ォㇺㇾッ

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あれはいつの日だっただろうか。

あの丘へ行きたいと指さした君が、光る麦の中をかき分けて進んでいく。
風が麦を撫ぜると、波のように揺蕩う。どこまでも続く黄金畑が地平線まで続いている。

まるで絵画の中のようね、と白いワンピースを軽くつまんでこちらに振り向きながら笑った。
それを数歩後ろで見ていた僕はこのまま光の中へ消えてしまうんじゃないかと言ったら、君はくすくすと笑って手を差し伸べてくれた。

でも、その手を取るか迷っていると、少し寂しそうにはにかんで、僕の手首を掴み、あの丘を目指して進んでいった。

それが僕が見た最後の彼女の笑顔だった。
その後すぐに容態が急変し、そのまま帰らぬ人となった。

元々体の弱い彼女は、あまり病室から出たことがない。調子のいい日は病院の裏庭の日当たりの良いベンチで休んでいる程度だ。出会った時にもそうしていた。空を見つめながら穏やかに呼吸する姿に惹かれて後ろから声を掛けると、彼女は天から声がかかったのかと目を丸くして慌てていた。天然さもあるが、本の知識も深く、どの話にも楽しそうに興味を持ち、知識を得ようと熱心に頷く様は、僕もつい舌がよく回ってしまう。そうしていくうちに、いつしか仕事終わりの足取りも彼女の病室の方へ向かっていった。

だがその明るさとは逆に、日を追うごとに弱っていく体に医者も原因不明の病と難色を示していた。そうしたときに、彼女は最後にと、希望していた場所へ連れて行って欲しいと言ってきたのだ。

いや、正確には僕のせいで無理させてしまった。この景色がもう見られないかも知れないと言ってしまったのだ。
これから戦争が始まる。多くの人が失うための武器を研究していたことを彼女は知識として聞いていた。僕は成果を話していた。
そんなことは伝えていないが、彼女はきっと察した上で一息を飲んでくれていたのだろう。

そうして連れて行った戦争とは無縁の絵画の中の世界。
あの時自ら君の手を取っていたら僕は変わっていたのか。




いや、終わってしまった今はもうどうでもいいのだ。
この世界もどうでもいいのだ。

6/27/2024, 2:30:03 AM