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3/29/2023, 10:34:16 PM


 俺といる限り、世の中で言うところの『ハッピーエンド』にはならないんだ。理由は2つ。ひとつは仕事柄、多くの恨みを世間から買っている点。もうひとつは俺の性分の事だ。戦いの中で育ってきた俺は飽くなき戦闘への欲求を満たせずにはいられない。
 生き長らえるため引き際は見極めているつもりだが、いつか知らぬ場所で死んでいるかわからない。「必ず」や「絶対」帰るよと保証が出来ない、そういう世界で生きている。けどいつも君のもとに帰りたいと思っているのは嘘じゃないんだ。
「俺が居なくなることで君は『ハッピーエンド』を迎えられる」
 手を離せばきっと君はおとぎ話のような、いつまでも幸せな暮らしを得ることが出来るのに。

「…離しなよ」
「いや」
 まっさらで真っ白な病室に君と2人。恨みは俺ではなくあろうことか君へ向かって、怪我を負わせてしまった。俺なら対処できたのに相手は陰湿で君の優しさを利用して突き落とした。
 あちこちに擦り傷を作り、腕と頬が腫れて、見るからに痛々しくて。辛いのは君のはずなのに弱音を吐き、離れよう、と。

「私はあなたが居なくなることを望んでない。今ある、あなたがいる幸せがいいの」
「…もっとひどい事が起きても?」
「居ないよりずっとまし」
「君が嫌と言っても、もう離してあげられないよ」
「離してくれたことなかったでしょ。ねぇ、いつもみたいに笑って?」
「今は…下手な笑顔しか出来そうにないや…」

 手を引かれてベッドに座る君の傷に障らぬように緩やかな抱擁をおくる。「少し休んだら笑えるかな…」蚊の鳴くような声で言えば、辛うじて動く腕で背中を擦ってくれた。

3/28/2023, 11:55:49 PM


 新しいアイシャドウを手にまぶたに色をのせては落としてを繰り返している。パレット数が多く自分の顔をキャンバスに見立ててあれこれ組み合わせの研究をするのが思ってたより楽しい。パッケージデザインもさることながら気分を上げる一役を担っていた。

「見ない色だね」
 一番綺麗な、満足のいくグラデーションを完成させて、ソファで寛ぐ彼に。細かい所にも気付く彼にはアイシャドウの変化も逃すことなく拾ってくれる。
「限定パッケージが凝ってて、アイシャドウの色も気になったから思わず買っちゃった」
「良いと思うよ。よく見せて」
 と言われたからアイシャドウのケースを差し出そうとして「そうじゃないよ」と顔の輪郭に片手が添わされた。そのままじっくり彼の視線を受けることに
「そんなに『見つめられると』穴が空きそう…」
「それは困るな」
 声色は全く困っていないし面白そうと言った感じ。涙袋を指の腹で撫でられれば異物が入らないかと反射的にまぶたが落ちる。すり、と親指にまつげまでなでられてこしょばゆい。
「手を加えてもいいかな?」
「うん、練習だし、いい組み合わせが思い付いたなら試していいよ」 
 ケースを渡して彼が何の色をのせてくれるのかワクワクした。撫でられていた部分と同じ箇所に滑るような感覚がして
「上出来だ」
 目を開けて見せてくれた鏡の私には目尻に朱色のラインが増えていた。アクセントにぴったりの綺麗な縁取り。

「このまま出掛けるための魔除けだよ。そのメイクに似合う服を探しに行こう!」
「今から!?」
 あまりに唐突な提案に驚いてしまう私に
「駄目かな…?」
 と『見つめられると』。彼に弱い私はただ、ただ頷くしかなかった。


3/28/2023, 6:46:36 AM


 窓を打つ雨音で目を覚ます。天気は晴れと聞いていたがこれでは洗濯物が干せそうになかった。取り敢えず水でも飲んで…
 首辺りが擽られ動きにくい…。起き上がりにくいなと思ってたんだ。

「ふふっ…」
 腕に馴染みの重さが消えていて、空気を取り込む量が少なかったのは君が布団のように俺の上に被さっていたからだった。
「おはよ」
「おはよう、この状態は何かな?」
「うーん?すぐ起きないように重しになってるとこ」
 首をわずかに傾けて君を見つける。重しになっている君には夜の名残というものが所々に付けられて視界にチラチラと写り込む。柔い感触が意思とは関係なく押し付けられていた。腕を体に巻きつけ横に。今度は俺が、余すことなく君に隙間なくくっついて上目遣いで見つめる。
「これで君も動けないけど?」
 極上の枕が出来たみたいで顔ごと埋めていく。やわらかくて気が緩み、また眠りに落ちそうだった。
「み、耳澄まさないでね」
「理由を聞いても?」
「私のどきどきが止まらないから…」
「ふはっ、なに言ってるんだよ」
 俺のシャツを着たまま可愛いことを。言われたら気になるもので耳を寄せていく。君のちょっとした抵抗にあったが「直に触れて聞いたほうがいい?」と聞けば大人しくなった。
「あ、ほんとだ。心音早いね」
「言ったのに…ずっと馴れないの…!」
 情事の時ほどではないがトクトクトクと早く、中で君の声が反響する。いつになっても初な反応が好ましく、だらしなくにやけてしまいそう。だが顔に出せば君の機嫌を損ねる。

「俺の心臓(『My Heart』)だって早いよ」
 君を一緒に起き上がらせて手を自分の胸に導いた。後から君の耳もピタリとくっつく。さっきと同じ状況だ。
「早いような…そうでないような?余裕そうな音がします」
 余裕がない男なんて格好つかないじゃないか。
「もっと早くさせたい?」
 早くさせる答えなんて1つで、せっかく起き上がらせた君を押し倒す。シーツに広がる髪は美しく、寝起きで呆けてる表情はあどけない。
 唇を、と近づけてぐぅ、と鳴った腹の虫。顔を見合わせて笑い合い
「朝ごはんにしなくちゃね」
 ベッドを抜け出した君の背中を残念そうに追っていると、くるりと両頬を包まれておはようのキス1つ。
「早くなった?」

「…聞かなくても分かると思うよ」
 君と比じゃないくらいの賑やかな音が心臓から。君の不意打ちには俺だって馴れないんだ。





(連日、のそのそ書きまして頂いたハートが昨日で1000越えました。大変励みになってます!いつもありがとうございます。)

3/26/2023, 11:57:20 PM


 ちょっとだけ身長が欲しくて普段よりヒールの高いパンプスを。もう少し大人っぽく見せたくてメイクには時間をかけて濃い目のルージュを引いた。服装も普段着るものより露出があってスカートにスリットが入っている。
「どうかなぁ。綺麗に見える?」
 姿見の前で何度もおかしくないかと確かめた。只今、『ないものねだり』中。彼は可愛いとたくさん言ってくれるけど綺麗と聞くのは少ない気がして大人っぽく見せればきっと…!と。出掛け先は夜の繁華街。繁華街を歩く女性はみんな綺麗で彼に目移りして欲しくないという理由もあった。友人には好評だったしタイミングも良く、ヘアアレンジには時間ぎりぎりまで拘って彼に会いに行った。

 出会えば何かしら話す彼が一言も喋らなくて不安になる。
「…どうしたの?」
 変だった?似合ってなかった?それならそうと言って欲しい。

「いつもより近いなって。冷えてない?」
 ジャケットを脱いで私の肩に乗せてくれる。素っ気ない気がするけどいつもの彼のはず。あ、あの女性、素敵だなぁ。
「もっとおいで」
 私は女性を眺めていたのに隣の男性を見ていると思ったのか引き寄せられた。腰を抱かれて歩くのはパンプスと一緒で馴れていない。服の素材は薄く、手の熱をありありと感じる。
「いつもと様子が違うけど俺を惑わせたいの?それとも…他の男を?」
 耳元で吐息混じりに、腰に添わされた手は際どく私の弱い部分を擽った。
「ひぁ、…」
 こんな反応は想定外!いつもの様にパッと輝かせて「綺麗だね」と彼が言ってくれるのを待っていただけ。妖しく色香の強い彼に気圧されて髪を掬いとられている。

「答えて欲しいな。こんなに綺麗なのは誰のため?」
 大好きな彼に艶っぽく懇願されて、腰が砕けた。自分で自分を支えられなく彼に寄りかかることで精一杯。彼に似合う大人の綺麗な女性なんて『ないものねだり』したバチが当たったんだろうか。
「っと、大丈夫かい?」
「大丈夫じゃない…!」
 すっかり腰が抜けてしまってそれどころじゃない。
「さっきからすれ違う男達が君を見ていたのを知ってる?俺は限界だよ」
 そんなの知らない。だから見せつけるように近かったの?

「狙いどおりに歩けないみたいだし…。君が許してくれるなら、深い夜の街に拐っていいかな?」

3/26/2023, 8:29:51 AM



「お屋敷の手伝いをしている方にお料理とお菓子を教わってきました!ご当主様のご飯も作ってるらしいから味は料亭に引けを取らない、はず…!」

 えっへんと自慢気に胸を張る君は、教わってきたというお菓子を取り出した。
「材料が馴れない物だったから、ご飯は今度ね。おやつです」
「これなら…緑茶が合うのかな?煎れてくるよ」

「「いただきます」」
 手先の器用な国だから食事の飾り切りも素晴らしく、このお菓子も形を崩してしまうのは勿体無いと思ってしまう。目でも味わい舌でも味わう。感性の豊かな国だ。
 フォークが添えられていたからそれを使って一口大に。君は料理教室で教わったことや一緒に習いに行っていた友人の話をしては、おやつを口に運んで表情を崩している。数時間前の思い出を隠し味に自分で作ったお菓子は君が言っていた「料亭にも引けを取らない」美味しさじゃないだろうか。
 俺もそろそろ食べないと。
 パクリとひとくち。………んむ、これは?
「……不思議な食感だね」
 君の熱い視線に堪えかねて出せた台詞がそれだった。もっと気の聞いた事を言えなかったんだろうか。好き嫌いはしない主義なのに、これでは君にバレてしまう。

「…苦手そうだね」
「あまり食べないタイプのお菓子だからかな…」
「『好きじゃないのに』無理しないで。残しても私が食べるから」
「君が俺のために作ってくれたんだ。ちゃんと食べるさ」

 予定より1つ多めに作ったのは俺の為、最後まで残すことなくカケラまで食べ終えた。緑茶と相性が良いことは分かるのに君と同じ感想が持てないのは残念でならない。
「あなたが好きそうなお菓子を先生に相談してみるね」

 食べ終えた俺をくしゃくしゃと撫で回して、思い付いたように
「ね、口直しはいかが?いらない?」
 君が自分の唇にちょん、と触れる。俺が君を残すなんてあるはずないのに。
「口直しもちゃんと頂くよ」
 好きなものなら何度だって。誘われたんだ、存分に味わおう。

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