【2人ぼっち】
『おはよ。』
『おはよ〜。』
春の心地よい風が吹く4月中旬。
桜が舞う通学路。
少しだけ打ち解けた仲間達と一緒に校門をくぐる。
『この問いは、、志水。答えられるか?』
『はい。X=3√2です。』
いつも通りの授業。
『おいしいね。』
『うん。あのさ、それ1つちょーだい?』
いつも通りのお昼休み。
あったかい木漏れ日が春の心地よさと新しく始まったばっかりの高校生活を祝福している。
、、、はずだった。
それは突然の出来事だった。
午後の授業が終わり、放課後の時。
『よしっ、図書委員の仕事完了。』
トントンと本の高さを整え、本棚に直す。
夕日が窓に差し込み、淡く机を照らす。
ピカッ
『ん?夕日、、?』
夕日にしては強すぎる光が、辺りを包んだ。
夕日と重なり物体は見えない。
私は咄嗟に目を瞑った。
次の瞬間には、私の、私達の国は更地になっていた。
私はたまたま重厚な耐震工事有りの本棚に守られていたからギリギリ軽い怪我で済んだ。
『な、、何が起きたの?』
桜は見るまでもなく風圧で跡形もなくなっていた。
校舎だって、跡だけが残っていた。
『あ、、あああああああああああああ!!!』
膝に力が入らなくて、更地の中に膝から崩れ落ちる。
膝が擦りむけて崩れるのも厭わず、顔を手で覆い現実から目を背けるべく頭を掻きむしる。
何の音もしない。
自分の耳が聞こえなくなったのかと錯覚する様に辺りは静まり返っていて、世界に自分だけの様だ。
崩れ飛んで行った校舎の残った瓦礫には生々しい誰かの血飛沫がこびりついている。
『いや、、何で、、そんなこと、、、』
夢だ。これは夢、タチの悪い夢よ。
最近はテストとかいろいろあって疲れてたから、、
でも、憎たらしいほどの春の心地よい風が、更地になっ
た砂埃が、酷く晴れた空と太陽が、これは夢じゃないと感じさせる。
『、、、、』
キャン!キャンキャン!!
遠くから聞こえてくる小さな小さな命の息吹。
今はただ、1人にはなりたくなくて。
どんなものでもいいから、何かに縋っていたかった。
瓦礫と瓦礫の間から聞こえたか細い声は、小さな小さな柴犬だった。
震えている子犬を私もまた震えている手で優しく抱き上げる。
トクントクンと感じる小さな音。
『グスッ、、かわいい。』
涙が子犬の顔にポタポタと落ちていく。
子犬は私が泣いている事に気づいたのか、優しく私の頬をペロペロと舐める。
『、、グスッ、ありがとう。私とお前、2人ぼっちになっちゃったね。』
私は立ち上がってゆっくりと歩き出した。
不思議と、あの時の孤独感は少しだけ軽減された。
きっと、この子犬の様に、私の様に、生き残っている人はいるはず。
『、、、探しに行こうか。仲間を。』
可愛い子犬は可愛く鳴いた。
【夢が醒める前に】
ハァッハァッ、
ずっと暗闇を走っている。
後ろからは速度を落とさずに追いかけて来る大きな大きな足音。
途方もない距離を走って走って、でも相手はずっと追いかけて来る。
ハァッハァッ、、ハッハッ、、
追いつかれたら取り返しがつかなくなりそうで、私は走るスピードを上げる。
嫌だ、捕まりたくない、ヤバい、追いつかれーーー
ピピピピッピピピピッ
『はっ、、はぁ、、、』
今日も逃げ切って、夜が明けた。
私はこの夢を見始めるようになったのは、1ヶ月前からだ。
最初は暗闇を歩いているだけだった。
けれど、2日目にまた同じ夢を見た時、私の歩く後ろをつけて来るような気配がした。
次の日には足音が聞こえて、次の日には息遣いが聞こえた。
次第に私は走るようになった。
夜が明けるまで、息が苦しくても捕まりなくて。
だんだん相手も歩きから走りになって、私を追いかけて来るようになった。
最近は寝るのも苦痛になってきて、一生懸命抗おうと思ってるけどいつのまにか寝落ちしている。
日に日に私も追いかけて来る主も足が鍛えられて速くなっている。
足を鍛えても夢の中だから意味ないんだよ。
悪態を吐きながらコーヒーを飲む。
積極的にカフェインを摂ったら眠れなくなるって聞いたことがある。
だから最近はコーヒーと翼を授けるアレを飲んでいる。
でも、、三代欲求には抗えず、結局寝落ちルートへ走る。
今日もこの夢だ。
私は何に追われてるんだ?
宿題?勉強?進路?
何も思い当たる節がないのに、何故追われなきゃいけないんだよ。
ああ段々腹立ってきたな。
タッタッタッタッ
今日も足音が後ろから聞こえる。
でも私は足を進めない。
腹が立って仕方がない。
毎日寝不足なのに眠ったら追いかけられるし、おかげで足は速くなったけどさ!
おかしいじゃん?夢の中でも運動させんなよ!
1発殴ってやる。
『どりゃあああああああ!!!』
ちょうど自分の真後ろに来た時に思い切り振りかぶって渾身の拳を相手にぶつけた。
ブァサッ!
相手は真っ黒い霧のようなものでできていて、私が殴ったらそれがたちまち離散した。
パラパラ、、
暗闇がどんどん固まったボンドを剥がすように崩れていく。
闇が開いて、光に包まれる。
見えたのは、自分の家だった。
自分の部屋、ベッドに寝ている自分。
その姿を見ていると、不意にベッドの端に黒いモヤが現れた。
『うそっ!!』
そのモヤは先ほど私が殴ったものと同じだった。
そのモヤは私が呼吸をする鼻付近に近づいていき、鼻から一気に私の中へと入っていった。
『え?え、、?』
呆然とその様を見ていると、私の姿がドンドン黒くなっていくことに気づいた。
『うそ、、そんな、、何これ、、、、』
遂には完全に私は霧と化し、何も考えられなくナッタ。
アルカナキャ。ツギニクルヒトニムカッテ。
ハシッタラオイカケナキャ。
ソウシタラモドレルカラ。
彼女は夢が醒める前にはもう戻れない。
また待ち続ける。
次なる相手を見つけるまで、いつまでもいつまでも。
ハヤクキテ。
【胸が高鳴る】
時は明治時代。
時代が江戸から移り変わるこの時、妖は人の後ろめたい心に反応しどんどん増幅していき、遂には霊力のない人間にまではっきりと視認できるまでになっていた。
此処はとある花街の一角。
遊郭や飲み屋が蔓延るこの街は、宵闇を隠すように灯りが眩しい。
『よぉ兄ちゃん!吉原寄ってくかい?』
端正な顔立ち、紺色がよく似合う体。
両腕を着物の袖にしまいながらゆったりと歩く男性に、振り向く女多数。
『ぁん、、?悪いが俺はもう心に決めた奴がいるんでな。』
客引きを軽くあしらい、またゆったりと歩き出す。
だが彼が行く方向には、眩しいほどの灯りが途絶えた裏道。
その先にあるのは廃れた神社。
彼はまるで闇に吸い込まれるように呑まれていった。
ーー
やがて見えてきたのは、少しボロボロになっている神社。
錆びてはいるが煌びやかな装飾を見る限り、ついこの間まで栄えていたらしい。
俺は神社の鳥居を潜り、目の前にいる狐の石像に向かって頭を撫でた。
『コンコン、遊びましょ。』
そう言えば、狐の像はウネウネと動き出し、やがて人の姿となり目の前に現れた。
『晴巳様!お待ちしておりました!』
少年の姿の化け狐は思い切り俺に抱きつく。
キツネと出会ったのはつい先週だ。
森で罠にかかっていたところをたまたま俺が見つけて解放したら懐かれたのだ。
俺としては妖とかは信じてないタチだったから何だか新鮮だ。
目の前の狐は尻尾をブンブン振って顔を俺になすりつけて来る。
ーー
2人は寂れた社で与太話に花を咲かせる。
『なぁなぁ、もっと教えてくれよ!人間の文化!』
化け狐は楽しそうに男から話を乞う。
男はそんなキツネを剥がしながらやれやれと話を聞かせる。
『はいはい。』
いつもこうして夜が明けるまで話をするのが、2人の恒例行事であった。
ーーーー
俺はまだ300年しか生きてない見習い化け狐。
ある日、空腹だった俺は罠だと気付かずに餌を求めて罠にかかってしまった。
痛みと悔しさで鳴き続けていたら、声を聞きつけた優しい晴巳様が助けてくれたんだ。
俺たち妖は人と関わるタイプじゃないけれど、俺は昔っから人間が作り出す文化が大好きだった。
誰にも言えないこの秘密を、晴巳様にだけは言えた。
動物には感じないはずの、胸の高鳴りを俺は感じていた。
1度目は人間の目覚ましく発展していく文化を見た時。
2度目は優しい晴巳様の笑顔を見た時。
俺はいつか、人間の生活に溶け込んで、上手く関わっていきたい、、なんて、想像もできない夢を持っている。
いつか、、晴巳様とも一緒に、、なんて。
ーー
雨の日。
俺は今日もあの神社に足を運ぶ。
其処には雨に濡れたキツネが境内にいた。
『おい、どうした?こんなに濡れて、、』
人間に化けているソイツの髪を触る。
『晴巳様、、俺、雨好きだ!』
てっきり何かあって落ち込んでいると思っていたら、何だ雨が好きではしゃいでいたのか。
『何だよ、、心配したじゃねえか。』
雨の日は憂鬱になりがちだが、コイツは晴れの日の様にキラキラの笑顔を見せて俺を見つめる。
ドキ、、
心臓が少し痛くなった。
いつのまにか、俺はコイツの笑顔を見るたびに胸が高鳴るのを覚えてしまったらしい。
『?晴巳様?何処か痛い?』
『ん?ううん。何でもないさ。可愛いキツネ。』
純粋な笑みを浮かべる化け狐の頭を優しく撫で上げた。
【不条理】
パァン!
広い広い部屋に、軽快なほどに響く音。
綺麗に掃除してあり、照明を反射している大理石の床に、小さな男の子が蹲る。
少年が蹲る傍らに息を切らして佇むのは、彼の母親だろう女性。
先程の音は彼女が少年を平手打ちした音だ。
少年は泣きそうな顔で母親を見上げ、憎しみの目へと変える。
『、、な、何よその目は!』
パァン
また少年に平手打ちをする母親。
気が済むまで叩かれ殴られた少年はその場にとどまり、バタバタと出て行った母親をずっと見つめていた。
『、、、、』
少年はそのまま与えられた自室へと戻る。
簡素な部屋。
全てが白く、少年の心を揺さぶる様な仮面ライダー、漫画の類いは一切存在していない。
彼の母親が、彼を縛っているのだ。
夫に別れを告げられ、女手一つで少年を育てる彼女は、母親としての自覚と共に、"出来の良い息子を1人で育てた"という思想もついてしまった。
そんな彼女に英才的教育を受けている彼の人生は、実に不条理であった。
少年は齢8歳にして自分の意義を見失い、人生に何の意味も持てなくなっていた。
ーーー
バサァ、、
鳥が羽ばたく様な音がした。
でもそれは遠くじゃなくて、もっと僕の近くでだ。
泣き疲れて眠った目をこすりながら体を起こすと、其処は自分の部屋だった。
けど、、僕の部屋ではないみたいに、鮮やかな羽が存在していた。
『起きた?』
突然聞こえたソプラノの様な美声。
僕は慌てて起きて正座をした。
僕が寝ていたベッドの端には、綺麗な羽に埋もれる様に白いワンピース着た女の子がいた。
その子の目は図鑑で見た地球の様な色で、地球より美しかった。
金髪は太陽より輝いていて、頭の上には星が舞っている。
『き、、君は、、?』
恐る恐る聞けば、女の子は優しく微笑みかけて、僕に言った。
『私はバク。君の悪い夢を吸い取る魔獣さ。』
バク、獏。
聞いた事がある。
中国の霊獣で、悪夢を見たら覚めた時にバクに夢を食べてくれる様願うと。
それで同じ悪夢は2度と見なくなるし、快適な睡眠を取れるって、、
『僕、、夢なんか見てない。』
最近はあまり眠れてない。
夢なんて人生で1番見ないだろう。
『ううん。違うよ。いい?私が、あの"悪夢"を吸い取ってあげるんだ。』
目の前で屈託のない笑みを浮かべる女の子は、相変わらず天使の様に綺麗だった。
背中に背負っている羽はいろんな色が綺麗に混ざり合っ
たやはり部屋に似合わぬものだった。
『悪夢、、アイツを吸い取ってくれるの?』
自分の見栄ばかり気にして、僕に完璧を求めて来るアイツが、僕は死ぬほど嫌いだ。
『ああ。約束するよ。小さい少年。』
少年をベッドに再度寝かせ、少女はベッドに腰掛けて少年を頭を優しく撫でた。
『大丈夫。ゆっくりおやすみ。』
少年はうつらうつらと瞼を閉じ、部屋を静寂が包んだ。
『ただし、、君が目を覚ました時、お母さんは存在してないよ。だって其処は、、君だけの桃源郷なのだから。』
バクは夢を食べる。
でも、、稀に夢を見させる個体も存在する。
彼女の羽から鮮やかな色彩が抜け、少年の額に入っていく。
『ああ、、良い顔だ。』
少女はニコリと笑い、もう呼吸をしていない少年に触れるだけの口付けをした。
いたいけな小さな少年は、自らこの不条理な人生からの脱却を選択した。
【怖がり】
『ほらー、早く来なよ!』
俺の手を引く小さな小さな手。
顔は見えない。もう何十年も前のことだからきっと、、覚えてない。
俺は子供の姿のまま、彼女に手を引っ張られている。
彼女は、、彼女の名は、、
ーー
ピピピピッピピピピッ
何とも、不思議な夢を見た、、気がする。
全部曖昧に、断片的にしか思い出せないが、懐かしい夢を見ていた。
朝。
まだ5時半。
睡眠時間、約2時間。
家を出るのは6時。
そこから始発で電車を乗り継いで、会社に行く。
『こんなことも出来ないのか!!使えねぇ無能だな!』
『すみません。』
『これ終わるまで帰るな!』
『はい。』
上司からの叱咤激励も日常になり、残業手当ても出ない。
そう。いわゆるブラック企業ってやつだ。
入社したての頃は上司も、社長もみんな優しくしてくれた。
一緒に入社した同僚は此処がブラック企業だとわかれば、スタコラさっさと辞めていった。
俺もその流れに乗って辞めようとした。
けれど、、
『お願いだ、君がいないと此処が回らないんだ!』
『君にかかってるんだ!』
優しい優しい上司達の引き止めにあい、入社3年目、未だ此処に止まっている。
なーんて、、こんなのただの言い訳。
ただ、俺が臆病だから。
昔っから、俺は危機を察知できる子供だった。
いや、ただ単に怖がりだった。
鉄棒が怖い、暗闇が怖い、お化けが怖い、キノコが怖い。
何でもかんでも怖がって遠ざけていた。
でもある時、近所に住んでいた小さな女の子に言われた。
『だっさ。』
と。
その一言が俺の言葉に刺さったし、何だか悲しくなった。
でもその女の子は、その悪口だけで済ませようとせず、殻に閉じこもっていた俺を外に連れ出してくれた。
たくさん、いろんなことに挑戦した。
動物が怖いと言えば、次の日ふれあいコーナーへ連れて行かれた。
虫が怖いと言えば、舗装も何もされてない天然物の山へ投げ込まれた。
お化けが怖いと言えば、近所の出ると有名な心霊スポットへ行ったりもした。
俺は最初、俺の嫌いな事を平然とやって俺にも強要してくるその子が心底嫌いで仕方がなかった。
けれど、登山をした時、息切れしながらも頂上へ辿り着いた。
その時に見た山頂の夕日が、今までで1番美しくて、何故か涙が出て来た。
その時俺は、達成感というものを知った。
怖がらずに、挑戦したらいい事もある。
もし、それが上手くいかなくっても、大丈夫。
『好きなだけ怖がったら、次する事は決意だよ。』
その子は、泣いている俺に向かって笑いかけた。
年相応に見えない言葉が印象的だった。
ーー
4時半。
いつもの時間に起きて、寝不足の頭のまま会社に行く。
でも不思議と眠たいのに俺の意識はハッキリしていた。
『、、決意、、しなきゃね。』
もう名前も思い出せないけれど、その子の言葉は俺の中にある。
怖がりな俺を、少しだけ変えてくれた勇気の言葉。
『『好きなだけ怖がったら、次は決意をする。』』
ギュッと懐にしまった辞表を握りしめた。