題名『カカカッ。』
普段は東京暮しで社畜な俺。
結婚もせず、彼女の作らず、特に大した趣味も無い。
唯、起きて、食って、働いて、また、食って、また、働いて、電車に揺られて、カップラーメンを沸かして、風呂に入って、寝る日々を過ごす30代。唯の、社会人。
そんな俺にも、故郷が有る。そう、大阪。
友人からの電話で久し振りに大阪に帰省したいと思い、有給を取った。
大阪の道頓堀。グリコの看板を見て、『帰って来たな。』と息を吸う。
『ただいま~、』
『おかえり~、急にどないしたん、?中々帰って来えへんかったのに、』
ヒョウ柄の服に、派手な少し抜けた紫髪。
嬉々とした声が聞こえて、少し安心する。
『おん、有給取れたからな。おとんは、?』
『新喜劇観とる。声掛けて来ぃ~、』
茶の間に行くと、パンイチに肌着の父が寝転がってテレビを観ていた。カカカッと笑い声を上げて、尻をかいてスルメを口に運んでいる。
『おう、!悠太、!帰って来たんか、!!』
そんな大きな声が聞こえる。
『おう、今週は誰なん、?』
『今週はすっちーやわ、先週は御前が好きな茂造さんやったんやで。後、一週間早けりゃ観れたのに…、』
まるで、『もっと早く帰って来いよ』と言っている様子だった。
『何言うてんねん、すっちーも好きやわ、』
そう言い父の隣に座る。
そんな、俺にお構い無く父は屁をこいた。
救急車が鳴れば、『迎えに来たんちゃう、?』と冗談を飛ばしてカカカッとまた笑い、洗い物を手伝ったら母が飴ちゃんを渡して来て⋯、
そんな毎日が懐かしい。
俺は、世界一好きな色が有る。見慣れた色。
少し抜けている紫が好きだ。
大阪の"笑いの空気"を思い出せるから。
やから、俺は紫が好き。
こんな事を考えては東京に行けないじゃ無いか。
また、俺は思い出す。
上京する前の、あの重い足取りを。
キラキラしている道頓堀が、暗かった日を。
また、見える。あの、暗い道頓堀が。
『たこ焼き…、買お…、』
おばちゃんの『おおきに、!』が悲しく聴こえて涙が溢れそうになった。
雑な道案内も、関西弁も、悲しく聴こえて来る。
大人になんか、成るもんちゃうな。
いつか、"此処"を離れるなんか昔の俺は何も知らへん。
一番好きな抜けた紫の頭を見て、涙を堪えて、実家を後にした。大丈夫。なんて事無い。
また、次はいつ大阪来ようかな。御盆かなぁ。
来れたら、来よう。大阪に。
知らんけど。
2023.6.21 【好きな色】
題名 『ガラクタな俺の相棒』
ピッ⋯、ピッ⋯、ピッ⋯、と聞こえる無愛想な声。
足枷が着いた様に動かない僕のカラダ。
思えば全て、君中心だったな。
貴方が居たから僕が存在して、
貴方が居たから僕が生きていて、
錆びた僕のカラダを君はいつも塗り直してくれた。
でも、今日はペンキじゃ無くてサファイアの欠片が落ちて来た。
物にも寿命が有るなんて、僕は知ら無かったよ。
君の欠片が痛い。
いつもセットされているブラウンの髪の毛。
今日はぐちゃぐちゃだね。
サファイアみたいに綺麗な瞳からサファイアの欠片が次から次へと降ってくる。
ブリキの僕の身体では温度は感じられないけれど、きっと、きっと、電池の様に暖かいのだろう。
機械的な音が僕の中から聴こえる。
いつもとは違う。少しだけ、変な音。
死にかけのロボットに君は顔を埋める。
ガラクタな僕の腕を握って、嗚咽を漏らしてサファイアの欠片を落とす。
『御前が居てくれたから、俺はッ────、』
君の言葉を遮る様に黒い中に入っていった。
怖いな。怖いな。
耳から薄ら聴こえるのは君の嗚咽だけ。
泣かないで。泣かないで。
次は、戦闘機用ロボットなんかじゃ無くて家庭用ロボットに成りたいな。
戦わなくても済むし、何より君の隣に居られるよね。
ズタボロの僕を貰った時、君は少し顔を顰めた。
皆、皆、僕の事を嘲笑った。
剥がれる僕の肌を何度も付け直して、
取れる僕の腕を何度もくっ付けて⋯、
僕の事を"相棒"って言ってくれた。
僕はきっと何にも成れ無かった。
けど、君の"相棒"に成れた。
嬉しいな。嬉しいな。
いつか、また、君と逢える迄。
次は、家庭用ロボットに成れる日迄。
お休みなさい。
貴方が居たから、僕は君の"相棒"に成れたよ。
2023.6.20【あなたがいたから】
題名『桃色の傘と透明の傘。』
あれは紺色の雨の日だった。
息が涼しい。そう、泣き過ぎてしまった日。
ぬくぬくとした初夏の雨を独りで受けていた。
今日は大切なサッカーの試合日。
なのに、雨が邪魔をした。
憎くて、ぶつける所が無い。
元々うちは弱小校。
雨が降ろうが、降らまいが負けていたはずだ。
なのに、何故雨では無い雫がポロポロを落ちてくるのか。可笑しいな。
独りで受ける雨は、監督からの助言の様に優しく監督の一喝の様に痛かった。
小さい子が母親らしき人に手を引かれて、『雨、雨、降れ、降れ、』と歌っている。
憎いな。憎いな。
他のチームメイトも同じ気持ちなのだろうか。
いつもへらへらしていて、真面目に練習をしない彼奴も。
いつも転けてばかりで何の役にも立てないと泣きそうな顔で話していた彼奴も。
サッカーボールすら蹴れない怪我を追ってベンチで唇を噛んでいた彼奴も。
皆そうなのだろうか。
ふと、爽やかな匂いが鼻を着く。
『先輩、傘は一体…、?』
右手に握られた透明の傘を見乍、彼女は桃色を傘を差し出した。
『…、悔しいですね。私も、先輩方がゴールに走って行く姿を見たかった。』
『否、元々弱小校なんだからどうせそんな事出来無いよ。きっとな。』
そう言うと彼女は口を閉じた。
目を伏せて、また口を開き『そうですか。』と零した。
右手に握られた僕の透明傘は役に立たない。
彼女の桃色の傘は、優しくて、寛大な彼女の心に似ていた。
2023.6.19 【相合傘】