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 ちょっとだけ身長が欲しくて普段よりヒールの高いパンプスを。もう少し大人っぽく見せたくてメイクには時間をかけて濃い目のルージュを引いた。服装も普段着るものより露出があってスカートにスリットが入っている。
「どうかなぁ。綺麗に見える?」
 姿見の前で何度もおかしくないかと確かめた。只今、『ないものねだり』中。彼は可愛いとたくさん言ってくれるけど綺麗と聞くのは少ない気がして大人っぽく見せればきっと…!と。出掛け先は夜の繁華街。繁華街を歩く女性はみんな綺麗で彼に目移りして欲しくないという理由もあった。友人には好評だったしタイミングも良く、ヘアアレンジには時間ぎりぎりまで拘って彼に会いに行った。

 出会えば何かしら話す彼が一言も喋らなくて不安になる。
「…どうしたの?」
 変だった?似合ってなかった?それならそうと言って欲しい。

「いつもより近いなって。冷えてない?」
 ジャケットを脱いで私の肩に乗せてくれる。素っ気ない気がするけどいつもの彼のはず。あ、あの女性、素敵だなぁ。
「もっとおいで」
 私は女性を眺めていたのに隣の男性を見ていると思ったのか引き寄せられた。腰を抱かれて歩くのはパンプスと一緒で馴れていない。服の素材は薄く、手の熱をありありと感じる。
「いつもと様子が違うけど俺を惑わせたいの?それとも…他の男を?」
 耳元で吐息混じりに、腰に添わされた手は際どく私の弱い部分を擽った。
「ひぁ、…」
 こんな反応は想定外!いつもの様にパッと輝かせて「綺麗だね」と彼が言ってくれるのを待っていただけ。妖しく色香の強い彼に気圧されて髪を掬いとられている。

「答えて欲しいな。こんなに綺麗なのは誰のため?」
 大好きな彼に艶っぽく懇願されて、腰が砕けた。自分で自分を支えられなく彼に寄りかかることで精一杯。彼に似合う大人の綺麗な女性なんて『ないものねだり』したバチが当たったんだろうか。
「っと、大丈夫かい?」
「大丈夫じゃない…!」
 すっかり腰が抜けてしまってそれどころじゃない。
「さっきからすれ違う男達が君を見ていたのを知ってる?俺は限界だよ」
 そんなの知らない。だから見せつけるように近かったの?

「狙いどおりに歩けないみたいだし…。君が許してくれるなら、深い夜の街に拐っていいかな?」

3/26/2023, 11:57:20 PM