【不条理】(300字)
むかし、ある神様が世界を創りました。でも、世界はなんやかんやあって滅んでしまいました。神様は不条理を嘆き、新しい世界を創りました。その世界もまた、なんやかんや不条理があって滅んでしまいました。そこで神様は考えました。条理があるから、その反対の不条理も発生するのではないか。いっそ条理という概念のない世界を創れば、不条理なことも起きないはず。そうして生まれたのが、条理のないしっちゃかめっちゃかな世界です。しっちゃかめっちゃかなので不条理なことは起きませんでしたが、世界は結局滅びました。
そこでようやく神様は気付いたのです。全てのものには必ず終わりが訪れるという、神様にとって不条理な条理の存在に。
------------------------
世界が滅びるお話が大好きなので、つい何度も滅ぼしてしまいました。世界にとってはじつに不条理なことですね。
しばらくおやすみしていた間にも♡をぽつぽついただいていたようで、ありがとうございます。たいへん励みになります。
ただいま他の原稿に注力しているため、5月末ごろまで長いおやすみに入ります。ふらりと復帰したときに、また出会えましたら嬉しいです。ここまでお話を読んでくださり、ありがとうございました。
【現実逃避】(300字)
指は無意識のうちにスマホを持ち上げ、ソシャゲのアイコンに触れていた。
「あーだめ、こんなことしてる場合じゃない」
慌ててスマホを伏せ、机に広げた教科書へと向き直る。向き直ったところでさっぱり頭に入ってこない。期末試験、明日だったっけ。今さら勉強? 手遅れだ。
逃避している場合じゃないってわかってるくせに、つい逃避してしまう、そのせいでギリギリまで追い詰められてしまう。それが現実逃避の恐ろしさ。
現実を前にして部屋の掃除だの勉強だのに逃げていたから、我が家はすっかりゾンビたちに囲まれてしまった。
「姉ちゃん、脱出の準備終わった? って、まだ何もしてないのかよ!」
これから、現実でも逃避行が始まる。
【物憂げな空】
隣の席の八橋空さんは、いつも物憂げだ。
先生の話などどこ吹く風で、頬杖をついてぼんやりとあらぬかたへ視線を送るのが、彼女の授業スタイル。その横顔に陰が落ちて見えるのは、縁の黒い眼鏡のせいだろうか。それとも、長い睫毛をいつも伏せ気味にしているせいだろうか。
彼女越しに見える五月の空は、あんなに爽やかで青々としているのに。ああ、そうか、あんなに綺麗な空を背負っているから、彼女はいっそう物憂げに見えるのかも。
ふと、眼鏡の奥の睫毛が動いた。見開かれた黒い瞳が、私の視線とばっちり合ってしまう。
「なに?」
唇の動きだけで問いかけてくる。
私は慌てて首を振る。なんでもないよ、と。
いや、なんでもないわけがない。私はずっと彼女を見ていたんだから。こんな誤魔化しが通用するわけがない。
彼女も同じように思ったのだろう、不審そうに眉をひそめると、ふいっと私から視線を外し、顔を窓側に向けてしまった。
その動きでさらりと流れた黒髪が綺麗だな、なんて見惚れてしまう。
今、彼女は何を考えながら五月の空を見つめているんだろう。彼女の視線を通せばきっと、あの爽やかな空も物憂げなものに見えるはず。……いや、違う、彼女を物憂げな存在として見ている私の視線を通して描かれた空が、物憂げになるだけだ。空自体はどんなときでもべつに物憂げではないし、八橋空さんもきっと、物憂げではない。ただ、授業中にぼんやりしていて、長い睫毛や黒縁の眼鏡が陰のように見える、それだけ。
そもそも、私は八橋空さんのことを何も知らない。どうして授業中はいつも上の空なのか、とか、なぜそれで成績がいいのか、とか、お昼ご飯はどこで食べているのか、とか、なぜ誰とも仲良くなろうとしないのか、とか。
彼女が孤高の存在だから、勝手に物憂げな属性を付加して、近づかなくてもいい理由にしていただけだろう。それはもしかしたら、彼女の防衛戦略にハマってる、ってことかもしれないけど。
窓の外を鳥が横切る。それを追うように彼女の頭がわずかに動く。さらりと黒髪が流れる。それに突き動かされたようなタイミングで、彼女への好奇心が疼く。
そう、何も知らないなら、これから知ればいい。
天気がなぜ移り変わるのか、なぜ雲は生まれて雨を降らせるのか、その物理的な理由を中学校で習ったように、彼女のことを学べばいい。物憂げに見える上の空の理由を、明かしてしまえばいい。それはきっと、この高校での最高の学びになるだろう。
だから、授業の終わりと同時に、私は彼女に声をかけた。
「あのね、八橋さん、さっき見ていたことについてだけど」
「なに? キモかったんだけど」
「友達になろう」
「は?」
「いや、なろう、じゃない。なる。押しかけ友達。これからよろしくね!」
「はああぁあ!?」
------------------------
せっかくの高校なので、彼女以外のこともちゃんと学んでね……。
【小さな命】
コポコポと微かな音をたてる水槽。その向こうのテーブルに、男女が向かい合わせで座っている。リビングに色鮮やかなグッピーの水槽が置かれた、洒落たマンションの一室。左手に揃いの指輪をした男女は、先ほどから甘い表情で言葉を交わし合っている。……それでね、私、赤ちゃんできたみたい。男の動きが一瞬止まる。続いて、晩酌のワインにむせかける。とうとう、僕たちの……。顔を覆った男の口元が、だらしなく緩んでいる。幸福を隠しきれないと言わんばかりに。それから男はワインを置いて女を抱き寄せ、熱烈なキスをする。
俺は死んだ魚の目で、彼らのやりとりを見つめている。羨望、妬み、悔しさ、憎しみ、そんな感情とともに。水槽の底で、もはや動かないヒレをぐったりと横たえて。
俺はかつて、この街で自由気ままに生きていた人間だった。自由に生きすぎて、敵も多かった。いつかそいつらに殺されるのだろうと覚悟していたが、不摂生による脳疾患であっけなく死んでしまった。そして、こんな小さな命に生まれ変わってしまった。それも、何の因果か、俺と敵対していた男の家を彩るグッピーとして。これじゃまるで檻に捕らわれた虜囚だ。俺を裏切って独立し、俺に殺されかけて逃げおおせた憎い男に毎日世話されるという、屈辱的で最悪のグッピー生だった。
しかもグッピーの寿命は短い。たった二年で老いぼれ、幕を閉じる。それでいまはこのザマだ。水槽の底から、もうほとんど残っていない意識を振り絞って、俺は願った。今度はもっとまともな命に生まれたい、と。できることなら人間がいい。いや、絶対に人間がいい。そうだ、このタイミングで死ねば、この男の子供に生まれ変われるかもしれない。そして、この屈辱の復讐を――
「いやぁ、アナタ、六道輪廻ってご存知です? アナタの次の転生先は、餓鬼道ですよ」
俺の魂を迎えに来た天女みたいなやつは、開口一番に男の声でそう言った。
「そ、そんな! せめて、今流行りの異世界に!」
「異世界転生は希望者が多すぎてどこもいっぱいいっぱいなんですよ。だいたい、アナタのように殺しが日常茶飯事だった魂を、他の世界に放てるわけないでしょう。異世界に迷惑です。グッピー生を味わうこともせず、ただただ小さきものと見下して一生を過ごし、人間に未練たらたらで欲の深いアナタには、餓鬼道がお似合いです。今度こそ反省してくださいね」
------------------------
やはり徳を積んでおかないと、金持ちの家の猫に生まれ変わることはできませんよね。
ちなみに私は無宗教です。
【花束】(300字)
会社の屋上に、花束がぽつんと置かれている。そのせいで、飛び降りがあっただの事故だのと、昼の社員食堂が騒がしい。意味ありげに置かれた花束を見ると、人はなぜか悪いほうに捉えてしまうみたい。僕はまったく逆の意味であれを置いたのにね。
あの場で飛び降りようとした人がいたのは事実。でも、僕は結局そうしなかった。だから、あれは新しい僕の誕生を祝う花束だ。僕から僕へ贈る、僕を祝福するための花束だ。
そんな嬉しい花束も、見る目しだいで簡単に意味が転じる。深夜の屋上から見下ろしたネオン街が案外、ちゃちな玩具じみていたように。世界のそういうペテン師ぶりが面白くなって、僕はあの花束を意味ありげに置いてみたんだよ。
------------
人騒がせないたずらはやめましょう。
いつも♡ありがとうございます。励みになります。
おかげさまで昨年お題30本マラソンを走り切って、その成果が1冊の文庫本(一次創作同人誌)になりました。
2023/4/26のお題『流れ星に願いを』から2023/9/23のお題『声が聞こえる』までの31本+書き下ろし1本をまとめています。
どこかのなんらかのイベントで『#書く習慣と眠る習慣』というタイトルの本を見かけたら、それがまとめ本です。タイトル被りがなければ、たぶん本物です。よろしくお願いいたします。