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2/7/2024, 3:42:03 AM

 
 ぐるりぐるりと回ってくれればいいと思う。
 そうすれば彼と会う時間になるのに、何度見ても時計の針は全然進んでいなかった。会えないこの時間がもどかしいけど彼と会えた瞬間に勢い良く回る。それは反対であって欲しかった。
 だから、行動をゆっくりにしてみることにした。
 ゆっくりゆっくり歩いて、休憩に入ったカフェではメニュー表とにらめっこして時間たっぷり使って。カメ、ほどではないけどのんびりしてる。時間も私に合わせてくれればいいのにやっぱり時間はあっという間で、不平等だ!なんて心の中で叫んでいた。
 別れ際になっても悪あがきをして歩調を保っていた。
「今日は何してるの?」
 彼は急かすことなく歩幅を合わせてくれるから私の行動がおかしいことに最初から気付いてたんだと思う。デート中に水を差さないようにして帰り際で聞いてくれる。
「あなたと会ってる間って時間がいじわるだから…」
 時間を遅くさせようと足掻いてました、とはあまりにも幼稚な考えかもと口をつぐんでしまった。ひらめいた時はなんとなく名案だと思っていただけにいざ彼を前にすると…。
 子どもっぽいなと感じてしまって。
 何時もよりゆっくりな私の動作がすでに我が儘を言っているようなものだった。マフラーに顔を埋めて、視線はあちこち。繋いでいるのは手袋だから私の頬や手がいかに熱いかなんて彼は知りもしないのに。
「もっと居たいって聞こえた」
「そう、なの」
 恥ずかしなくなって手を離そうとすると彼は手袋ごとポケットに突っ込んだ。しっかり掴まれてて引き抜けそうになくて。
「離すのは家に着いた後かな」
 帰り道とは別方向、私に歩幅を合わせたまま彼の家へ向かっていた。

2/5/2024, 3:41:44 AM

 
 部屋の主はソファと一体になっていた。2人掛けのソファに横になって抱き枕を大事そうに抱えて、スヤスヤと寝息をたてている。
「待ちくたびれたんだろうな」
 それだけ待たせてしまったという自覚があった。時計を見やれば、戻ると伝えた時刻から長針がふた回りも進んでいる。マグカップの中身も中途半端に残って冷めていた。
 ちょっとだけ横になって、すっかり夢の国から抜け出せなくなってしまったお姫様は見られてることも知らないで幸せそうに寝ているから、膝立ちになって覗き込んだ。
 正直な君の瞳は目蓋に覆われて、おしゃべりな口だって静かだった。少しだけ開いているから桃色の唇は乾燥しかけて、人差し指を押し当てて閉じてやる。
 ふにふにと柔らかくて厚みがあって食べたら美味しいのだろうなぁ、と腹を空かせた狼に狙われているだなんて微塵も思ってなさそうな寝顔。
 起きる気配もないものだから調子に乗って指先でつついていると食べられそうになって慌てて止めた。
「する場所で意味が違うんだってね」
 前髪を払いのけた額と目蓋にただいまのキスをするとまつげに触れて君がくすぐったそうにする。
 顔周辺だとあからさまに君を起こしているようで気が引けて、ぬいぐるみを抱く手の甲にまたひとつ。その手を取って手首に口付けて、手の平に再びキスを落とした。
「今の俺にぴったりだな」

 このままにしてあげたいけど、ちょっとだけ起きて構って欲しいな、なんて。

2/2/2024, 9:17:29 AM

 ギィ、キィと錆び付いた不協和音は私の中で残響となってさらにざらつかせていた。

 私の性格なんて私自身が一番よく知っていて機嫌の取り方だって心得ていたのに。もう大人のはずが気が付けば八つ当たりをしていた。余計な一言が口から飛び出し、友人が傷付いた顔をして我に返った。足早に去った彼女に謝るタイミングすら見失い、ささくれだった心のまま家へ帰る気にもなれなかった。
 風に当たろうと帰り道の公園の寂れたブランコに揺れている。太陽はすっかり沈んでいた。街灯が近いから影は濃く、私が揺れれば影も後を追う。子どもの頃は嫌な気持ちになってもブランコで遊べば吹き飛ばせたのに何も変わらない。
 寒さで氷のように冷たくなった鉄、劣化して剥がれかけた塗装の上に座っているからかもしれない。どうにも気持ちの整理がつかなくて情けなくて、ブランコの一部になった気がして、ギィ、ギィと気が済むまで揺れていた。

1/30/2024, 11:55:48 PM

 君に対する俺の気持ちは大きいと思う。
 仕事先で好きそうな料理屋が目に入ればいつか旅行にでも来よう、と計画を練ったり、君の好みの物があれば買ってしまう。最近では買いすぎて君から禁止令がでたばかり。渡せていないプレゼントたちで部屋が埋りそうだ。
 思い過ごしではなく、やはりずば抜けていると共通の友人と話をしていて実感した。「重い」とまで言われたがまぁ、俺も自覚はある。君から指摘されたら脳内会議ものだが言われたことはない。
 
 過ごすうちに君への気持ちは変わるどころかますます手放せない存在になって、愛情を伝える回数が前よりも多くなった。俺の中で抱えきれないくらい君への気持ちが募ってどうにかなりそうにもなる。その分を君からもらって俺も気持ちを返すんだ。
 俺が『好き』と伝えるだけで君の許容量はあっという間にいっぱいになるらしい。例えるならマグカップにたっぷりの蜂蜜が注がれている、とか。
「それかジャムかも」
「トーストに塗るジャム?」
「蜂蜜も好きだけど甘く煮詰まってるところがそっくり」
「君にあわせてセーブしてるつもりなんだけどな。飽きちゃった?」
「どっちも色んな味がしておいしいよ」
 俺にとってはティースプーン一杯分も君にとってはまだ多い。けれど喜んで受け取ってくれる。
 こんなのは氷山の一角にもならなかった。あげた言葉に溺れかけてしまう君の初なところが好きだけど、少しだけ慣れて欲しくもある。

 俺の背後に山のようにそびえる気持ちを君は知らない。
 いつかこの全てを届けようとしていることも。

1/29/2024, 11:57:32 PM

 
 あと2日くらいだろうか。満月になりそうな月を君と見上げている。
「I love youをね、ある国の物書きは『月が綺麗ですね』って訳したんだって」
 月を眺めながらロマンチックだよねぇと語り君はお供に持ってきた緑茶を飲んだ。日常会話にありがちな、相槌を打てば終わる会話も彼らの手にかかるとドラマチックになるらしい。彼らの感性がそうさせるのだろうか。
「それは相手に伝わったのかい?」
「相手の人にしっかり伝わってまた素敵な返しだったんだよ。2人だけに分かる会話って秘密めいてどきどきするね」
「直接伝える方が俺は好きだけど…。そうだ」
 体勢を変えて君に向き直ると君の背すじがしゃんと伸びて愉快だった。そんなに身構えたって取って食ったりしないのに。
 手を添えるともちもちしている君の頬は冷たかった。日は長くなりはじめているのに夜はまだまだ冷える。その証拠に緑茶の湯気がずっと揺れていた。

「月が、」
「月が…?」
 一呼吸おくと君も繰り返した。その先をまだと問いかけ大きく開いた期待の眼差しの中に星と月が。
「月が映った君の瞳はとても綺麗だね」
 すぐに気の効いた台詞が出てこずに物書きの台詞を借りてしまった。どうかな、と君を見つめれば

「し、死んじゃう…」
「死なないでよ」

 効果は上々で、熱烈なお返しにくすりと笑みがこぼれてしまう。
 もっと俺と君だけに分かるようなものは追々考えるとして。自然な動作で口付けると君の唇はぬるく、緑茶の味が残って、頬にも熱が集まりはじめていた。

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