題名『クローバー』
君と最後に会ったのは、随分昔の事だ。
友達と楽しそうに話していた君は、友達との分かれ道から直ぐに欠伸をしてからとぼとぼ一人で歩いて行った。
君は僕の親友だった。
ある日は、僕が分からない所を教えてくれたり、
ある日は、黒板にサプライズを仕掛けてくれたり、
ある日は、綺麗な綺麗な花をプレゼントしてくれたり、
最高だ。最高な、親友だった。
そんな、君が⋯、
殺されるなんて、僕は考えられないよ。
クローバーの様に優しいエメラルドグリーンの瞳が、黒緑だった。死んだ目。
身体は冷たく、骨が浮き出ていて、まさに死。
そう、死。そのものだった。
夢に出て来そうな光景に、目を疑う。
嘘じゃない。嘘じゃないッ⋯、!
身体から湧き上がる"ナニカ"。
それが、新しい感じで、怯える様な、震える様な、そんな感覚だった。
目に焼き付けたさ。
それは、それは、珍しい物だからね。
彼の顔は、怯えた顔の儘、凍った様だった。
間抜けな顔。
代わりに宿題をやらされて、
黒板に僕の秘密と悪口をばら蒔いて、
机に白い百合の花を飾った。
その癖、最期の最期にはずっと、『許してくれッ…、許してくれッ…、』と身体中を水浸しにする。馬鹿な奴。
俺は、最後の最後でパイプ椅子を振り上げた。
彼は悲鳴を上げて、許しを乞う。
飛び散るトマトジュース。
俺はそれを見て、また、復讐心を満たすのだ。
2023.6.26 【君と最後に会った日】
題名 『繊細な花』
小さい頃は、"繊細"と聞くとそれはそれは弱々しい物だと思っていた。
然し、辞書を引けば其処には"壊れやすい""傷付きやすい"等と書いて有る。じゃあ、繊細と言えば何だろう。
硝子は繊細で割れやすいと言う。
そんな事を考えていると、彼女の病室へ足を運んだ。
彼女は窓から花の頼りをじっと見ていた。
彼女の後ろ姿は、儚く、悲しく、そして、"繊細"。
治療で折れそうな位細くなった体。
散った髪の毛。
『たっ君、今日も来てくれたんや、!』
そう、微笑む。向日葵の様な笑顔だ。
『おん、来たで、』
数ヶ月前迄は、バームクーヘンが入った袋を握っていた左手でそっと手を振った。
『忙しぃのに御免な、』
彼女は少し、申し訳なさそうに苦笑いをした。
『ええよ、俺が来たいだけやし、』
そう言い、常に用意されているパイプ椅子に腰掛けた。
『今日は治療無いん、?』
『おん、無いんよ、』
珍しい。彼女は最近ずっと治療続き。
腕には赤紫の丸い痣が幾つも有る。正直に言ってしまえば、"可哀想"なのだ。でも、彼女は泣かない。
病気になるの前は、"繊細"な女の子でちょっとした事で電話して来て、グズグズしていたのに。
すると、彼女は少し悩んでから口を開いた。
『うち、治らんかもね。』
そんな、悲しい言葉。
彼女の目はあの、"繊細"な目をしていた。
否定しなければ。咄嗟にそう思った。
『大丈夫、絶対治るんやから、』
無責任な事を口にする。
彼女は眉を八の字ににして、首を傾げた。
『そぉかなぁ~、治ったらええな。』
彼女のそんな言葉に何故が全身が震えた。
もし、治らなければ、彼女は死ぬ。
じゃあ、死んだらどうなるのか。
天国は良い所なのか。そもそも、天国は有るのか。
暗い闇の中、とぼとぼ歩くだけの世界じゃないのか。
彼女は泣かないか。寂しくならないか。
一番、"繊細"なのは俺なのかもしれない。
もう、とっくに十九時。
流石にそろそろ帰るかと立ち上がると、彼女も立とうとした。
『無理せんとってッ…、?』
『ううん、うちが見送りたいだけやから、』
と、歯を見せて笑った。
看護婦さんに支えられ乍、病院の出口迄彼女と来た。
『ほな、明日も来るからな、』
『おん、有難う。気ぃ付けや、』
彼女はそう言うと病室に戻ろうとした。
伝えたい。此れだけは伝えさして欲しい。
『花ッ、!!!』
病院の出口は俺が彼女の名前を呼ぶ声で包まれた。
彼女が振り向く、俺は彼女の目を見て声を上げた。
『無理すんなよッ、!!!俺が居るからッ…、!!!泣きたい時は泣けッ…、!!!』
彼女の目からダイヤモンドの様に輝いた涙が溢れていた。きらきらしていて、綺麗だ。
『有難うッ…、!!!』
彼女はまた、花はまた、雨に濡れた向日葵の様な暖かい笑顔を見せてくれた。
2023.6.25 【繊細な花】
題名 『子供達の、一年後を繋ぐ僕。』
教卓の前に一人。"未来人"が居た。
朝、起きると一年前に戻っていたのだ。
一年前、そう激しい世界戦争が繰り広げられている時。
戦闘機も、爆弾も見慣れていて食料も無い。
国民は苦しい生活を強いられていた。
そんな一年前に戻って来たのだ。
元々俺は身体が弱く、軍隊には入れない。
だから、小学校の先生を辞める事も無く周りの男性が戦争に行く中、教師の役割を全うしていた。
日中や、日露、WW2の時代よりも何でも出来る様になったこの時代。
無惨な事も、悲惨な事も、惨い事も、簡単になった。
人間を忘れたんだ。
世界の大切な"平和"。
"No war"を忘れてしまったんだ。
取り敢えず、一年前を思い出してあの小学校へ行く。
『せんせぇ~、おはようございます、!!』
そんな、子供達の声が聴こえた。
涙を抑えて、『嗚呼、おはよう。』と震える声で話した。皆、体が細く、髪のボサボサ。服はツギハギだらけで、目も死んでいる。
それでも、明るく挨拶をする生徒に何故か涙が出そうになった。
この子達には、話しても良いだろうか。
桜の花弁が舞わない、花の便りが来ない春の風に打たれて想う。俺は咳払いをした。
『皆、聞いてくれ。実は先生──────、』
『一年後から、来たんだ。』
生徒達は口をぽかんと開けて、『何言ってんだ、』という顔をした。でも、俺があまりにも真面目に話すものだから生徒は真剣に聴いてくれた。
『先生、じゃあ、一年後はW杯やってますか、?』
とある、丸坊主がそう言った。
俺は、息を飲んでから、
『嗚呼、やってるぞ。』
『じゃあさ、!じゃあさ、!一年後は──────、』
沢山生徒から質問が飛んでくる。
その、質問に淡々と答えた。
『あの…、』
そう良い立ち上がったのは、お下げの三つ編みに眼鏡を掛けている佐藤だった。
『この戦争は一年後には終わりますか…、?』
彼女の質問に、じっと固まった。
希望の無い目。死んだ目。油性マジックで塗り潰した様に真っ黒な目。
『嗚呼、終わってる。』
そう言うと、生徒達は人が変わった様に目を輝かせた。
『御飯は、!?』
『沢山食べられるぞ、パンとか、アイスとか、な、?』
『御洒落出来る、!?』
『嗚呼、帽子の御店が沢山作られる。』
『御洋服は、!?』
『そうだな~、御洒落なのが沢山有ったぞ、』
彼等の目は輝いていた。まるで、出会った時の様に。
俺はまた、咳払いをして真剣な眼差しを皆に向けた。
『先生から一つ御願いが有る。』
息を飲んでから、口を開いた。
『もし、敵国の軍が攻めて来て"白旗を上げて、教室から出て来い"と言ったら、必ず白旗を持って敵国の軍に従うんだ。良いな、?』
『え、でも、駄目って軍隊さんが────、』
『必ずだ。その時は国の言う事を忘れろ。忘れるんだ。絶対に。』
生徒には『嘘は付くな。』と言っていたのに、こんな嘘を付くなんて悪い教師だ。
一年後、W杯が開かれる事も、御飯が沢山食べられる訳でも無い。
唯、今は彼等に"生きる意味"を持たせたい。
あの時、誰かがこう言った。
『どうせ、ずっとこの生活なんだ、!!!この生活が続く位ならッ…、殺されようッ…、!!!』
その瞬間、爆発音が鳴り響いた。
俺が意識を取り戻した頃には、生徒達は皆体がバラバラで教室が血まみれになっていた。
生きる意味。
一年後、この生活が終わると思えば生きたいと思えるだろう。頼む、子供達を救ってくれ。
一年後の世界で、生きてくれ。
2023.6.24 【1年後】
題名 『大きくなったら、』
『皆の将来の夢を短冊に書いて貰って発表して貰おうと思います、!!!』
小学生の頃の担任が、そう言った。
将来の夢か⋯、
子供の頃。俺は、子供の時間が楽しくて仕方無かった。
そう、子供が憧れる物。
"仮面ライダー"。
皆観ている"仮面ライダー"。俺は、それが好きで好きで仕方無かった。
今でも、変身ベルトを装着しているし、今でも戦っている。格好良いライダーが大好きだ。
だから、『仮面ライダーに成る事。』と子供の汚い字で書いた。周りが、『消防士、!』やら、『警察官、!』やら話している時。俺の番が回って来た。
『じゃあ、上田君の将来の夢は、?』
『"仮面ライダー"に成る事です、!!!』
嘲笑い声が聞こえた。
『仮面ライダーは現実には居ない。』と言う人も居れば、『もう小学生なのに…、?』と言う人も居た。
少しして、休み時間。担任の先生に呼び出された。
何か、励ましの言葉を勝手に求めていた。
『もっと、ちゃんとした事書き直そう、?』
唖然だった。
先生ですら、夢の話を否定してくるのか。
"ちゃんとした夢"って何なんだ。
俺は、嘘を書いた。
『カメラマンに成りたいです。』
そう、書いた。
カメラマンなら、仮面ライダーを沢山撮れるから。
心の中がぐちゃぐちゃした。
『仮面ライダーに成りたい。』と書いた短冊を家でぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てた。
~数年後~
変身ベルトを身に付けて、変身ポーズをする少年をカメラで撮った。嗚呼、本物だ。本物の、仮面ライダーだ。
子供の頃、『仮面ライダーは居ない』と言ったあの子に見せたい。仮面ライダーは居る。
ずっと、ずっと。世界が終わら無いのは、仮面ライダーが守ってくれているから。
子供の頃。嘘の短冊に書いたカメラマンも仮面ライダーの一部。そう、ヒーローなのだ。
2023.6.23 【子供のころは】
題名『変な日常。』
今日は変な日だった。
家に家族が帰って来ない。
学校に先生も、クラスメイトも居ない。
いつも、ずっと思っていた。
"こんな世界糞食らえ、"と。
嬉しかった。
一人。独り。嬉しかった。
甲高い妹の声を聞く事も、口うるさい教師も、わちゃわちゃしたクラスメイトも居ない。
心が落ち着いた。夢なら覚めるな。
そう願った。
非日常だった。
よく、"無くなって日々の尊さに気付く"と言うけれど、気付けない。気付かない。
どうして、誰も居ない世界に来たのだろう。
疑問が残りつつも、非日常が楽しかった。
楽しかった⋯、?楽だった⋯、?
分からないけれど、皆、皆、消えてくれた。
東京のスクランブル交差点。
沢山のモニターが突然光り出した。
俺の机には百合の花。
白い、白い、雪の様な白い花。家には、仏壇。
あぁ、そういう事か。
甲高い声の妹は俯いていて、一言も発しない。話さない。いつもなら、『お兄ちゃんなんか嫌い、!!!』とうるさい癖に。
教師も俺の机を遠い目で眺めて、何も言わない。
あんなに、成績について口出しをしていたのに。
クラスメイトは、いつも通りだけれども何か違う。
日常が"非"日常になったのは、俺だけじゃ無いんだな。
俺は、こっちの方が楽しいよ。
少し、体は痛いけれど。
でも、大した事無いよ。
御腹も好かない。眠くならない。
静かで、一日中夜みたいだ。俺は、この日常が好き。
そっちの日常を有難いと思えなくて、御免なさい。
2023.6.22 【日常】