夜の海は幻想的だった。ささやかな星明かりに波の音。ざざん、ざざんと揺蕩って、夜光虫が海を青く光らせている。私たち以外にも見に来てた人がいて賑やかだったのに辺りを見回しても誰もいない。静謐と呼ぶにはぴったりだった。
「世界に『二人ぼっち』みたい」
広すぎる世界に私と彼だけ。片方が動くときっとはぐれてしまうから離れないように手を繋ぐ。世界に一人ぼっちなら気が狂っていたかも。
「綺麗な景色も君も独占できるなんて贅沢だね」
そう言われて、私も彼を独り占めに出来るのかと思うとそれはそれで良い気も…。
「誰も居ないって分かってるから、抱き締めたっていいし」
繋いだ手が離されて彼に覆い隠されるようにピタリと密着して、頬に手が添えられる。
「人目を憚らずにキスだって出来るわけだ」
言葉通りに目を閉じているとクスリと彼が笑って頬を弱くつねられた。か、からかわれた…!
「…ちょっと期待した」
「だろうね。可愛い顔してた」
彼の目は今の海と同じ。青くって綺麗で輝いて…吸い込まれてしまいそう。波の音だけが時間が動いてることを教えてくれる。彼が困った顔をするまでずっと眺めていた。
「そんなに物欲しそうに見られると…。『二人ぼっち』だから君が望んだところにしてあげる」
「どこがいい?」と聞かれれば素直に瞼を下ろして、再び笑った彼の気配が近づくのをじっと。添えられた手が耳を塞いで、さざ波も、もう届きはしなかった。
3/21/2023, 11:32:16 PM