もう一つの物語はない。
私の今いるこの世が、紛れもない現実なのだから。
「はあー、私…なんか一人でから回ってるっていうか、モヤモヤしてる……」
私がこんなになっている理由は、彼にある。
彼と言っても私と彼はなんの関係にもない。
どこにでも居る、上司と部下だ。
ただ、その上司の彼は、仕事ぶりは大胆なくせに、私には一切、手を出してこない。
そのくせ、私にはビシビシ好きだという気持ちが伝わってくる。
おかしい、言葉も触れ合いもまったくしてこないのに、気持ちばっかり無言で伝えてくるなんて狡い。
私だって、貴方が好きなのに……。
好きにさせられたのに……。
ばか野郎………。
「林。いつまで残ってるんだ?」
私に声をかけてきたのは、彼。
中原 雄誠(なかはら ゆうせい)
私より10歳上の上司だ。
「……申し訳ありません。すぐに帰ります」
私はカバンに持って帰る物を入れ、席を立つ。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした。」
私が残っていたのは、仕事なんかじゃない。
貴方のことを考えていたから。
貴方が、私を惑わすから。
「中原さん………」
「うん。どうした……」
「中原さんが言わないから、もう私から言います。勝ち負けじゃないけど、私の負けです」
「………えっ?」
そういうと、私は彼に近づき、ハイヒールで何とか届く彼の顔に近づき、キスをした。
そのキスに「好きです」という気持ちを乗せたのが届いたかどうか分からないが、彼からもキスのお返しがあり、暫くの間お互いの唇はくっついたまま、何度も何度もキスを繰り返していた。
「……なっ、かはらさ………っ!」
唇が離れたかと思ったら彼は私を抱き寄せ、言った。
「ごめん。君から言わせてしまって……
俺も、君以上に君の事が好きで、愛している。臆病で、すまない……。」
彼からずっと聞きたかった言葉。
けれど思った以上に破壊力の凄かった彼の愛の告白に、わたしの腰が腰砕けになったことは、言うまでもない。
暗がりの中で、私は綺麗な提灯を手に、神社の中を進んでいる。
これは神社と私の居る会社とのコラボ事業の一つで、無事に進んでいってるから、休憩ついでに体験してきて、と言われ、私は今実際に自分達で企画したイベントを体験している最中なのだ。
今回コラボさせて貰った神社は、パワースポットとして人気を博している神社だ。コラボ内容はいたってシンプル。
参道から進み、少しある森に入って神社に置いてある札を持ち帰り、その番号によって貰えるものが違うというもの。
もちろん、商品は私の居る会社の商品である。
「あれっ?私、迷った……?」
ちゃんと進んでいた筈なのに、一向に神社に辿り着かない。幸いスマホの電波は繋がっているものの、何で私はこうなってるの?
「ちゃんと進んできたのに……。
私って、方向音痴なの……?」
これまで道に迷った事は無かったのに、私は今迷子になっているかもしれない。
パニックになってもいいのに、私はまったく怖くないし、パニックにもなってない。
それも不思議な話…。
その時。
『こんなところで何している』
いきなり声をかけられ私はびっくり。
「えっ?!あ、あの……」
『こんな所で迷ってないで早く神社の道へ戻るんだ。』
私に声をかけてきたのは、二十歳くらいの青年で、とても綺麗な顔をしていた。
この子は……誰?
『さあ、早く……』
そう言われると、私の手を彼は優しく掴み、神社の近くへと連れて行ってくれた。
『さあ、速く戻るんだ。ここは貴方が居ていい場所ではない。』
「あ、あの……」
『幸せに、人の子よ』
「えっ……?」
そう言うと青年はいつの間にか消えていた。
私は無事に神社辿り着いたわけだが、どうやら私は長い間帰ってこなかったらしく、会社の人達にとても心配されていた。
私には全然そんな実感がなかったので驚いたが、私はやっぱり道に迷っていたらしい。
けれど、そんな私を優しくここに連れてきてくれたあの青年は、一体誰だったのだろう。
もしかしたら、この世の人では無かったのかもしれない。
けれど、青年が最後に言ったあの言葉、
『幸せに、人の子よ』
あの青年は、もしかしたらこの神社の神様だったのかもしれない。
私は霊感とかそう言うものは全くないのだが、私は不思議な体験をしてしまった。
けれど、何だか嬉しく思う、体験だった。
「友達じゃない。」
「……えっ?」
「最初から、愛美は俺の友達じゃなかった」
❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆❆
私は、男の子と話すことがあまり得意じゃない。そんな中で唯一よくお話するのが、蓮人(れんと)目立つ存在ではないけれど、いつも周りを俯瞰して見られる。そんな彼だ。
そんな私と蓮人は今日も放課後に二人で帰っている。周りからはもしかしたらカップルに見られているかもしれない。
「蓮人ー、今日は半分こしよ?」
私が和菓子屋さんで購入した今川焼きを、蓮人と半分こして食べたいと思った私。
けれど…、
「いいよ。愛美が買ったんだから、愛美が全部食べな」
「もうっ!違う!蓮人と二人で食べたかったら私が買ったの!……もういいっ!」
蓮人は、周りを俯瞰して見られるのに、私のことは全然わかってない。
察してくれないというか、察しすぎてて遠慮されてるのが凄く分かる。
「私達、友達なんだから、遠慮なんていらいよっ!」
そう、私が言うと、蓮人は少し俯いた。
えっ?なんで?
「………蓮人……、どうして俯いてるの?」
私は今川焼きを半分こして蓮人にあげようとした、その時、
「友達じゃない……」
「えっ?…、」
「最初から、愛美は俺の友達じゃない……」
私の中でゴーンと、なにかに打たれたような衝撃がはしった。
私、傷ついた?
「ど、どうして、そんな事、いうの……?」
今川焼きを持っている手が震えてるような気がする。
「俺と愛美は最初から友達じゃない。
俺にとって愛美は、女の子で、可愛くて、友達以上になりたいって思ってる人……。」
「………………え……………?」
蓮人を見ると、俯いていた顔がみるみる赤くなっていく。
蓮人、照れてる…。
「可愛い………」
思わず私は言ってしまった。
「か、可愛いじゃないっ!!告白してんのっ!!!」
「分かってる。ちゃんと………」
「俺………愛美が好きだ……」
私の手には半分個になっている今川焼きがある。熱々の今川焼きは段々と冷めていく。
私達の気持ちとは、正反対に。
行かないで、と言いたい。
❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄「すみれさん。荷物ここに置いていいですか?」
「うんっ。そこに置いといて。ごめんねー。ありがとう。」
私と、3つ年下の彼は週末になるとお互いの家を行き来する。
今週は私の家だ。
「今日の晩御飯はどうします?何処かで食べますか?」
「ううん。今日は、私が作る」
「えっ!本当ですかっ!!すみれさんの料理美味しいから嬉しいです。」
「政樹(まさき)は休んでてね。車も運転してくたし、荷物も運んでくれたら」
「えっ!?俺だいじょ………っ」
「だーめ。明日はもう仕事なんだから、今休んでて」
「はーい」
政樹も、私も、日曜日になったら晩御飯を食べてから必ずお互いの家に帰宅している。
私は、それが何だか悲しく思うのだが、政樹はどう思っているのかは分からない。
「はぁー、ご馳走さまでした。」
「はい。お粗末様でした」
「本当に美味しかったです。すみれさんは、本当に料理がじょうずですね。」
「お世辞言っても何もでないわよ。」
「お世話じゃありませんよっ!本当に美味しいんですからっ!」
「分かった…、ありがとう」
「…………。それじゃあ、俺この食器片付けたら、帰りますね。」
「えっ………」
ま、待って……。
「政樹……。」
私の呼びかけに台所へ向かっていた政樹は振り返る。
「はい。なんですか?」
私は、恥しさや寂しさ、色々な感情がぐるぐるしているものの、自分の言いたい言葉を出そうと私は手に力を入れた。
「………ないで………」
「えっ?何ですか?ごめんなさい。聞こえなくて……」
「だからっ!今日は帰らないでっ!!
それと、敬語はもうだめっ!!」
シーンという音が聞こえできそうなほどの沈黙……。
あれ?私、間違った…………?
「帰りません。」
「えっ……?」
「俺、帰りま、帰らない」
そういうと政樹は私に抱きついてきた。
「俺、今日、帰りません。すみれさんと一緒に居ます。」
「えっ、いいの?」
「当たり前ですっ!俺だってもっと一緒にいたいです!」
「………ほんと?」
「ホントですっ!!あ、でも、朝は早くに帰ります。着替えないといけませんから」
「……敬語は?」
「うーん。あともう少し時間下さい」
「……はい。」
「すみれさん。今晩は、一緒に寝ましょうね?」
「……うん。」
こうして私の願いは叶った。
とても……幸せな夜だった。
どこまでの続く青い空に、君の打ったボールは空に舞い上がりどこまでも伸びていく。
「………!!!いけー!!」
君の打ったボールは、グングンと伸びていき、ホームランとなった。
君の打ったボールが、チームを勝利に導いたのだ。
私の、好きな人のホームランが…。
「小春ー!!勝ったー!!」
私の家の玄関をいきなり開け、開口一番の言葉が、上の言葉。
田舎ならではの防犯力………。
「おめでとうっ!!凄かった!!ホームラン!!」
「おめでとうねー。大ちゃん」
「えへへ、ありがとう小春のお母さん!」
小春は、私。大ちゃんこと大輔は、私の幼馴染。
「はーあ、大輔、甲子園いくんだねー」
「ま、甲子園っていってもセンバツだけどねっ!」
「そんなの関係ないよっ!甲子園に行くってだけで、スゴいんだから!!」
大輔は小さい頃は小さくて、とても細い子供だった。けれど野球をするようになってから身長も伸びて、筋肉もついて、今では野球部の4番を任されるほどの男性になった。
そして高校ではよくモテるようにもなった。
「大輔が甲子園でたら、もっと人気になっちゃうね…」
「えっ!?何いってんだよ。そんなの高校球児っていうだけのことだろ?俺じゃないよ。」
「俺だよ。みんな、大輔のファンになる」
「だから、高校野球を通しての俺のファンになるだけで俺の全てを見てファンになるヒトはいないって、そんなのは、一過性…。」
「……そうかもだけど……」
「それに、」
「……うん?」
「俺は、一人の女の子に振り向いて貰えればそれで良いんです」
「……うん?何?」
「ううん。なんでもない」
大輔がなんと言ったのか私は聞き取ることが出来なかった。
けれど、両片想いのこの関係は、もしかしたらあと少しで、変わるかもしれない。
そんな予感がする……。