【何気ないふり】
『んん、、、』
本日2度目の眠りからぼんやりと覚める。
半醒半睡のまま布団を畳み、トイレに行って手を洗って顔を洗う。
ダラダラと机に座り、ダラダラと白米を胃にかき込む。
『、、、9時か、』
休日の起床時間はいつも9時か8時頃。
休みの日くらいゆっくりしたいよね。
スローな私とは対照的にバタバタと忙しなく動くのはお母さんと姉の幸子。
『幸子ー。今日なんか予定あるの?』
私と幸子は1個下の年子だから"お姉ちゃん"などという距離の離れた言葉では呼ばない。
時間にルーズな幸子が珍しく着替えて私より早く起きている。
これは今日は何かあるな。
そう感じ尋ねた。
『はぁ?今日アンタの誕生日やろ。ケーキ買ってくるとよ。』
嗚呼そうだった。
すっかり忘れていた。
『そうやった。いってらー。タルトがいい。』
『んー。』
姉は準備のできたお母さんに急かされて慌ただしく家から出て行った。
午前10時。
『んー、、やることやったし、アニメでも見よっかな。』
朝の茶碗洗い、洗濯物を畳んで直し、周りをちょっと片付けるのが家にいる人の役目。
それを終わらせたら私は自由。
『やっほほい!』
ウキウキでソファに座り、テレビをポチッとつける。
あっという間に時間は過ぎた。
ーーー
ガチャ
『ただいま〜ケーキ買って来たよー』
午後1時。
恐らく昼ご飯を食べて来たのだろう、2人が帰って来た。
『ケーキ!ケーキ!』
私のテンションは爆上がりだった。
『あ、あと、お父さんも帰って来るから、先にデパートで待ってるね。6時ね。あそこの4階のキングでご飯食べよう。』
『ほいほい。』
『準備しといてね。1階の化粧品売り場のとこら辺うろちょろしとくけんね。』
口うるさく言って2人はまた出て行った。
『あー面倒いけど準備するか。』
ヨロヨロと立ち上がり、服を決めてバッグを肩から下げる。
『、、、行ってき〜』
誰もいない家に声を残して鍵を閉めた。
『早く行かないと怒られる。』
時刻は5時50分。
上着を着ながら道を走り、信号で止まる。
『あれ?なんかいつもより人多くない?』
帰宅ラッシュなんだろうなーとは思うけど、一点に人が集まるのはおかしくない?
興味を唆られて人混みの中に入って行った。
まだ人が多すぎてその中心は見えない。
っていうか、もうデパートすぐそこまで来てんのに人が止まってるから入れないじゃん。
『電話かけて遅れるって伝えるか。』
♪♪♪ ♪♪♪
電話をかけた。
でも、その着信音は人混みの中心から聞こえた。
血溜まりの中にお母さんのスマホがあった。
幸子がつけてたお気に入りのアニメのキーホルダーがあった。
私の誕生日は、私1人で迎えた。
"午後6時頃、買い物客で賑わうデパート前の交差点に大型トラックが突っ込みました。この事故で3人が死亡、10人が重軽傷を負いました。県警はトラック運転手を過失運転障害の容疑でーーーーーーーーー"
家に1人。
日がとっぷり暮れたのにも関わらず、電気すらつける気になれない。
ソファに身を沈めてテレビを見る。
『お腹、、、すいた。』
人間食欲には抗えないみたいで、料理もできないしカップ麺を何もなかったからコンビニへ向かう。
無心でおにぎりを買って、無心でコンビニから出る。
頭の中で渦巻くのは自分のこれからの事。
水道代、電気代、ガス代、払い方は?
わからない。
親戚に連絡して葬儀を、、
わからない。
お母さんとお父さんは保険に入ってたかな?
わからない。
学校の学費は?
ワカラナイ。
掃除も洗濯も自分で、、
ワカラナイ。
葬式の手続き、骨を焼いて、、
ワカラナイ。
ぷっつり。
頭の中で何かが切れて、それと同時に涙がドンドンと溢れ出て来た。
何気ない。
自分は何ともない、何気ないふりをしていたのに。
我慢しなきゃ。だって、これから1人だから。
でも、、、
何もわからない。
何もできない。
もう何もない。
『うっ、、ぁっ、、ひぐ、えぐっ、、、、』
道の真ん中で人の目も憚らずに大泣きした。
何気ないふりをしていた自分と、私を残して逝ってしまった家族に対して、ひたすら涙が止まらなかった。
【見つめられると】
『視線病、、ですか?』
『ええ。ごく稀な10代の学生さんの間で発症する病です。』
珍しそうに診断票みたいなのを見るお医者さん。
中1の頃から、人からの視線が急に怖く感じた。
どうしてだろう。わからない。怖い。
とうとう僕は、見られることへのストレスと、どうして?という途方もない不安で倒れてしまった。
そんな時に診断されたこの病。
良かった。自分がおかしいんじゃないんだ。
『そうやって、何でも病名つけたがりますよね。自分はこれだからって安心したいだけじゃないの?』
お母さんの声が隣から聞こえてきた。
『お母さん、確かに目には見えない心の病気です。でも甘えっていうわけじゃ、、』
必死にフォローしてくれるお医者さんの声も遠くて、キーン、、と酷く耳鳴りがした。
信じてくれない母に対しての怒りと、底なしの絶望が僕を襲った。
どうして信じてくれないの?何故?
痛い、イタイ、、
ナースステーションを通った時も、信号で止まって渡っている高齢者と目が合った時も、家族で囲んで食事をしている時も、背中に壁がない限り視線を感じて痛かった。
ーー
キーコーンカーンコーン
遠くで学校のチャイムが鳴るのが聞こえる。
もう、かれこれ3週間。
僕は学校を休み続けてる。
ダメだ。そうはわかってる。
けど、、、どうしても背中に壁がないと不安で吐きそうになる。
教室の何処にいても休まらない。
いっその事壁になりたかった。
今日もお母さんは怒って会社に向かった。
病気なのはわかるけど学校には行けだって。
わかってねえじゃん。
お母さんなんて嫌だ。いなくなればいい。
こんなことを考えている僕も死ねばいいのに。
生まれてこなきゃよかった。
誰にも僕のこと見えなければいいのに。
布団の中は落ち着く。
誰にも見えない。
見つめられると息が詰まる。
僕はこの先、生きていけるんだろう?
誰かに見つめられるのが嫌だなんて、もう社会不適合者じゃないか。
僕は一生ニートだ、、、
『ああああああぁ、、、』
ーーーー
更に1週間後。
お母さんがリハビリにって、ゴザエモンの散歩に行ってって言われた。
早朝5時。
そのくらいの時間帯なら人も歩いてないだろう。
『じゃあ、ゴザエモン、行こうか。』
柴犬のゴザエモンは元気に吠えた。
リードを千切れそうなくらいに引っ張るゴザエモンを落ち着かせながら小走りでお散歩をする。
『わぁ、、』
走りながら海沿いから顔を出す朝日に目を眩ませながら口から白い息を出す。
『綺麗だね、ゴザエモン。』
ゴザエモンは走るのに夢中で気づいていないみたいだ。
そんなゴザエモンに久しぶりに笑い声が漏れた。
多分僕のこの病は、治りにくいだろう。
でも、いい加減に休憩は終わりにしよう。
保健室登校でも、相談室に行ってもいい。
『少し、、、頑張ろうかな。』
ゴザエモンの屈託のない顔を見てたらまた笑みが溢れた。
『偉いぞー。ゴザエモン。お前は1人救ったんだ。』
ゴザエモンは元気に吠えた。
【ところにより雨】
『茉美ー?今日10時から遊ぶんでしょ?早くしなさい。』
『うん、、わかってるよ。』
今日は半年ぶりに中学の頃の友達と遊ぶ。
でも準備するまでがものすごく面倒くさい。
今日は8時くらいに起きて、ノロノロと服を着替える。
おまけに晴れだけど地味に寒い。
『はぁー、、ダル、、』
久しぶりに友達と遊ぶ約束を取り付けられて嬉しい。
けど、、、ものすごく面倒くさい。
どうしよう。
『あぁー、、行きたくなくなって来た、、』
敷いたままの布団の中に倒れ込み、枕に顔を埋める。
『行かんば、、楽しみだけど、、』
また私はノロノロの準備を始めた。
『行って来まーす。』
家さえ出たらもう楽しい気持ちは全開。
駅に行き、友達と話しながら隣町へ行く。
『でさ、〇〇君が〜』
最近、私の友達は好きな人がいるみたいで、その人の話をかなりの頻度でしてくる。
まぁ、、別に聞くのは嫌いじゃない。
けど、、なんかキツイ。
『あ〜そうなんだ。』
自分からは質問したりはしない。
だって話が長引くもん。
『それでね〜』
まだ話すのかよ、、
そう思いつつもちゃんと話を聞いてあげる。
『そういえば、茉美は最近彼氏とどうなん?』
あ、私の話になった。
これでもう好きな人の話にはならないかな、、
『ん〜この前ヤな事があったんだよね。』
『何?』
『ちょっと容姿の事で揶揄われてさ。悪気はないんだろうけど。』
『あ〜!それウチもある!実はこの前ね、、』
話を戻すんかい。
また聞き役に徹しないといけなくなった。
意外と相槌打つのも疲れんだよな。
っていうか、貴方の好きな人の話は別に私興味ないんですけど。
何で女子って話したがりなんだろ、、
あ〜空綺麗だなー
雲は何であんなに綺麗で神秘的なんだろ。
『〜でね?』
『あ、うん。』
また隣で話し出す友達。
ショッピングもほどほどにし、帰りの電車の中でも友達の好きな人の話は尽きなかった。
まぁ、半年ぶりやけん話したい事もいっぱいあるよね。
でもさ、、私もいっぱい話したい事あったんだよなぁ。
でも友達は憎めないよな。
車道側優先して歩いてくれるし、重い荷物は率先して持つよって言ってくれるし、、
だからメンヘラ製造機なんだよ。
だから私は貴方の事を嫌いになれない。
嫌いなところより好きなところがたくさんあるから。
『ふぅ、、もぅミスド行こう。話聞くけん。』
『うん。行こ行こ〜』
私の気分は晴れ。
ところにより雨。
【特別な存在】
姉が死んだ。
心の病気を抱えた姉につきっきりだった両親は姉の死を誰よりも悲しんだ。
私はさほど悲しくはなかった。
何故なら私は姉の事が心底嫌いだったから。
姉は年代を経るにつれそのおかしさが目立っていった。
自分は悪くないという被害者意識が強く、自分の非を何よりも認めない。
言葉遣いも荒く、父や母にも平気で暴言を吐いた。
何があっても私や下の妹に責任転嫁。
両親は姉を刺激しない様に私達に言い聞かせた。
『しっかりしてね。あの人はそういう人だから。』
私はそれが許せなかった。
姉は父と母に甘やかされてはいないが、姉が悪い事をしても私達のせいになる。
私は姉が許せなかった。
昔のことばかり根に持って、解決した問題をまた掘り出して来てグチグチ言ってくる姉が。
私は大嫌いだった。姉として認めてはなかったし、同じ空間にいるだけで胃がキリキリして吐きそうだった。
この家族の中で大事にされていたのは、姉だった。
怒らせると暴力的になるし、すぐに過呼吸を起こす。
そして被害者ぶる。
姉が嫌い。嫌いで嫌いでたまらない。
何故なのかもわからない。
家族にとって姉は特別な存在だった。
怒らせるな、波風立たせるな、罵るな。
その全てが自分たちの明日に繋がっていた。
姉がヒステリックになれば私は逃げる様に図書館へと行った。
時には泣きながら向かった事もあった。
何故。何故私はこの様な姉を持って生まれて来てしまっ
たんだろうか。
もういっそのこと私が姉でもいいのに。
だから殺した。
姉なんて、私1人で務まると思ったから。
妹も、仲良くできない姉と時に喧嘩するけど仲良くできる姉どちらがいい?と聞いたら私の方に賛同してくれた。
姉は死んだ。
特別な存在はもういない。
姉は私1人で十分なの。
アンタなんていらない。
ただ1年早く生まれて来ただけの肉の塊が。
妹を怒らせるからこんな目に遭うんだよ。
バイバイ。
家族の特別な存在。
【バカみたい】
この世界は、この世界でいう異世界というものだった。
魔法が使え、そして魔物や魔族が存在する。
当然、魔物は人間に害を成すし、それを退治する冒険者もいる。
『ファンド・クラリー。お前を今日を持ってこのパーティから追放する!』
深い深い森の中。
銀の鎧を纏った金髪の冒険者。
相対する前に立つのは、黒髪の冴えない顔の軽装備冒険者。
他の仲間も彼を追放する事に何ら疑問も持たず、むしろいなくなって清々するといった感じだ。
『そんな、待ってくれよヒューズ!』
ヒューズと呼ばれた金髪の男はそんな必死の声も無視し、仲間達を引き連れて去って行ってしまった。
『そんな、、、あんまりだ、』
彼、ファンド・クラリーの職業はシューター。
俗にいう弓矢使いだ。
後方からの支援を主とし、隠密行動や狩りなども得意とする。
だが、ファンド・クラリーはそれらが苦手であった。
何をするにも昔から鈍臭かった彼は、冒険者という叶いもしないご大層な夢を掲げ、そして今に至る。
今まで仲間達はずっと我慢をしていた。
彼が起こす失態も、彼が本当に申し訳なさそうにしていたから怒るにも怒れなかったのだ。
『、、、俺が悪いか、、』
諦めたようにその場に三角座りをして、顔を埋める。
パーティのリーダーは先ほどの金髪男、ヒューズだ。
ヒューズは心優しい持ち主だった。
だが、先日彼の思い人であるルリアンがクラリーの過失で怪我をした。
それがトリガーになったのだろう。
昨夜から明らかにクラリーに対して態度が悪くなり、今回の解雇を言い渡す時も苦しそうだったが怒りの方が勝っていた。
『、、、俺が、、たくさん失敗したから、、』
"追放"というたった2文字の言葉は、彼の心を抉るのに十分であった。
その状態のまま、約3時間が経った。
ガサ、ガサガサ、、
夕暮れ。
魔物が活発化する時間が近づいてくる。
だがクラリーはその場から動かない。
近くの茂みが揺れ動いているのを察知したが、無気力に立ち上がり短剣を構えるのみ。
『、、いっそ、死んでしまおうか。』
ガサガサ、
ついにクラリーの前に魔物が飛び出してきた。
だが、その魔物は全身傷だらけであり、手負だった。
『、、メドゥーサ!』
見た者を石に変えるという蛇の頭をした魔物。
『くっ、、お前も石にしてやる!!』
メドゥーサが目をカッと見開く。
『うわあああぁ!』
思わず目を瞑ったが、体が石になる感覚はなかった。
『え、、?』
2人の間に沈黙が走る。
『、、はぁ、、』
『こ、殺せ!』
クラリーは腰につけているポーチから薬品を取り出す。
『ダメだよ。怪我してるじゃん。』
彼が取り出したのはポーションだった。
『な、何を、、』
メドゥーサは警戒して男の手を蛇の尾ではらう。
だが、クラリーは痛みに顔を顰めるが尚もポーションをメドゥーサにかける。
『大丈夫。俺は鈍臭いから、すぐ君に倒されるよ。』
弓と矢は男から離れている。
ナイフも、武器も何もかも取り外し、男は今丸腰だ。
メドゥーサは鋭い目をしていたが、攻撃するのはやめた。
ーーー
私は元は人間だった。
正しくは、魔物と人間を融合させたキメラだ。
私が生まれた時、村の奴らは私を気味悪がった。
"悪魔の子""忌子""生まれてきた事が大罪"
そんな言葉を投げられるうちに、私は段々とその通りの性格になってしまった。
人を疑い、攻撃し、遠ざけた。
『私は、、ニンゲン、、よ。』
自信を持って言えるわけがなかった。
何故なら、私の体は下半身が蛇だったから。
自分が人間だと説明するものも何もない。
私は世界から嫌われているんだ。
そう思って生きていた。
次第に森で暮らすようになった。
魔物にも人間にもなれない。
自分の洞窟を襲撃された。
命からがら逃げ出して、森の中を隠れ回った。
夕暮れ、1人の男がいた。
落ち込んでいるのか、人生終了いった顔で私を見た。
怖がらない人間は初めてだった。
汚物を見るような、殺気だった目。
人間の目は大嫌いだ。
だから早く石化してやろうとした。
けど効かなかった。
何故だ?
わからない。わからないけれど、、何故か涙が出た。
効かないなら仕方ない。
いっその事殺して欲しい。
だけど、、
『ダメだよ。怪我してるじゃん。』
男は私の拒絶をものともせずに、私に貴重なポーションを使った。
私はバケモノだ。
人間にも、魔物にもなりきれてない出来損ないのような存在なのに。
男は優しい顔で武器を置いた。
ついに溢れ出した涙が、私の頬を伝って蛇の足へと落ちていく。
『ど、え?どうしたの?』
目の前の冴えない男は慌てて困っている。
『グスッ、、バッカみたい、、』
私に優しくしても何もならない。
何の利益にもならないはずなのに、わかる。
この男は純情な心を持った優しくて天使のような者なのだ。
『バッ?!、、、君、名前は?』
『、、、アリー。貴方は、、?』
『俺はファンド・クラリー。バカで冴えない冒険者さ。』
私は出会ってしまった。
世界一お人好しで、冴えなくて、でも何故か守りたくなるようなこの男に。
ついに私もバカになったか。
人を信じる日が来るなんて、、、
『、、一緒に来ない?俺が守るよ。』
『フフッ、、ホント、バカ。冴えないくせに。』
私は数十年動かなかった表情筋が動く感覚がした。
これからも私たちはバカみたいなことをして、笑い合う。
そんな未来が見えていた。