衣替えをするみたいに、自分の記憶も季節ごとに入れ替えて、欲しい物だけ取り出せれば良いのに。
「そしたら、もっと楽な気がする」
私には5年付き合った恋人がいた。
けれど、彼が一言、『別れよう』と言ってきた。私は、何で?と質問したら『ごめん』と一言、それだけ……。
私にとっては嫌で悲しい記憶になった。
「どうせ別れるなら、私のあんたとの記憶も一緒にもっていってよ!」
いらない、私の記憶。
封印したい、私の記憶。
ピーンポーン。
「……!!だれ?」
私は立ち上がり、インターフォンの画面の見ると、小雪と文世(あやせ)が来ていた。
「はーい。」
「いきなり来てごめ~ん。一緒に晩御飯食べない?美味しいもの買ってきたよ!」
「ピザにお寿司に、チキン。開けてくれー」
「はーい。ちょっと待ってて!!」
やってきた友人二人は、私の嫌な記憶を一旦閉め、楽しさを運んできた。
また私だけになったら、嫌な記憶は顔を出してくるのだけれど、それでも、今は楽しい!という記憶を必死に焼き付けようとしている私がいた。
声が枯れるまで私は応援をした。
この声が届けばいいなと思いながら。
けれど、その声が彼に届くことはなかった。
何故なら、その彼には既に大切な人が居て、その人の声しか、彼には届いていなかったから。
無駄なことだって、私だって思う。
けれど、私の好きな人を応援しないわけにはいかなかった。沢山の応援の人に紛れ、私は声を張り上げ、枯れるまで応援をした。
「……私、ただ応援してた訳じゃなくて、私の気持ちも一緒にのせちゃってたなー」
帰りの学校のバスの中、一人そんな事を思った。
隣には友達。友達は寝ている。
私のこの気持ちは、誰にも言っていない。
言うつもりもない。
私は自分の気持ちをどうするんだろう。
今の私には、まだ、わからない。
始まりはいつも突然……。
なんて、使い倒された言葉を使っても、伝わることなんてなんにもない。
けれど、君が来たから僕は今君と居るんだ。
「にゃ~」
「こむぎ〜!!今日も可愛いなー」
こむぎとは僕が拾った猫の名前だ。
拾ったといっても、もともとは地域猫だったこむぎがある日僕の家の前で倒れていた。
こむぎは女の子で、サビ猫だった。
最初はもう手遅れになってしまったか?と思い近づくと、僅かにまだお腹が動いていたため、僕は優しくこむぎを抱いて、急いで動物病院へと向かった。
今もお世話になっている動物病院に辿り着くと優先的にすぐこむぎは獣医さんに診てもらえた。あと少し遅かったから、こむぎは死んでいたと、獣医さんに知らされた。間に合ってよかったと思う。
そんな事もあり、僕はこむぎと暮らすことになった。動物病院に少し入院していたこむぎは初めこそ僕の家に慣れずソワソワしていたが、今では「ここは私の城」と言わんばかりの落ち着きようである。
「元気になって良かったな、こむぎ」
「にゃ〜ん」
こむぎはソファに座っていた僕の膝に乗ってきて撫でて、と言わんばかりに見つめてきた。
望み通りに撫でてあげるとゴロゴロ喉を気持ちよさそうに鳴らす。
「こむぎ、僕はね、僕が人生で猫と暮らすなんて思ってもなかったんだよ。やっぱり生き物と暮らすっていうのは責任が伴うから。僕にはまだ、自信なんてなかったから、いつも見ているだけだったんだけど、こむぎが来てからあれよあれよという間に、僕は君と暮らしてる。
案外出来るみたいだよ。僕は(笑)」
「にゃ~ん?」
こむぎ、君が来てから、何だか前より優しくなれた、気がする。のんびりできるようになった気がする。
始まりは突然だったけれど、僕は、こむぎ、
君と出会えて本当に良かった。
すれ違い。町に出れば、外に出れば、必ず一人とはすれ違う。
そんなすれ違いが、もし、今どき古くて使いたくはないけれど、運命を連れてきたら、どうなのだろう。
今日もいつもと変わらずいつもの町を歩く。
はずだった…。
「あのっ!あの、すみません」
私は誰かに呼ばれた。呼ばれた方へ振り向くと、そこには青年がいた。
「はい……。何でしょうか?」
人通りは沢山ある。何かあったらすぐ逃げ込めるお店もある。
もし不審者だったらすぐ逃げ込なくては。
「あの……、いきなり話しかけてきたすみません。俺、変なものじゃありません。
何処にでもいる大学生なんですけど」
「だから、なんですか?」
「好きです。」
「はい?!」
「一目惚れです。」
「いや、知りません。それに、今会ったばかりの人に好きになられても困ります。」
私はそう言い、足早にそこから去ろうとしたが、彼は諦めなかった。
「あの、少しっ!ほんの少しで良いんです。お話してくれまんか?」
「いい加減にしないと、警察呼びますよっ!」
そう、私が言ったとき…、
「あれ?柳瀬じゃん。何?ナンパしてんの?お姉さん困ってるじゃん。やめなよ」
彼に話しかけてきたのは、今どきギャル。
けれど、とてもしっかりしてそうな女性だ。
「お姉さん。ごめんなさい。こいつ失礼しましたよね。」
「えっ?あ、いや……、」
「柳瀬、良いやつなんですけど、考えなしっていうか、自分の気持ちに素直すぎて周りが見えづらくなる事があるんです。」
そう言うと、彼女は私に近づいてきて、
「あの、失礼を重々承知で言うんですけど、もしよろしければ、柳瀬とお話して頂けませんか?ほんと、少しでいいんです!
こいつ、悪いやつじゃないですし、どちらかと言えば、良い男なんです。
私は、林田 真夏(はやしだ まなつ)といいます。柳瀬とは同じ学部で同じクラスです。もしこいつが変な事してきたり言ったりしてきたらすぐに知らせて下さい。
これ、私の連絡先です。」
そう言うと、彼女は自分の連絡先を私に渡し、よろしくお願いします。といって去っていった。
私は彼女に免じてこのあと柳瀬君とお話したのだけれど、彼女の言う通りとても素敵な青年だった。
後に私は、彼と付き合う事になるのだけれど、彼女、真夏ちゃんは、今では私の良き相談友達だ。
忘れたくても忘れられないこの思い出は、
どうしたら消すことが出来るのだろう。
それは恋に限らず、日々の生活にも沢山ある。良いこと、悪いこと、嬉しかった事、悲しかった事、本当に一杯ある。
「さやー、準備できたー?」
「うん。出来たよ」
私を呼びかけたのは私の彼氏で、夫となる彼
今日、私達は少ない友人の前で結婚式を挙げる。
結婚式は、出席する人が多ければ多い程、後に離婚する確率は少ないと言われているけれど私は、そんなことないと思っている。
所詮、迷信だと。
私と彼は、駆け落ちした。理由はここでは省くけれど、所謂、親に結婚して良いと許されなかった私達なのだ。
親不孝で、どうしようもない。
これから先の悲しさを私達は背負っていくのだ。
「いつもカッコいいけれど、今日は一段と良い男だね。真昼(まひる)」
「そう?さやも可愛くて、綺麗だよ」
「あははは、ありがとう。」
こんな時はいつまでも続いてほしいと思うけれど、生きている限りそんな事はない。
きっと、苦しくて辛いことも、半々なんだと思う。
それでも、私は今、私達の結婚式に参加しようと思ってくれた友人達に誓いたかった。
約束したかった。
私、頑張るからって……、真昼と、頑張るからって……。
友人達の拍手に導かれながら、私達はバージンロードを二人で進む。
それを包むかのように、優しい風が式場を吹き抜けていった。