NoName

Open App

映画を見たその帰りだった。
「いやー、俺も愛叫びてえわ」
「世界の中心で?」
「おん、エアーズロックで」
作品を見た人間にしか許されない会話と空間に二人きりで居られるのが嬉しかった。
学生服がコスチュームでない頃の話だ。

それから数年経って、私は定職についた。念願の演出係でなかなかに根を詰めていた。
そんな中での着信だった。
「愛叫びいかん?」
それがウルルへの招待だと分かるのにさほど時間を要さなかった。それくらい私の中では大きなことだったのだ。
しかし、私は肯定的な返事を返すことはなかった。今制作中の映画が佳境なことを理由として挙げるのは簡単だったが、実のところ今の彼に、昔の青春という名の盲目な褪せた幻想を壊してほしくなかったのだ。
「分かった。叫んでくる」
音通は途絶え、二度と繋がることはないかのように思われた。

「お台場で会いたい」
世界の中心よりずっと身近な場所設定で、私の足は自然とそちらに向いた。
彼のことはすぐに分かった。上等なスリーピーススーツの値打ちよりもはっきりと。
「久しぶり」
順当な挨拶だったが、彼はいつも私の予想を超えてくる。
「愛叫びに来た」

「俺にとっての世界の中心はお前だ。お前が居ない間もずっとお前のことばっか思い出した」
大げさな花束と差し出される手はあの頃の幻想から何も変わっていなかった。
【愛を叫ぶ。】2024/05/11

5/11/2024, 12:36:17 PM