手伝ってー」
力仕事は苦手で居たかったのに、お父さんに似て筋肉がついたせいで、ずいぶんと得意になってしまった。お母さんは妹が生まれてから僕を名前で呼ばなくなった。
舞台の組み立てを終えて、段ボールから防虫剤と雛人形を取り出す。
包み紙を開けたときに広がる絢爛な金と艶やかな朱色の着物が好きだ。済まし顔に差した紅と、結わえられた髪が好きだ。
こんなに近いのに僕には届きはしない。まだ幼く準備を手伝えない妹の方がよっぽど、これに近い。

“らしさ”を詰め込まれたおかげで、“らしい”が何かをよく知った。おかげで、異端としてクラスで排斥の対象となることはなかった。
代わりに自分らしさというものには、いつまでも届かないまま、伸ばした手は掴む目的すら知らず、行儀よく膝に置かれる。
ああ! どう頑張っても女の子の日!
【ひなまつり】2024/03/03
ジェンダー差別を助長する意図などは一切ございませんと申し上げようか迷いました

3/2/2024, 11:42:55 AM

※宗教の具体名が出ますが、宗教差別を意図したものでは決してございません。
加えて直接的な表現がアリ〼

「何でも希望できるのかい?! 素晴らしい制度だね、母国には無かったよ」
つくづく軽薄な男だと看守は思った。死刑囚への最後の晩餐制度なんて無くなれば良い。奴等はキリシタンでもイエスでもない。この男もその例に漏れない。
「じゃあ1962年のボルドー、ビーフカレー、それにトレジャラーがあれば良いね。他には――」
「希望は1つのみ叶えられる、嗜好品は受け付けない」
男は不意をつかれたように口を尖らせる。
「……ワオ、君もしかしてモルモンの教徒なのかな」
「規則は規則だ」
「ああ分かったムスリムだな? 彼等の信仰は厚いからね」
「これ以上の問答はしない」
男はつまらなさそうに指を弾いた。コイツの妙な癖だ。軽やかな音が狭い部屋に乾いた印象を残していく。
「では女を。まさか淑女らが嗜好品だとは言わないだろう?」
「人道に反する希望は受け付けられない」
「人道に反するだって? まさか君は、ダッチワイフと子供を作るのかい?」
それからは無視を決め込んだ。神父を連れてこいだの、サーカス団を呼べだの自分の立場を理解していないとしか思えない男に看守は辟易しており「1つに絞れ」と再度端的な指示をする。

「……じゃあ何も希望しない」
「何を――」
「俺の人生がたった1つの希望のための前身になっちまう。ビーフカレーが俺の人生だった、なんて笑えて涙が出るだろ」
電気椅子に腰掛けても男は俺に話しかけた。
「希望を絞る人間は人生の長さを理解してない。だが俺は希望の叶え方を知らなかった」
――だって誰が教えてくれんだ。女を抱きたいならソープに行けってな。
【たった1つの希望】2024/03/02
雑に書いてたらなかなか尖ったものになったので多分すぐ消します

3/1/2024, 12:10:14 PM

※直接的な表現がアリ〼

「てか欲望って付加価値ですよね」
何の話からそうなったのかは知らないが、いつの間にか欲望の話になったらしい。
この店にいる過半数が新作を飲む中、私はいつも通り、砂糖に珈琲を淹れるような比率の何かを啜っていた。この世間一般から見ても妙な後輩が、唯一私にドン引きするモメントだ。
「ウーン?」
「例えば今日の新作とか、昨日まで死んでも飲みたいと思ってたんですけど、今飲めて死ねるほど満足したかって言われると微妙で、そういう欲望と現実のギャップって謎じゃないですか」
「アーネ」
分かるっちゃ分かる。けど、それは期待と現実のギャップという並一通りのところに落ち着くのでは? とも思う。
「だって極論恋人って価値ないじゃないですか。セフレもなんですけど、性欲とかそういう物ありきで成り立ってるものと同じで世の中って欲がなかったら立ち行かないんですよ」
「ソレ、欲望使って商売してる私達が話すことじゃなくない?」
「いやだなセンパイ、使ってるからこそですよ! 私女じゃなかったら絶望して死んでましたね! 顔も良くないし頭も良くない。話も面白くない! いまは性欲に生かされてるみたいなもんですよ」

私は自分に身体以外の魅力がないとは思えない。
友達も居るし、告白だってされたことがある。でも、そういう好意が全部欲望ありきで、結局奴が言うように欲望に生かされてるとしたら絶望する。
「これで美味しいものでも食べて」
渡された余分なお金を懐にいれる時でさえ考える。
自己顕示欲と嬢の蔑視だけで成り立っているような人間に、欲望をニーズに商売をしてる自分のこと。
やりたいことしかできない自分のこと。
……サイアク。
【欲望】2024/03/01

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