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2/29/2024, 1:47:01 PM

この列車の始発、その終点には天国がある――

そう嘯いたアイツの後を追って、白みだした星空を見上げながら、いつもと違う冷たい空気をかき分け、駅で始発を待った。往復の複の方の電車に乗って、そのまま学校に行くつもりだったので、制服だ。駅員が変な顔をしていた。
やがて、始発が駅に滑り込んでくる。一両の扉が開く。中には誰も居ない。
変な気分で、調子に乗って長椅子に寝転がっても見たが、結局は常識的な範囲に落ち着いた。
揺られて、揺られて、終点のことを考える。
やはり、遠い。学校の駅を通り過ぎてあと七駅は行く。
しかし決定的なのは、この終点は引き潮になる時間帯にしか辿り着けない島だということだ。
線路は海を走り、列車はその上を行く。満潮のときは海底に眠る。改修工事にかかる予算案で廃線の見通しが立ち始めているそんな島。
「次は――。――です」
海を走る列車から見える窓の景色は純粋に綺麗だった。朝焼けが眩しいくらいに海に反射して、これが天国なのかと私に思わせるに足りていた。
停車し、扉が開く。駅員が出てきたので、切符を渡す。
……ここは、駅がない。浅い海にローファーを沈ませながら思った。
走り去る列車の輪郭を太陽がなぞるのを眺めていた。

「来たんだ」
振り返ると、ホラ吹きから友人に昇格した例のアイツが居た。制服だ。同じ思惑なのだろうか。
「まあね」
「……もう、列車は来ないよ」
ネバーランドへようこそ。
【列車に乗って】2024/02/29
なにいってんだ!

2/28/2024, 11:49:56 AM

誰もがしがらみの中に生きている。
生まれと育ちがあれば、それは一生当人に付随する呪いだ。
しかしそれは、そこに生きていればこその話だ。

女子中学生、少女二人。彼女たちは自分たちの地元である島のテトラポットに居た。海水漬けローファーを、日射が白色に照らしている。
彼女たちにとって「死にたい」は流行病のようなもので、希死念慮は普遍的に誰もが持ち合わせている社会の理だった。
「しがらみから逃れるには死ぬしか無いんだよ」
「うーん」
「きっとそれは最終手段じゃなくて、他の選択肢があっても選んでしまうほど合理的で……」
そこで少女は口をつぐむ。コスパ、タイパにおいての最適解は無論それだが、もうひとりの少女は逆説から言葉を紡ぎ始める。
「でも、この街で死んで、新しい街でやり直す方が楽しそう」
「……引っ越し的な?」
「それじゃあまた育ちのしがらみが増えるだけだよ」
私達を知らない場所で、私達が知らない場所で、何にも属することなく好きなことだけして暮らすの。
「……お前、ばかだなあ」

翌日、少女二人は自信の通帳を持ち寄って、学校行きの船で島を出た。
その後行方不明となった彼女らの遺骨が、イタリアの自治体から日本に届く。小さな少女の骨を映したセンセーショナルさに世間は「親の監督不行届がこの結果を招いた」とコメントした。
【遠くの街へ】2024/02/28

2/27/2024, 12:04:31 PM

12年前、冷蔵庫でコールドスリープした幼馴染が
「それなに?」
「……」
最近、出てきた。
「栄養食」
「ふーーーん、おいし?」
「いや」
明るい性格で、可愛い声だった彼女の頭には向日葵が咲いている。不朽映画のように、声が倍音でくぐもって聞こえる。
「あんまり」
この夢は、死にかけている。圧倒的現実感の前に、耐えきれなくなっている。
向日葵のような女の子、可愛い声の女の子。女の記憶に生きる彼女はすでに形をなさなくなっていた。
開け放たれた冷蔵庫、その前には人の形をした肉塊が腐っている。
「“とまと”なの?」
「違うよ」
「ふーーーん?」
女は眠っている。シリアスなリアルに目を背け続けている。瞼の裏には、別世界がある。
まるで、彼女こそが極寒の地で眠っているみたいに、震える手で、必死に夢を描き続ける。
【現実逃避】2024/02/27
できるはずないのにね

2/26/2024, 11:55:55 AM

君の感情を空に押し付けるなよな。
【物憂げな空】

世界にライバルなんてそう多くない。
たいてい、私が踏みつける凡人か、私を踏みつける天才か。肩を並べてくるやつなんてそう居ない。
そういう中途半端な天才が私で、そう、奴もそうだった。
二人で全国に、なんて陳腐な約束は過去の青写真として、ときの濁流に侵食されつつあったそんな頃。
『期待のルーキー』として奴の名前を聞いた。
テレビで特集が組まれていて、界隈を退いて、腫れ物のように情報を拒絶していた私でも知っているくらいの有名チームへ、新人として入ったらしい。

「昔、約束した奴が居るんです。全国で敵同士で闘おうって。ソイツ私より超上手くて! 学生時代は負けまくったんですけど、見返してやります。このチームで、全国で!」

記憶にないと言われれば、奴を私を踏みつける天才と認識して言い訳ができた。
……それなのに、奴は今でも私を目標にしている。
奴は今でも、学生時代の上手い私と闘っているつもりだ。でも、そんな私はもう居ない。アイツが目指す影はきっと私ではなく、奴の理想だ。学生時代の理想だった私にその役目を押し付けているだけだ。

――安心しろよ。あんなの長くないよ。スポーツでやっていける歳なんてたかが知れてるじゃないか!

「……今何してるんですかね。全国で会うまで連絡は無しなんです。でも、アイツなら必ず上がってきますよ!」

地方の大天才は、もう死んでいる。
学生時代つけた筋肉は、都会の飲み屋でのビール運びによく活きた。毎日毎日これだけ。甲斐甲斐しく過去の努力だけが私に残っている。
……私は今何してるんだろ。
両手に掴んだ瓶ビールをそのままに、せり上がってくる何かを必死に飲み込んだ。
【君は今】2024/02/26

2/24/2024, 12:22:33 PM

私はこの世界に、小さな命として生まれた。テレビのアナウンサーが形容した私だ。
後に名前を授かった。あなたの名前と一緒の、私的にはセンスのいい名前。
ご飯を食べて、寝て、人に裏切られて、人を愛して、大きくなった。
小さな命を守るために、身体を大きくした。
小さな命を守るために、生き方を学んだ。
いくら大人と呼ばれようが、命の大きさは生まれた頃からずっと変わらない。

私は貴方だ。日々、自分を守るために生きる貴方だ。
自分を殺したいほど憎んでいる人間ほど、命を守るために無意識にしている事柄が多い。
手首を切るだろう。心の痛みを身体で覚えるために。
涙を流すだろう。感傷を知り、伝えるために。
身体は意外と自分のことを顧みている。
だから、見捨てないであげて。
あなたの心に歩み寄る身体のことをどうか忘れないでいて。
【小さな命】2024/02/24

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