彼が街を歩いていた。戻りはまだ先と聞かされていたから大事ない姿を見れたことが嬉しく、驚かせようと後を付いていった。
人通りから離れ、暗い路地裏に人と彼が吸い込まれていく。あまりの暗さに戸惑い、耳をそばだてた。
彼と誰かの話し声がする。あんなに冷えた興味のない声を聞いたことない。諍いが起きそうなピリリとした空気はすぐに破れて続いてて耳に届いたのはくぐもった声とぐしゃり、どちゃ。まるで水溜まりに物が落ちたような。
彼に怪我はないだろうか暗がりに一歩踏み出すとガラス片を踏んだらしい。慣れない暗闇に彼のジャケットが見える。
「この先は何もないよ」
私が付いてきたことを分かっていたような口ぶり。
「でも」
「お願いだ帰ってくれ、君に見てほしくない」
人影が…、怪我はないの?と聞けなかった。振り向かないけど威圧的で見たことない彼に気圧されて
「…わかった」
何かおかしい、怖いと訴える心を『何気ないふり』をしてひた隠して、来た道を戻るしかなかった。震え始めた自分自身を抱きしめて焼き付いてしまった光景を振り払う。追いかけてはいけなかった。
あんなに人が吸い込まれて行ったのにひどく静かで、彼のブーツに鮮やかな赤が付いてたなんて、奥から広がって「見てほしくない」なんて…。たどり着いてしまう答えは…
「そんなの、嘘。」
3/30/2023, 11:28:33 PM