Open App
4/3/2023, 10:17:17 PM


 スティック状のお菓子を友人から貰ったためもぐもぐと食べている。俺が進んで口にするタイプのお菓子ではなく、それが新鮮でなかなかうまい。サクサクした食感が小気味よく、手の進みが早かった。サクサク、サクサク。
「面白そうな物食べてるね」
「貰ったんだ、スティックパイみたいで中に薄くジャムが入ってる」
「いいなぁ…『1つだけ』ちょうだい?」
 本来なら君にもあげるのだが無心で食べていたため最後の1本だ。食べかけをあげるのも忍びないが
「それでも良ければ」

 思い付いて、まるでポッキーゲームのように端を咥えて君を待つ。はじめは意図が分からなかった君が遠慮がちに端から口をつけて…小動物の餌やりみたいだ。少しずつ近づく君の顔、目蓋は伏せられて、食べる振動も伝わってくる。パイ生地から漏れだしたベリーのジャムがグロスみたいだな、このまま待ったらどうなるかな。口を動かすのを忘れていると君がぱきりと折って残りのお菓子を奪ったんだ。
「ご馳走さま」
 唇に付いたジャムを舐めとり続いて舐めとられ「紅茶いれるね」とキッチンに消えていく。すっかり食べることを忘れた俺は小動物のイタズラに呆気にとられていたのだった。

4/2/2023, 9:55:02 PM

 
 クローゼットを開けて随分増えたなと思う。私のクローゼットには私が買った洋服だけじゃなく、彼から貰った贈り物が場所を同じにしてしまってある。どれもこれも彼から貰った『大切なもの』。洋服に靴に、アクセサリー…。私には手の届かないブランドだったり、実はオーダーメイドで金額を思わず聞いてしまい倒れそうになったことがある。彼の金銭感覚は一般人の私とズレていながら、それだけの収入があって良いものを見定める目を持っていた。

 自分の趣味を全面的に押し付けず、私の持つ物と合うように選んで贈ってくれて、実は密かな楽しみになっている。言ってしまったら贈り物のペースが倍になるため彼には秘密。

 忘れることなんて、離れることなんてしないのに貰った物には必ず彼の色が入っている。ギリギリまで押さえた彼の独占欲かもと思うと可愛くて、彼の代わりに鯨のぬいぐるみを抱き締めた。

 形のない愛情も貰っているのに贈り物として形のある愛情も。そのうちクローゼットは乗っ取られているかもしれない。愛情が目に見えてわかってそれはそれで面白く彼に見せて自覚させたら少しは落ち着いてくれるのだろうか?今度やってみよう。

 一番『大切なもの』は私の指に。毎日眺めて磨いては肌身離さず付けている。青い青い宝石の付いたシンプルな指輪。「ちゃんとした物じゃないけど…」頬を掻きながら嵌められて彼の指には私の色が乗っていて、その時のとても幸せな気持ちは今でも鮮明に思い出せた。

4/2/2023, 6:14:36 AM

 
 『エイプリルフール』、嘘をついても咎められない日と言っても人を傷付けたり大きな誤解を招くものは論外。くすりと笑えるような料理に使うスパイス程度の量に留めて、君になんて言おう?
 だいたい嘘は何かを咄嗟に隠したり誤魔化したりする時に使うためわざわざ考えると思い付かない。君に対して嘘を付きたくないという心理も働いているのだろう。難しいな…。

「と言うわけで、今の俺は大きなイヌだ」
「えぇ?」
 考えることを放棄したように君の膝に頭を乗せた。静かに沈んで柔らかいなと夢心地。「わん」なんて言いだした俺に目をまん丸にしている。

「癖っ毛だし犬種はなんだろう…?もふもふ具合はポメラニアンに似てるけどイメージと違うし雑種かなぁ?」
 なんて真剣に悩んで俺の戯れに付き合ってくれる。君の細い陶器のような手に撫でられて、尻尾があればパタパタと振っているだろう。
「お腹を見せてくれるのは甘えてるんだっけ?」 
 頭から手が移動してお腹に触れる。あまりされることじゃないため変な気分だ。ソワソワすると言うかなんとも手つきが…。
 耐えられなくなって君に覆い被さった。イヌのようにじゃれつくと擽ったいと笑って存外楽しそうで鼻先を触れさせて「わん!」と鳴いてみた。

「ふふっ、まだ遊びたいの?おいで大きなワンちゃん」

 かわいい飼い主様のお許しが出たので楽しませてもらおうか。…まぁ、俺の設定はイヌ科の狼なんだけど。
 舌舐りをして獲物を見る。タネ明かしをするのはその日のうちに、一通り遊んだ後だ。


4/1/2023, 4:44:03 AM

(暗いです)

 歩く2人をずっと遠くから眺めていた。仲睦まじく並んで手を握り、あの人は人とぶつからないように壁になって歩いている。
 あの人が向ける笑顔、表情、仕草全てがあの子を大事にしていると物語っていた。風に遊ばれる髪をすかれて、「危ないよ」と転びそうになる腕を引いて抱き寄せて。
 それがひどく羨ましく妬ましく、どぶのように醜く汚いどろどろした部分が流れ出て、最低な手段をとった。あの人に恨みを持った人間なんて沢山いて効果的なのは大切な者を奪うことだと唆した。

 あの子が居なくなったら、悲しむあの人に声をかけて代わりになれると思っていたのに。球体は話しかけた自分を映していたが空っぽで交わした言葉のどこにも感情なんてのってない。機械と話している気分だった。
 あの子じゃなきゃ、あの人の目にすら映らなかったのだ。計画は失敗して命に別状はなく大怪我をさせただけ。この後起こることが容易に想像がついた。
 この世から消すつもりで大事な人に手を出した、報いがくる。

 記憶も容姿もここにいる自分を作り替えないと、あの子にならないとそれは得られない。愛されるためには自分を消さないと成り立たず、消えた自分が『幸せに』なることはなく。
 暗い路地裏、冷たい床に這いつくばって最期までそんな事を考えている。自分はなんて滑稽なんだろう。
 失われていく四肢の感覚にあの子も同じ様な思いをしたのだろうか。怖い思いをさせてごめんね、と心の中で懺悔しても、もうおそい。

 もやが、かかって、よくみえない、みみなりがする

 愚かな女の涙は血と共に流れ出て、嫉妬と後悔の水溜まりは、彼女が求めて止まない男のブーツを汚していた。



(前回、前々回と繋げて(?)みました)

3/30/2023, 11:28:33 PM


 彼が街を歩いていた。戻りはまだ先と聞かされていたから大事ない姿を見れたことが嬉しく、驚かせようと後を付いていった。
 人通りから離れ、暗い路地裏に人と彼が吸い込まれていく。あまりの暗さに戸惑い、耳をそばだてた。

 彼と誰かの話し声がする。あんなに冷えた興味のない声を聞いたことない。諍いが起きそうなピリリとした空気はすぐに破れて続いてて耳に届いたのはくぐもった声とぐしゃり、どちゃ。まるで水溜まりに物が落ちたような。
 彼に怪我はないだろうか暗がりに一歩踏み出すとガラス片を踏んだらしい。慣れない暗闇に彼のジャケットが見える。

「この先は何もないよ」
 私が付いてきたことを分かっていたような口ぶり。
「でも」
「お願いだ帰ってくれ、君に見てほしくない」
 人影が…、怪我はないの?と聞けなかった。振り向かないけど威圧的で見たことない彼に気圧されて
「…わかった」
 何かおかしい、怖いと訴える心を『何気ないふり』をしてひた隠して、来た道を戻るしかなかった。震え始めた自分自身を抱きしめて焼き付いてしまった光景を振り払う。追いかけてはいけなかった。

 あんなに人が吸い込まれて行ったのにひどく静かで、彼のブーツに鮮やかな赤が付いてたなんて、奥から広がって「見てほしくない」なんて…。たどり着いてしまう答えは…

「そんなの、嘘。」

Next