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5/15/2024, 12:58:48 PM

いつだって前もって惜しまなかったことより、惜しんだことの方がずっと大事だった。
ショートケーキも、文武も、ガールフレンドも。
身近過ぎて大きく見えるものほど、遠のくと見つけられないほど小さかった。

昔、ある男が居た。
野球バカで、普通にバカで、俺が惜しむようなことに時間を使う男だった。
俺が受験勉強がしたいと部活をやめた後も、三年のギリギリまでボールを投げ続けたし、俺が模試の結果を海に撒いたとき、クリパで乾杯。
つくづく合わないが、親友だった。行動がそぐわなくても、俺の隣はアイツでアイツの隣は俺だった。
だからこそだろう。俺はアイツとの時間を死ぬほど惜しんだ。
アイツだけじゃない。誰との時間も死ぬほど、死にかけだったのかもしれない。受験に向かって参考書を開く方がずっと安心できた。
親友だからこの位のことは分かってくれる。
そう思っていた。

「……」
そんな問題じゃあなかったのだ。
大学に合格したその日に、あいつの葬式に出た。
泣くのも不義理なくらい俺はあいつのことを忘れていて、参考書まみれの頭をかち割りたかった。
今だけは数学の解法より英文法より、あいつの好きな食べ物が知りたかったし、あいつの声が聞きたかった。
もうどこにも見つからない。
【後悔】2024/05/15
結局自分は反応がないと書き続けられない人間なのかもしれない。
アプリが重いから過去作をpixivかなんかにずらします。

5/14/2024, 12:45:17 PM

風はいつも新しい。一度頬を撫でた風は二度と私の下に戻らない。
しかし、風潮というものは変わらないことを流儀とする。
目に見えず、自分を吹いたときだけ強く聞こえ――
身を任せれば、随分と楽だ。
【風に身を任せ】2024/05/14

5/12/2024, 3:26:53 PM

自殺志願者に、首を吊らせるか蝉を食べさせるかだったらどっちが酷いと思う?

小さい子が手を挙げる。
「人を殺しちゃだめだと思うから私は――」
「えーっ、私絶対蟬なんか食べたくないよ!」
何もかもを食い気味にして怒鳴ったツインテールの少女が立ち上がる。

昔の低い椅子の幻を見た気がした。
ああでも私は、そういう単純さで喧嘩したい。
本気で死にたいと思ったことが無いからそんなことが言えるんだとか、誰も知らない当人にとっての幸福とか、そういう批判がお門違いになるくらい主観だけで構成された世界で声を張りたい。
大人が子供のままの喧嘩を避けるようになったのはきっと大人になったからじゃない。
自分の主観を、他人に共有して否定されるのが怖いだけなのだ。
【子供のままで】2024/05/13
誰かが我慢しないといけない場面はどうしようもなく声の張り合いが停滞したときだけだと思うよ。

5/11/2024, 12:36:17 PM

映画を見たその帰りだった。
「いやー、俺も愛叫びてえわ」
「世界の中心で?」
「おん、エアーズロックで」
作品を見た人間にしか許されない会話と空間に二人きりで居られるのが嬉しかった。
学生服がコスチュームでない頃の話だ。

それから数年経って、私は定職についた。念願の演出係でなかなかに根を詰めていた。
そんな中での着信だった。
「愛叫びいかん?」
それがウルルへの招待だと分かるのにさほど時間を要さなかった。それくらい私の中では大きなことだったのだ。
しかし、私は肯定的な返事を返すことはなかった。今制作中の映画が佳境なことを理由として挙げるのは簡単だったが、実のところ今の彼に、昔の青春という名の盲目な褪せた幻想を壊してほしくなかったのだ。
「分かった。叫んでくる」
音通は途絶え、二度と繋がることはないかのように思われた。

「お台場で会いたい」
世界の中心よりずっと身近な場所設定で、私の足は自然とそちらに向いた。
彼のことはすぐに分かった。上等なスリーピーススーツの値打ちよりもはっきりと。
「久しぶり」
順当な挨拶だったが、彼はいつも私の予想を超えてくる。
「愛叫びに来た」

「俺にとっての世界の中心はお前だ。お前が居ない間もずっとお前のことばっか思い出した」
大げさな花束と差し出される手はあの頃の幻想から何も変わっていなかった。
【愛を叫ぶ。】2024/05/11

5/11/2024, 2:10:38 AM


幼年の頃のモンシロチョウを追いかけるあの視界を今でも思い出せる。
白光は全ての輪郭を霞ませるほど強く、激しく揺れる視界の中でもモンシロチョウの不安定な羽搏きだけはハッキリと存在していた。
私にとってモンシロチョウは生と若さの象徴であり、大いに清楚なものであった。

それより少し成長したくらいの時分、祖母が死んだ。
人が死ぬと葬式があるというのは、私にとって世界の原則みたいなもので、この喪服の涙と髪のない人の間延びした文言が祖母宛だとは毛ほども思っていなかった。
死の概念は私の世界にあれどそれが祖母に適用されることはなかった。そんな分かっていない子供に対する疎ましさをひしひし感じたのか、私は葬式の間中物言わぬ祖母の棺桶の横に座り込んでいた。別れを惜しむかのように、逃げていた。
火葬場は葬式場と別れていて外に出るとまばゆい日光が私を刺した。春とは思えない日差しだった。
葬式場から火葬場に行く少しの間なのにモンシロチョウを追いかけていたと母から聞いた。
追いかけたことは覚えていなかった。火葬場の自動ドアをくぐるとき手のひらの中にいたことは覚えている。

出棺のときに詰める副葬品の花を差し出された私が手を離すと、紋白蝶が飛び出た。
普通のモンシロチョウよりずっと不安定な羽運びに見えた。彼女か彼は、数秒火葬場に鱗粉をまいた後、棺桶の中に消えた。
ああ、死にたかったのかもしれない。祖母より鮮烈に意識されたモンシロチョウの死であった。
モンシロチョウに年の概念があるのか知らない。しかし、その日から私にとってモンシロチョウの全てが死に近い何かとなった。
死と老い。葬式中の遺産の汚い話。
全てを一心に引き受けたモンシロチョウは『紋白蝶』となり、たびたび私の視界の隅を舞う。
人に落胆したときにきまって。
【モンシロチョウ】2024/05/11
私の書きたいものを書ききれている気がしない

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