幼年の頃のモンシロチョウを追いかけるあの視界を今でも思い出せる。
白光は全ての輪郭を霞ませるほど強く、激しく揺れる視界の中でもモンシロチョウの不安定な羽搏きだけはハッキリと存在していた。
私にとってモンシロチョウは生と若さの象徴であり、大いに清楚なものであった。
それより少し成長したくらいの時分、祖母が死んだ。
人が死ぬと葬式があるというのは、私にとって世界の原則みたいなもので、この喪服の涙と髪のない人の間延びした文言が祖母宛だとは毛ほども思っていなかった。
死の概念は私の世界にあれどそれが祖母に適用されることはなかった。そんな分かっていない子供に対する疎ましさをひしひし感じたのか、私は葬式の間中物言わぬ祖母の棺桶の横に座り込んでいた。別れを惜しむかのように、逃げていた。
火葬場は葬式場と別れていて外に出るとまばゆい日光が私を刺した。春とは思えない日差しだった。
葬式場から火葬場に行く少しの間なのにモンシロチョウを追いかけていたと母から聞いた。
追いかけたことは覚えていなかった。火葬場の自動ドアをくぐるとき手のひらの中にいたことは覚えている。
出棺のときに詰める副葬品の花を差し出された私が手を離すと、紋白蝶が飛び出た。
普通のモンシロチョウよりずっと不安定な羽運びに見えた。彼女か彼は、数秒火葬場に鱗粉をまいた後、棺桶の中に消えた。
ああ、死にたかったのかもしれない。祖母より鮮烈に意識されたモンシロチョウの死であった。
モンシロチョウに年の概念があるのか知らない。しかし、その日から私にとってモンシロチョウの全てが死に近い何かとなった。
死と老い。葬式中の遺産の汚い話。
全てを一心に引き受けたモンシロチョウは『紋白蝶』となり、たびたび私の視界の隅を舞う。
人に落胆したときにきまって。
【モンシロチョウ】2024/05/11
私の書きたいものを書ききれている気がしない
5/11/2024, 2:10:38 AM