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3/25/2023, 6:38:38 AM

 
 体調が悪く落ち着かない。追い討ちをかけるように夢見だって、目覚めは「最悪…」の一言に限る。
 下腹部は重くて、ズキリと鈍痛がしては顔をしかめた。痛いし、ぐるぐるして気持ち悪い。顔を洗いに行くと青い顔をした私とご対面。ずるずる体を引きずって薬を探して見るも使いきっていた。ソファに座って騙し騙しにお湯を飲む。

 彼とベッドで寝ていたはずだけど、仕事が入ってしまったのか何処にも見当たらなくて、置き手紙のひとつもない。急ぎの件だろうなと1人納得させて、痛くない痛くない、と。まじないのように唱えている。
 痛みは引かないし居て欲しかったなと心身ともに弱った状態では自分のご機嫌とりもできなかった。

「心細いよ…」
 天気は晴れ、だけど俯いた私は雨模様。
 ぽたぽたと降り始めて『ところにより雨』だった。

 鍵の回る音がした。向かってくる足音が騒がしい。体に響くから静かにして欲しいんだけど…
「あぁ、やっぱり。真っ青な顔して…!」
「え…?」
 買い物袋を持った彼が私の目の前にいる。どうして。
「辛かっただろ、もう大丈夫」
「な、んで…仕事じゃ…?」
「仕事?薬を買いに行っただけだよ。こんなに泣いて寂しかった?」
 素直に頷いて「何も言わずにごめんね」と彼から薬を受け取って飲み込んだ。膝の上に乗せられて背後からそっと包み込まれていく。彼の大きく無骨な手に撫でられてお腹も背中もじんわりと、外から中へ温かくなっていった。

3/23/2023, 11:29:49 PM

  
 君のベッドには水色の鯨が寝かしつけられていた。
 持つと綿の重みでグニャリと傾き、伸縮性のある布で、もちもちしている。抱き枕として最適なぬいぐるみだ。

「ベッドに先客がいるんだけど?君がぬいぐるみを持ってるって初めて知ったよ」
「あなたが来る時はクローゼットにいれてるから。その子は『特別な存在』なの。苛めないでね」

 君の特別。ぬいぐるみをむぎゅうと抱き締めると君の香りが。香りが移る程、ベッドを共に過ごしている訳だ。ぬいぐるみを抱いて寝る姿は愛らしいが、俺以外と…。なんて布の塊相手に幼稚な嫉妬を向けた。

「俺も『特別な存在』だろ?」
「急に対抗するの?」
 俺だって君の香りに包まれたい、移るくらい一緒にいたい…!が本音。仕事であっちこっち飛ぶものだからすぐにかき消えてしまう。
「チガウノ?」とぬいぐるみを動かして君の出方を待つ。
「そうだけど。この子の抱き心地がね、あなたにそっくり」
「こんなもっちりしてるかな…」
 余分な脂肪は落としているつもりが君にとってはまだまだとは。自身の一応は摘まめる肉をどう引き締めたものかと考えると
「抱き締めた時にほっとするところがね。もちもちは私の趣味」
「なるほど」

 一先ずは安心だ。ぬいぐるみを持ったままベッドに寝転がった。
「君の特別な抱き枕が2つもある。どちらをご所望かな?俺か鯨か」
 手招きすると君は無理やり、俺とぬいぐるみの間に入り込んできた。

3/22/2023, 11:29:10 PM

 
 彼が物を運んで手伝おうと思っていたら、バランスが悪く落ちてしまった。拾うのを手伝いに行くと彼が慌てだす。蓋が開いてバラバラと散らばった紙はどれも覚えがあるもの。私が今まで送っていた
「手紙…?」
「うん、君からもらった手紙」
 私の手紙が大切に保管されていると分かって、しかも綺麗な箱にしまってあるだなんて嬉しい。集め束ねていると手紙以外にも写真なんかも混ざっている。咄嗟に隠されたけど、しっかり見てしまった。私が写ってた写真。

「ねぇ、今の…」
「な、何のことかな?」
「見ちゃったんだけど、写真」
「あ、ははは…」
 乾いた笑い声と恥ずかしそうに頬を掻いて観念したのかズラリと差し出された。全て私の写真で、寝ている時や街を歩いている時の。これは…

「と、盗撮…?」
「ごめん、許可なく撮ったことは謝るよ。ただ、仕事で会えない時は寂しくて…、君の写真を見ないと安心出来ないんだ。…『バカみたい』だろ?」
「別にそこまで思わないけど」 
 悪いことがばれた子どもみたいにしゅんとした彼を可愛い、と思っている。まぁ、疑問が残るけど。

「ここに写真があるってことは…、これは予備で、本命があるの?」
「…」
 明後日を向いてしまった彼に確信を得てしまう。"まだ持ってる"
「俺を好きなだけ撮っていいから見逃して…」
 目には目を歯には歯を。写真には写真を。
 本命の写真が気になってしまったけどあまり彼を苛めてしまうのも可哀想。
 写真機を手に、しゅんとする彼へ向けてシャッターを切った。

3/21/2023, 11:32:16 PM

 
 夜の海は幻想的だった。ささやかな星明かりに波の音。ざざん、ざざんと揺蕩って、夜光虫が海を青く光らせている。私たち以外にも見に来てた人がいて賑やかだったのに辺りを見回しても誰もいない。静謐と呼ぶにはぴったりだった。

「世界に『二人ぼっち』みたい」

 広すぎる世界に私と彼だけ。片方が動くときっとはぐれてしまうから離れないように手を繋ぐ。世界に一人ぼっちなら気が狂っていたかも。
「綺麗な景色も君も独占できるなんて贅沢だね」
 そう言われて、私も彼を独り占めに出来るのかと思うとそれはそれで良い気も…。
「誰も居ないって分かってるから、抱き締めたっていいし」
 繋いだ手が離されて彼に覆い隠されるようにピタリと密着して、頬に手が添えられる。
「人目を憚らずにキスだって出来るわけだ」
 言葉通りに目を閉じているとクスリと彼が笑って頬を弱くつねられた。か、からかわれた…!

「…ちょっと期待した」
「だろうね。可愛い顔してた」
 彼の目は今の海と同じ。青くって綺麗で輝いて…吸い込まれてしまいそう。波の音だけが時間が動いてることを教えてくれる。彼が困った顔をするまでずっと眺めていた。

「そんなに物欲しそうに見られると…。『二人ぼっち』だから君が望んだところにしてあげる」
「どこがいい?」と聞かれれば素直に瞼を下ろして、再び笑った彼の気配が近づくのをじっと。添えられた手が耳を塞いで、さざ波も、もう届きはしなかった。

3/20/2023, 10:40:16 PM

 
 潤んだ瞳で見つめられその中で青が揺れた。ふっくらした唇が艶めいてゴクリと喉を鳴らしてしまう。
 さっきだって堪能していたはずなんだ。でもどうしても足りない。満たされたくって深く差し入れては君が逃げられないように後頭部に手を添える。その間に服の隙間から手を忍ばせて、柔らかくほどよい弾力を楽しんだ。脱がさなくても少し乱れた姿は目を喜ばせ、くたりと力が抜けて浅く呼吸を繰り返す君をもっとも暴きたい、と。

 邪な熱はずっと主張し続けてひとつになりたいと訴える。俺も出来るものならそうしたい。一緒にと願うのに、これが夢だと知っている。その証拠に君の声が聞こえない、君の手が俺を撫でてはくれないんだ。感触だけは生々しいのに虚しくて、酒に酔ってこんな夢を見るなんて。

 俺に都合のよい夢なら『夢が醒めるまえに』存分に貪っても構わないだろ?
 乱暴にはしないけど性急に求めてたって。

 小さく聞こえた嬌声は記憶が補ったのか、それとも…

       
                       

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