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9/14/2024, 4:40:31 PM

命が燃え尽きるまで

あの子の未来を守る為に誓った日から、いつもこの日が来ないでくれと願っていた。
否、命運を覆してしまったのだから、これまでの日々が有り余る幸福の連続だったのだと、初めて神というものに感謝をした。
私のちっぽけな命はもう次に托されている。そして残りの僅かな時間は好きに使えと言われたから。本当の本当に私だけのもの。

全身の血が沸騰するかのように駆け巡り、私が憎んでいたはずの感情の全てを化け物に向ける。この感覚を久しく忘れていたが、でもこれが本来の私なのだと肯定すると、胸の重みがストンと落ちて軽くなった。あの辛い日々も結局は私が望んでいたものだったのだ。


「私の子は絶対に貴方に勝つわ!」

そう言い放つと、化け物は目を丸くした。
全てにおいて超越している。だが、孤独だ。強者故の救いもない無味透明の渇きをよく知っている。一部でも分けてあげたいというわがままを、あの化け物は意図せず少しだけ飲みこんだのだから私は大げさに笑ってやった。そして安心して確信したんだ。私の出来なかったことを、あの子はきっと越えられるだろうと。

6/27/2024, 2:30:03 AM

あれはいつの日だっただろうか。

あの丘へ行きたいと指さした君が、光る麦の中をかき分けて進んでいく。
風が麦を撫ぜると、波のように揺蕩う。どこまでも続く黄金畑が地平線まで続いている。

まるで絵画の中のようね、と白いワンピースを軽くつまんでこちらに振り向きながら笑った。
それを数歩後ろで見ていた僕はこのまま光の中へ消えてしまうんじゃないかと言ったら、君はくすくすと笑って手を差し伸べてくれた。

でも、その手を取るか迷っていると、少し寂しそうにはにかんで、僕の手首を掴み、あの丘を目指して進んでいった。

それが僕が見た最後の彼女の笑顔だった。
その後すぐに容態が急変し、そのまま帰らぬ人となった。

元々体の弱い彼女は、あまり病室から出たことがない。調子のいい日は病院の裏庭の日当たりの良いベンチで休んでいる程度だ。出会った時にもそうしていた。空を見つめながら穏やかに呼吸する姿に惹かれて後ろから声を掛けると、彼女は天から声がかかったのかと目を丸くして慌てていた。天然さもあるが、本の知識も深く、どの話にも楽しそうに興味を持ち、知識を得ようと熱心に頷く様は、僕もつい舌がよく回ってしまう。そうしていくうちに、いつしか仕事終わりの足取りも彼女の病室の方へ向かっていった。

だがその明るさとは逆に、日を追うごとに弱っていく体に医者も原因不明の病と難色を示していた。そうしたときに、彼女は最後にと、希望していた場所へ連れて行って欲しいと言ってきたのだ。

いや、正確には僕のせいで無理させてしまった。この景色がもう見られないかも知れないと言ってしまったのだ。
これから戦争が始まる。多くの人が失うための武器を研究していたことを彼女は知識として聞いていた。僕は成果を話していた。
そんなことは伝えていないが、彼女はきっと察した上で一息を飲んでくれていたのだろう。

そうして連れて行った戦争とは無縁の絵画の中の世界。
あの時自ら君の手を取っていたら僕は変わっていたのか。




いや、終わってしまった今はもうどうでもいいのだ。
この世界もどうでもいいのだ。

4/1/2024, 11:49:59 AM

起きてきて開口一番が「今日は早めに帰ってくる」と、下らない嘘を真顔でつく父親。
去年の今頃は同じ事を言って遅れてきたし、それどころか毎日0時を回ってからも帰ってくる様子はない時も多い。
顔なんか忘れそうなくらいすれ違ってるのに、どうして信じれるの?と半目で睨めつけると、散れといわんばかりに手をさっさと振って学校の支度を促される。
支度を終え、玄関のドアノブに手をかける時に二度寝を決めようとする父親に「パパのそういう所、信じられない」と吐き捨てて勢いよく扉から出ていく。
今日がエイプリルフールだから、いつもより強気な発言を言えてスッキリした。
道中で一個下の妹分に挨拶をして、学校に向かい、何時もの変わらない日々を消費する。
帰りの帰路で夕暮れの空を見ながら思いふける。誰もいない部屋にただいまと言って虚しさを抱えながら夜を過ごすのだろう。
それが日常なのだから、もう何も期待することはない。
そう考えてるうちに家についてしまった。
でも、どうして期待してしまうのだろう。嘘なのに。帰ってくるとその言葉だけで胸が締め付けられる。
ドアノブに手をかけると、不意に後ろから振ってきた声に口を強く結んで振り返る。そして言ってやるのだ。

「嘘なんでしょ」

3/4/2024, 5:16:14 PM

「これ…」

目の前でもじもじしていた女からずいっ…と出されたものは、薄紫色の包装紙で可愛らしくラッピングされた中にこれまた一輪の紫色の花が可愛らしく咲いている。
「これ?俺に?」
女は首を縦に振って更に顔を真っ赤にさせる。
ふーん、ととりあえずそっけなく受け取りそのままカウンターに置く。
花は嫌いじゃない。殺風景な店に少しの花があるだけでも雰囲気は明るくなる気がするからだ。まあ、なんだかんだすぐに枯らしてしまうが。
「これなに?菖蒲?かきつばた?」
驚いた女はあたふたしながら言う。
「あの、かきつばた、じゃなくてたぶん、あやめ…かな?うう、ごめん、よくわかんない…」
目を半目にしてしょんぼりしている女を見る。きっと普段行くこともない花屋で上がりすぎて店員の説明を聞いていなかったんだろう。ここは察してやろう。
「まあとりあえず受け取っておくよ。ありがと」
店の奥に行こうとすると、口をぱくぱくさせてまだ何か言いたげな表情をしている。さすがに貰ってはいサヨウナラはそっけなさすぎるかと思い、もう少しとどまることにした。
「どうしてこの花を選んだの?」
俯いた目をこちらに向けると彼女の金色の瞳が少し潤んでいる。
「目の色が…似て、るから」
「へ、へぇー…?そっかな」
胸の奥から湧いてきた暖かさに照れくさくなって、カウンターに目をやると、紫色のささやかな花がこちらを向いている。
彼女は別段仲良くは無いと思っていたが、よく見てるんだなと感心する。
「今度、これなんの花か一緒に聞いてみるか」
目を丸くした彼女はこくんと頷いて、蚊の鳴くような小ささで「わかった」と誘いに乗った。

1/30/2024, 11:43:23 AM

あなたに届けたい

君の心臓〈こころ〉に届く最高傑作。
そうでなくともきっと──。



【1】

─先生、これでいいんでしょうか。

「ん、ああ…。大丈夫だよ。ところでどうだい?」
この状態。と言われて周りを見渡す。いま、大層な機械の中に裸で入れられている。
前面はガラス張りなので、自分がショーケースの中に入っているような不思議な感覚だ。その外に男が手を振っているので、振り返す。

─私ではだめだったのでしょうか。

「アレを幻滅させるわけにはいけないからね。残念だけど君には倒せない。さて、準備をしよう」
口元は笑っている。
が、目では真剣にこちらを捉えている。少し悲しくなって逸らすと、ふふ、と笑われてしまった。
アレ──を見た瞬間全身が震え上がった。人ではないことは確かだった。異次元の存在。思い出すたびにまた恐怖が湧き立つ。だが、この方法なら先生はもう戦わなくていいと言ってくれたが…。
「安心してくれ、絶対に成功するから。最初は苦しいだろうが死ぬことはない。肺の中に液が満たされてから息は出来るから安心してくれ」
と、言って直ぐに上部の大きな管から大量の翡翠色の水がなだれ込んでくる。
あ、と言う間に全て満たされてしまった。

─…!…ー…

「ああ、頑張ってくれ」
窓を叩くと君の力だと壊れるかもしれないからやめてくれと言われた。肺の中に水が入り込んで意識が薄れる中、この研究所へ一緒に来た「あの子」が脳裏に浮かぶ。 と、同時に苦しさが嘘のように引いていく。成功したのだろうか。両手をガラスについて先生を満たされた培養液の中から見下ろす

─…!!…。

「うーん?まだぐっすりと寝てるから安心してくれ。…、よし、バイタル、信号、全て正常。これより第二段階へ移行する」
ここからは意識がない。先生が言うには神にも等しい行為だと言っていた。なんでも一度"溶かして遺伝子を書き換えて再構築"するのだと。
溶かすという言葉に身の毛がよだったが、今私はラボのベッドの上で天井を見つめているから成功したのだろう。それよりも─

ドアにノックがかかる。どうぞ、と促すと先生だった。我が子も抱いている。
「いいかな?」
頷くと先生はベッドの横の椅子へ腰をかける。
「いや、全く生命の神秘だね。君が寝てる間僕にそっぽを向いてずーっと泣いていたよ」
先生が残念そうな顔をして赤子を見つめ、それから赤子を渡された。この重みが懐かしくなり涙を落とす。
「もう、安心して暮らせるんですね」
「そうだね」
どこか他人事──もう私達には興味がないような反応だ。
会話もすることもなく、先生はやることがあると言って直ぐに病室から出ていってしまった。
完全に扉が閉まるのを見届けてから、静かに涙を落とす。
「ごめんなさい…赤ちゃん。私の赤ちゃん」
売ってしまった。"将来"の私の子。

研究所に来る前に二つの事を提示された。
アレを殺すか、将来に託して赤子と静かに暮らすか。
前者の成功率は限りなく低いが、暫くは生きれるだろうと。
後者は身体を提供する代わりに死ぬまでこの子と共にいられる。
一人だったら迷わず前者を選んでいたであろう。腕の中で笑顔を見せる赤子を見てしまったら、急に死が怖くなってしまった。

「決心は決まったかい?」
「はい」
「私の子はあのバケモノを確実に殺しうる存在になります」
握った拳を震えるくらい強く握る。手のひらから血が伝うと、先生はハンカチを出してそれを拭い、優しく両手で私の手を包む。
「物事は単純だよ。もっと皆ハッピーになろうじゃないか」

再び病室からノックされる。きっと成功した知らせだろう。扉がゆっくりと開くと全身から鳥肌が立った。

「こんにちは」

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