題名『もしも、』
もしも、タイムマシーンが有ったなら、一日前に戻りたい。唯一の心の支えであるアイドルが出ていた番組を録画出来無かったからだ。
もしも、タイムマシーンが有ったなら、一年前に戻りたい。単位をもっと取れば良かったと、後悔しているからだ。
もしも、タイムマシーンが有ったなら、五年程前に戻りたい。大好きだった彼女に告白なんてせず、無惨な現実を突き付けられずに済む様にしたいからだ。
もしも、タイムマシーンが有ったなら、八年程前に戻りたい。もう一度中学受験を受けて、私立の良い高校に行きたいからだ。
もしも、タイムマシーンがあったなら、十四年程前に戻りたい。相棒の愛犬をもっと抱きしめたかった。
もしも、タイムマシーンがあったから、二十五年前に戻りたい。競走にわざと負けて、産まれない様にしたいからだ。
嫌いだ。嫌いだ。さっさと、タイムマシーンを作って。
初めから居ない人間にしておくれ。
2023.7.22 【もしもタイムマシーンがあったなら】
題名『私は、愛されている。』
私は、愛されている。
新しい御洋服に、とろけるように甘い御褒美。
私は、酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出すだけで愛されるのだ。褒められるのだ。
"生まれてきてくれて有難う"
そう、感謝をされるのだ。
なんてったって、今日は十七回目の七月十八日。
食べ慣れている御褒美を口で味わい、頬を溶かす。
母も、父も、祖母も、祖父も、皆にこにこ。にこにこ。
笑顔で、にこにこ。
私の生まれた日なのに、皆嬉しそうだ。
私の腕の中には、水玉で包装されたプレゼントが抱き締められている。中には、欲しかったアクセサリーが数個有り、目の中にキラリと飛び込んで来た。
『綺麗、!!!』
そう言い、早速首に掛けてみる。
可愛い。可愛いでしょ。
可愛い。可愛いわよ。流石ね。
母の、満悦な笑顔は私の心を良い意味でも悪い意味でも動かした。父も、こくり、こくりと頷いており祖父母も優しい声で『真希ちゃんは何でも似合うものね。』と微笑んでいた。
ねぇ。一つだけ気になる事が有るの。
誰にも、言えない。
きっと、口にすると私もああなっちゃうから。
何で、私はアクセサリーを身に付けてスカートを揺らして、御褒美をほうばるのに、何故、御姉ちゃんは雑巾の様な継ぎ接ぎの服を着て、塵混じりの御褒美を有難そうに食べるの、?
髪の毛はボサボサで、身体も痩せていて何で御姉ちゃんは酸素を吸う度に、二酸化炭素を吐き出す度に罰を受けるの、?
何で、私だけ愛されるの、?
2023.7.18 【私だけ】
題名『終止符』
『……、もう、終わりにしませんか、?』
咄嗟に口から、そんな言葉が出る。
違う。
本当は、終わらせたく無いんだ。
彼は、顔を上げて鳩に豆鉄砲を喰らった様な顔をした。
昨日迄の、俺とはきっと真逆の俺なのだから。
『な、何故ッ…、?』
『理由なんて無いさ。そう、理由なんて…、』
彼奴の事を思い出すと、目から透明の塩水が流れ出てくる。あの時の海水が目の中に入っていたみたいに。
『さっさと消えてくれ、!!!顔ももう見たくなんか無いんだ、!!!』
『何でだよ、!!!なぁ、!!!』
彼が一括、二括と怒鳴り入れてくる。
知らない。御前の事なんて、見たくも、聞きたくもない。全て御前のせいだ。
『何でだよ、!!!父さんッ、!!!』
『俺は御前の父親じゃ無い。とっとと、出て行け、!!!俺の一人息子を殺したのは、御前だろうが、!!!』
『だから、!!!その、息子が俺だって、!!!』
『ふざけんのもいい加減にせぇ、!!』
『分かったよ、!!!じゃあ、これからもう来ないからッ…、!!!』
そう言い、彼は出て行った。
数年前、俺と息子が船に乗った時。
船長達の不注意で、船が沈んでしまった。
俺は、何とか気が付くと病院に居たけれど、息子の姿が無かった。
もう、息子の姿が思い出せない時に『息子だ、』と名乗る奴が家に来た。
何度も、何度も、嘘だと思った。
だから、何度も、何度も、セールスの様に帰らせた。
彼奴の後ろ姿は、息子に似ていた。
でも、もう、遅い。
俺から、終止符を打ったのだから。
2023.7.16 【終わりにしよう】
題名『都会夜空』
ある日、街から電気が消えた。
突然の事だった。
何か災害が有った訳でもなく、急に、日本の電気が使えなくなった。
一人暮らしのカップ麺倉庫の中、懐中電灯を付けて不便だと呟いた。
都会なこの街は、いつもよりも暗くて何だかお化け屋敷みたいで。蒸し蒸しとした熱が、汗を垂らす。
電気が使えないから、エアコンも付けられず仕方無く携帯扇風機でどうにかやり過ごしていた。
テレビも付けられないし、携帯の回線も繋がらない。
情報も何も無い儘、今日の夜を過ごすのか。
俺はカレー味のカップ麺に御湯を注いで不安になった。
幸い、水とガスは使えるから食に困る気配は無さそう。
今では、あの目を刺して、鬱陶しくて、邪魔な街の灯りが恋しくなる。
いつも、隣街から帰る俺をじッ⋯と見つめていてくれた。母みたいな街の灯り。
三分待つ間、ベランダに出て見た。
隣の部屋から肉じゃがの匂いが風に乗せられて匂う。
暖かくて、少し温い風。
目の前は、満天の星空と真ん丸いお月様。
街の灯りが、満天の星になった。
『恋しいなぁ...、』
明るい月にそう呟いた。
煙草の煙は、月の目の前を通り、汚す。
何だかんだ、一番良いのは街の灯り。
初めて、この街に来た時は希望に満ちていた街の街頭と、散らばる店や家の明かり。
都会の星空だった。
『煙草が今日は美味く無い。辞めよう。』
そう呟いて、煙草の火を消した。
また、一つの星が消えた。
2023.7.8 【街の明かり】
題名『希望と未知の冒険』
世界は、いつも二つで出来ていると思う。
白は正義、黒は悪。
光は正義、暗闇は悪。
日差しは正義、影は悪。
晴れは正義、雨は悪。
じゃあ、私はきっと悪なのだろう。
誰にも魅せられない。魅せたくない。
そんな顔を見られたく無くて、前髪で隠しフードを被り、マスクをして、息がし辛い位背を曲げる。
いつも鏡に映るのは、顔の右側に沢山花が咲いた姿。
ずっと、小さい時から母にも、父にも、兄弟にも存在を否定され続けた。
私が過ごすのは、暗い、暗い、影の部屋で母が仕方無さそうに食べ物を持ってくる。
私だって、此れが当たり前だと思っていたから気に留め無かった。
時には自分を責めた。
私を見て、家族の顔色が悪くなる。
この顔に生まれた私のせい。
その度に『御免なさい、』と謝る。
欠点は分かっても、治し方が分からない。
そんな中、外に出る機会が有った。
私への訪問者。珍しい。
今日も、マスクをして、顔を隠して、背を丸める。
出ると、背が高く高価な服を身に纏った男性が立っているのが直ぐに分かった。
彼は、一通の手紙を私に渡して、微笑んだ。
『君の顔は美しい。春になれば、花の便りを伝えて、夏になれば、波を伝え、秋になれば、木の実を伝える、冬になれば、雪と夢を共に運んで来る。君は特別な人だ。』
彼はそう言った。
おかしな冗談だろうか。それとも、揶揄いだろう。
『すまないね、もし気が向いたら私が営業する見世物小屋に来てみなさい。きっと、君の人生に希望と未知の冒険をお届けするはずさ。君の綺麗な花と同じでね。』
彼はそう言い消えて行った。
始めは、放っておこうと思った。
でも、"希望と未知の冒険"。其れが気になった。
家族が寝静まった夜、荷物を纏めて走り出した。
言われた通り、見世物小屋に来るとあの男性が微笑んでいた。
『君なら来てくれると思っていた。さぁ、最高のshowをお届けしよう。希望と未知の冒険を────、』
私は足を踏み出した。
此処では無い。
何処かも分からない。
何処かへ。
2023.6.27 【ここではないどこか】