【1000年先も】(228字)
とある事件報告書より抜粋:
2117年2月8日、アンドロメダ系より飛来した3体の異星人とその航行機により、キョートシティの一部が攻撃を受ける。
居合わせたS級国選ヒーローが即時対応、異星人全員を捕らえ、銀河間警察に引き渡す。
銀河間警察のAI翻訳によれば、主犯の異星人は、
「1000年先も一緒に遊ぼうねって約束したから地球時間で1000年後に迎えに来たのに、出てこない!」
などと供述しており。
異星人に社交辞令は通用しない。できない口約束はしないように。
【勿忘草(わすれなぐさ)】
川縁に降りると、丈の低い草に混ざって、勿忘草が咲いていた。他に花を付ける草はなく、青く可憐な花弁はよく目立った。
「あの絵と同じだ」
思わず摘もうとして、すぐに手を引っ込めた。――星系ユニオン律第三二〇七条、未開拓星の生命体をもとの位置から移動させたり持ち帰ったりしてはならない。
「未開拓星、か」
星系ユニオンに未開拓星として登録されているこの地球は、我が一族にとっては故郷とも呼べる星だ。かつては陸地の大部分が開拓され、百億もの地球人が住んでいた。しかし、巨大隕石の衝突により、人間の居住に相応しい星ではなくなってしまった。生き残った地球人は星系ユニオンによって救出され、他の生命居住可能星に散らばった。一回り小さくなった地球は、星系ユニオンの再生プログラムにより、四千年かけてようやく、かつての面影を取り戻しつつある。私は居住環境調査員として、地球に派遣されたのだ。この足を再び地球に付けることは、我が一族の悲願だった。
とはいえ、私はケンタウリで生まれ、エンケラドゥスで育ったから、思い出の中に地球はない。私が知っている地球は、星系ユニオンの地球再生プログラムの中にある記録だけだ。
「花とて、なにも覚えていないだろう」
現地球換算で四千年もの時が経ったのだ。我が一族の祖が住んでいたころの地球など、花の記臆細胞からも抽出できないだろう。
「だが、星そのものは残っている」
川岸を見渡せば、先遣の無人機が送ってくれた立体映像そのものの光景が広がっている。それだけで、この星に奇妙な懐かしさを覚えてしまう。
「そして、勿忘草も残っている」
地球には数多の愛らしい植物があるが、この青く可憐な花を咲かせる草にだけ、私は特別な親しみを抱いていた。我が一族には、〈本〉という地球の希少遺物が代々伝わっている。その〈本〉に挟まれた〈栞〉に描かれていたのが、この花だった。花の名前も添えられていた。「forget me not」。一族の祖の言語では、勿忘草(わすれなぐさ)、と言う。
地球人迫害の歴史もあった中で、その〈本〉と〈栞〉は我が一族にひっそりと受け継がれ、私をこの星まで、そしてこの花のもとまで導くに至った。「私を忘れないで」と訴える青い小さな花、その本物を見てみたいというのが、私の密やかな悲願だったのだ。
「地球や花に忘れられたとしても、私たちが忘れずにいれば、繋がるものだな」
歴史の惨禍の中で〈本〉と〈栞〉が失われていれば、あるいは我が一族の誰かが失われていれば、私はこの星に降り立ってはいなかっただろう。星系人種の中で地球人の末裔として残っているのは、いまや我が一族だけだ。〈本〉と〈栞〉に記された言葉が我々を地球人の末裔として証明し続け、そして、一族の悲願に縛り続けてもいた。
「思えばこの花の言葉は、我が一族にかけられた呪いのようなものだったな」
地球人の血を継ぐことにこだわるあまり、我が一族は古いしきたりに囚われ、どんどん弱っていった。無茶なコールドスリープも繰り返した。そして最後に、私だけが生き残った。
私は川縁の勿忘草の横に腰をおろした。亜空間バッグを開き、こっそり持参していた〈本〉を取り出す。〈本〉を開くと、真っ先に〈栞〉が顔を出す。
誰がどんな思いでこの〈栞〉の絵を描き、〈本〉に挟んだのか。そんな事情は伝わっていない。〈本〉を〈読む〉という技術も、絶えている。しかしここに〈本〉があり、〈栞〉がある。地球があり、勿忘草が咲き、傍に最後の地球人が座っている。それだけで、なにもかもが充分なように思えた。
「あっ」
ふいに風が吹きつけ、〈栞〉を攫った。花弁のように薄い〈栞〉は宙を舞い、ひらひらと川の上に落ちた。川の流れは早く、〈栞〉はあっという間に下流へと消えてしまった。
「……星系ユニオン律第三二〇六条、未開拓星に持ち込み品を残留させてはならない」
この失態は、ケアレスレポートとして半永久的に星系ユニオンに残るだろう。私は〈本〉を亜空間バッグにしまいこむと、ため息とともに立ち上がった。失ったものの大きさの割には、心は軽く、地球に降り立ったときと同じぐらいに弾んでいた。
次の調査場所を求めて歩き出す。この星に新しい人間たちが住み着く日まで、もうすぐだ。
【ブランコ】
キコキコと軋んだ音をたてて、私を乗せたブランコが揺れる。真夜中の公園でブランコを漕げるのは、大人の特権だと思う。思い切ってハイヒールで地面を蹴ると、ぐいーんと体が宙を舞う。
終電を乗り過ごしてたどり着いた駅、そこから徒歩三分のところで見つけた、見知らぬ公園。雑然とした一戸建ての群れに紛れた、古そうな児童公園だ。このテの公園、まだ絶滅していなかったみたい。ゾウ型の滑り台やらカラフルなジャングルジムやら変な顔したパンダらしき乗り物やら、童心をそそるものがひと通り揃っている。ベンチは朽ちかけていてまともに座れなさそうだったから、ひとときの休息にこのブランコをお借りしている。なんとなく、小学生ぶりに漕いでみたくなったというのもある。だって、分別のある大人は人前で嬉々としてブランコなんて漕がないでしょう? それなら、ひと気のない真夜中のいまこそ、大の大人がブランコを漕げる絶好のチャンスじゃないですか。このチャンスと特権、逃すわけにはいかないじゃないですか。……まあ、この整備不良っぽいブランコが、大人の女の体重にどれだけ耐えてくれるかはわからないけど。
今が夏で、そして晴れの日でよかった。クーラー対策でカーディガンを持っていてよかった。始発が動くまで外で過ごしても、風邪を引くほどの寒さじゃない。むしろ、夜の空気がひんやりしていて、アルコール入りの体には心地いい。
満月だから、空もやたらに明るい。まあ、街灯だけでも、明かりは充分。むしろあの満月、忌々しいあいつのことを思い出させるから、邪魔に見えてくる。なんでブランコからいい感じに見上げたアングルで、存在を見せつけるように皓々と浮かんでるんだろう。なにからなにまで、忌々しいあいつそっくりだ。
忌々しいあいつとは、同期の望月のこと。入社したときは確かに同期だった。だけど五年経ったいまでは上司だ。名字通り、欠けたることもなしと思うような完璧なシゴデキ野郎で、あれよあれよという間に手の届かない存在になってしまった。
あいつが順調に出世する一方で、私はうだつの上がらないペーペーのまま、来月には会社を辞める。実家に帰って、怪我を負った父の介護をしながら、家業の工場(こうば)を継ぐことになる。
今日は上司や後輩と引き継ぎのスケジュールを打ち合わせして、そのついでに飲んで、ひとり二次会でさらに飲んで、このていたらく。乗り過ごしに気づいた時点で、血の気と一緒にスッと酔いは引いたけど。ううん、真夜中の公園でキャッキャとブランコ漕いでる時点で、まだ酔ってるなぁ。
こうなりゃ酔いに任せてヤケクソだ。私はありったけの力をハイヒールに込めて地面を蹴った。体を大きく揺らして、力いっぱいにブランコを漕ぐ。
体が仰向けになると、真正面に満月が見える。いまなら届きそう。なのに、届かない。遠ざかって視界から消えて、また視界に入って近づく。また遠ざかる。近づく。その繰り返し。
ぎゅっと鎖を握り込んでいるこの手さえ離せば届くんじゃないか、そんな恐ろしい考えが、ちらっと頭をよぎる。このまま体を宙に放り出せば、どこまでも飛んでいけそう。なのに、大人の分別が邪魔をして飛べない。飛んだところで、きっと、月には届かない。
こんなに漕いでるのに。こんなに一生懸命、あいつ目掛けて、心ごと揺さぶっているのに。
ギィギィガチャガチャと鳴る鎖がうるさい。この鎖が、必ず私を地面に引き戻してしまう。なのに、鎖から手を離せない。
仕方がない、ブランコに乗ってる以上、私は振り子の錘だ。実家を支点にして揺れるだけの、宙ぶらりんな存在だ。
ブランコでどう足掻いたって、月に届くわけがない。
私がどんなに頑張ったって、望月に敵うわけがない。
私がどんなに騒いだって、この心は望月に届かない。
あと一ヶ月もすれば、望月に会うことすらできなくなる。
それが悔しくて悲しくて、ただ思いっきり、ブランコを漕いだ。
突然、ブランコの真後ろの家の窓が、ガラッと開いた。
はっとしてブランコを急停止させ、おそるおそる振り向くと、見知った顔がぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
「え、うそ、望月……?」
「なんかうるさい奴がいるから追い出してやろうと思ったら、まさかの金森? こんな時間になにやってんの? 近所迷惑だろうが」
「……も、望月こそ、なんでこんなとこに……」
「こっちのセリフだよ。ここ俺ん家だよ。金森もこの辺だっけ? ……違ったよな。路線は同じだけど。さては、乗り過ごしたな?」
望月が呆れたように目を細める。
「だいぶ飲んでたもんな。俺と同じ電車で帰るの断って、さらに飲みに行ってたみたいだし」
「ご明察通りでございます」
「公園で野宿するつもりか? それで体調崩されたら困るし、まあ……仕方ないから、うちに泊まって、ちゃんと寝ろ。客用の布団があるからさ。……おい、そんなあからさまな警戒の目で見るなよ、親もいるんだから、変なこと起こるわけないだろ」
「そ、それならありがたくお言葉に甘えて……」
ご両親がいらっしゃるなら、男の家とはいえ安心だろう。かえって気まずいけれど。っていうか、望月実家住みだったの? なんとなくシャレオツマンションに住んでるイメージだったから、意外なんですけど。
私は立ちあがろうとして、そして、果たせなかった。
「……ええと、ブランコの揺れで酔いが回って立てない。あと、ヒール、いつのまにか折れてる」
「阿保か」
ぴしゃり、と窓が閉まった。
ほどなくして、スウェットにサンダルを履いた望月が公園に現れた。いつもピシッとスーツを完璧に着こなした姿しか見ていなかったから、寝巻き同然の姿で気兼ねなく外に出てくることに驚いた。まあ、こんな格好も、ひと気のない真夜中だからこその特権だ。私にとっては、ある意味眼福。
「はい、水。と、サンダル。オカンの勝手に持ってきた」
「ありがとう」
ペットボトルの水を受け取り、ハイヒールを脱ぎ捨ててサンダルに履き替える。その間に、望月も隣のブランコに座る。
「お、月がちょうどいい眺めじゃん」
「いまこそ、月が綺麗ですね、って言いたいところだけど、ヘンな意味になるからやめとくわ」
「そのフレーズのせいで、気軽に月を褒められなくなったよなぁ」
望月がキコキコとブランコを揺らす。
なんの気もなさそうなその横顔に、ちらりと視線を送ってから、ペットボトルに口をつける。ああ、冷たさがアルコールを押しのけて五臓六腑に染み渡る。
「それ、百五十円な」
「暴利だ。ドラッグストアなら八十円ぐらいでしょ」
「運搬料込みってことで。まあ、宿代と一緒にして、後日三倍返ししてくれればいいよ」
「わかった、宿代百円ってことにして、後日菓子折りをお届けします」
「勝手に料金決めるなよ。ってか、べつになにもいらんわ。甘いもの好きじゃないし」
「菓子折りは望月へのお礼じゃなくて、望月のご両親と布団様へのお礼だから」
私はぐいっと水を飲み干した。
それを待っていたように、望月がブランコから立ち上がる。
「多少は醒めたか? じゃ、行くぞ」
私はちょっと目をみはった。望月の手が、真っ直ぐ私に差し出されていたからだ。まだ酔っててふらつきかねないと思われてるんだろう。確かに、この状況はある意味ふらつきかねない。
それならばと、望月の手をぎゅっと掴み返してやった。引き寄せんばかりの力を込めて。
今度は望月が目をみはる。
いまこそ、私のブランコが、いちばん月に近づいた瞬間だ。こんなに心揺れる夜は、真夜中の公園に迷い込んだ私だけの特権で、そして、人生最後のチャンスになるだろう。
【逆光】(300字)
今日はデートの日だ。
めいっぱいにおめかしをした彼女が、待ち合わせ場所に現れる。ふんわり巻いた髪、風になびく淡いワンピース。
私は目を細めて彼女の姿を確認し、すぐに視線を逸らす。彼女の輝きは、私には眩し過ぎる。
彼女は人混みの中に恋人の姿を見つけ、ぱっと満面の笑みになる。私はそれを注視しないよう気をつけながら、二人並んで歩きだす彼らを、そっと目で追う。
彼女の輝きを遮って、濃く浮かび上がる、彼のシルエット。今日も黒い服がよく似合っている。彼女のお陰で、彼はいっそう格好よくなった。
私は彼を好きだったはずだ。だが、彼女の光に目を眩まされて、もはやどちらに恋をしているのか、わからなくなっている。
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どっちにしろストーカーでは……
お久しぶりです。休眠中もときどき♡をいただいていたようで、ありがとうございます。
コンパクトにストーリーを作る練習として、300字ぴったりで書いてみました。今後もたまに300字に挑戦したり長めの話を書いたり書かなかったりする予定です。よろしくお願いいたします。
【声が聞こえる】
「ママー! 置いてかないでよー!」
あたしはママとはぐれてひとり、神社のはしっこの灯籠の陰で泣いていたの。
今日は神社のお祭りで、境内はどこもかしこも人間でいっぱい。わいわいガヤガヤさわがしくて、あたしの声なんて誰の耳にも届きやしない。
……と思ってたんだけど。
「どうしたの?」
急に後ろから声がかかって、思わず飛びはねちゃった。
「ごめん、びっくりさせちゃったね。泣き声が聞こえたから、気になって」
浴衣姿の少年が、あたしの前にしゃがみこんだの。少年といっても、あたしよりもずっと大きい子。
「迷子なの。あたしのママ、見なかった?」
「君のお母さん? ああ、そういえば……」
少年はすっと指を立てて、空を指したの。
「ちょっと前に、あっちへ昇っていったよ」
「やっぱり……! ママはあたしを置いていっちゃったんだ!」
あたしは少年の言葉の意味を知って、これまで以上にわんわん泣いた。あたし、これから一生、ママとはぐれたまんまなんだ。ずっと寂しい気持ちをかかえて、生きてかなくちゃいけないんだ。
「彼女、以前から体が弱っていたからね。最期の姿を君に見せたくなかったんだろうね」
少年はわけ知り顔で、あたしの頭をかってに撫でてる。その手のひらがあんまりにもあたたかいから、ますます泣けてきちゃう。
ひとしきり泣いて泣いて疲れてきたころ、あたしはふと、あることに気づいたの。
「そういえばあなた、あたしの言葉がわかるんだね」
「神様だからね」
少年がすっくりと立ち上がった。口元に人差し指を立てて、ふっと笑う。
「神様だから、こういうこともできるよ」
つぎの瞬間、少年の姿は消えていた。あたしは目をぱちくりさせて、彼が立っていた空間を凝視したの。
「ねぇ、こっち! 声が聞こえたの!」
ふいに、すごく近いところから人間の子供の声が聞こえて、あたしはまた飛びあがった。
「ほら、やっぱり!」
さっきの少年よりもずっと小さな女の子が、あたしを指して、背後のでっかい人間へと振り返る。
「いたでしょ、猫ちゃん!」
「まだ小さい子だね。親とはぐれたのかな?」
「おばちゃん、この子と一緒に帰りたい!」
「まあ、迷子の子猫なら、放っておくわけにもいかないしなぁ……」
あれよあれよというまに、あたしは女の子の腕に抱えられていたの。腕の中はあんまりにもあたたかくて、あたしはいつのまにか眠っちゃったみたい。うとうとした耳に、さっきの少年の声が聞こえた気がしたの。
「縁を結んでおいたよ。君たちがもう二度と、寂しい思いをしないようにね」
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お久しぶりです。
更新が途絶えてもぽつぽつ♡をいただいているようで、ありがとうございます。
♡への感謝を原動力に、久しぶりに書きました。
こういうNNN(ねこねこネットワーク)があってもいおな、と思います。