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3/14/2023, 10:33:06 PM


 目の前で起きていることが現実なのか、理解が追いつかず何も聞こえない。内側でぼぅっとした音らしきものがするだけだった。
 可能性は低いが、あり得ない訳じゃない。俺達が生きている世界は生死との境が近いから

 事切れた君が、故郷の雪原にいるなんて。そんな馬鹿なこと。

 何度も繰り返し触れ合ったあたたかな熱があった筈なのに氷のように冷えきって、もうどこにもなかった。青白い顔に白い花が落ちる。
 隠さないでくれと、連れ出したいのに君をその場から動かすことができない。雪だけ深く君が埋まって……次第に息苦しく、視界が霞んだ



 額が冷たい…。目もとを押さえられる感覚に意識が浮上した。

「うなされてたよ。つらい?」
 心配そうに覗き込む君がいた。首筋に手が行き、その手のぬるさに驚いていると「まだ熱は引かないね」と。
 俺は風邪を引いているらしい。
 「食欲は?喉渇いてない?」甲斐甲斐しく看病をしてくれる君がいてあれは夢だと。ベタベタした顔や体を拭われて悪いものまで拭き取ってくれたかのように呼吸がすっと軽くなった。

「また様子見に来るね」
一通り世話をし終えて出ていこうとする君を掴む。

「無理なお願いって分かってるけど、一緒に寝てくれないかな…」
 風邪を移したくはないが、あの続きを見てしまいそうな不安と風邪を引いた心細さで、1人になりたくはなかった。手の震えはどちらからきたのか

「…いいよ。私も心配だったから」
 空けたスペースに君が入ってくる。冷たくはない、俺の好きなあたたかさ。胸元にすり寄って額を押し付けた。
「子どもみたい」とクスクス笑っている。

「おやすみなさい、良い夢を」
 
 見つめる瞳は穏やかなもの。あの夢の君も『安らかな瞳』だった気がする。それだけが救いで、耳に届く心音にゆっくりと目を閉じた。

3/13/2023, 10:40:33 PM

 一緒に出掛ける時、行き交う人にぶつかることがないように壁になってくれる彼。たまには私が、とすすっと場所を移動して壁の役割を代わろうとすると
「君は俺の腕を守ってて」
 巧みに言いくるめられて踊るよう元の位置。手を繋いでいたはずが腕を組んで歩くことになっている。一枚上手…。段差があればひと声掛けてくれるし適度に休憩を挟んでくれる。街道の梅の花は満開でコブシも大きく花を咲かせている。すでにいくつか散りはじめ、街道に白い絨毯が敷かれる日も遠くはなさそう。この街道は私には上品すぎるから、ピンクの梅も植えたら良いのに。アクセントになって素敵なはず。

「すっかり春だ」
「梅も咲いたし、最後は桜だね」
 薄ピンクの絨毯も素敵だなと思う。残念なことにこの地域では桜を見ることはなかった。
 丸い可愛い花弁がひらひら舞って彼の頭に。癖っ毛の髪にちょこんと載っていた。
「背が高いから飛び乗りやすいのかも」
 数段上に行き梅の花を払い終えると、彼も同じ段へ上ってくる。身長が高いなと見上げていると
「君にも載ってる」
 私にもお友だちが載っていたらしい。「ほら」と見せてくれた。
「私、気付かないで歩いてたの?」
「似合ってたよ。もう少し見ていたかったな」
 なら私も彼に載った花をもう少し楽しんでもよかった。ちょっと損した気分の私の頭をぽんぽんと撫で

「次は桜を見に行こう。来年もその次も『ずっと隣で』梅でも桜でも払いながらさ。」
 彼の笑顔と柔らかい声にとても弱くて。
『ずっと隣で』彼と笑い合えるなら、こんなに幸せなことはないと思う。

3/12/2023, 10:33:05 PM


 お風呂上がりで濡れた君の髪を乾かすのは俺の役目になっている。
 「お願い」と椅子に座った君からリネンを受け取る。髪を傷付けないように吸水性の良いリネンに水分を移し、ある程度水気が抜けたところで温風を吹き付けて、櫛ですく。
 髪が乾く頃、シャンプーが香る指通りの良い髪に顔をうずめてみたい衝動に駆られたり、うっかり白いうなじに口付けてしまいそうになったりする俺と違って君の目はとろりとしている。

「眠そうな顔だね」
「乾かしてもらうの、心地がよくて…」
 うつらうつらとする君を起こそうと、うっかり、うなじに吸い付いた。
「う、わっ」
 大げさなくらいに驚いて堪らず、2回、3回と。シャンプーの香りも楽しめて一石二鳥だと気付く。

「シャンプー変えたんだ」
「そう、なんだけど…」
 びくびくと肩を震わせる可愛らしい反応に、どこまでイタズラをしたら白旗を上げるのか知りたくなって、うなじから肩のほそい線を唇で撫でる。小さな息づかいが漏れたが「止めて」と声は上がらない。

 調子に乗って『もっと知りたい』と噛み付いた。恨めしげな君と涼しげな俺。くっきりと残った歯形は独占欲と優越感の現れだった。


3/12/2023, 9:53:25 AM

 
 梅が綻びはじめ、街道に白い水玉模様ができていた。
 待ち合わせ場所に先にいた友人は私を見つけ、跳ねながら手を振ってくる。そんなに跳ねなくてもちゃんと見えているのに。素直な喜びは私に伝染して足取りを軽くした。
「ごめんね、待ってた?」
「ううん。さっき着いたとこ」

「久しぶり」とお互い笑顔を見せあって茶屋へと入る。
 友人はあんみつを、私は白玉ぜんざいを受け取り店員が緑茶を注ぐ。紅茶やコーヒーを飲むことが多く、片手で数えるほどしか飲んだことがなくてもこの香りはホッとさせてくれるものがあった。あんこが甘い分、味は濃くてちょっぴり渋い。

 友人に会う時、私は決まったことを尋ねる。

「今度はどんな冒険をしてきたの?」
 
 友人は世界に好かれているらしく行く先々で問題が起きる。けれど旅の仲間たちと共に見事に解決してしまうのだ。小さな困り事に留まらず国を揺るがす一大事すら。遠くの国まで語り継がれてここまで届く。たまに私も手伝うことがあるが規模が違う。
 今回も聞きしに勝る物語だった。そこに居るかのような臨場感、聞く度に話が上手になっている。冒険譚と白玉のどちらも美味しくて、こんなに穏やかな場所に国の救世主がいることに興奮が治まらなかった。

「はい、彼から頼まれ物」
 厚めの封筒が手渡される。私と友人が会う本来の理由でお茶はついでだ。
「いつもありがとう。配達員じゃないんだし断っていいんだよ?」

 友人が街にくる時は必ず、彼は私宛の荷物を託した。普通に送ってくれても問題はないのに「何があっても届けてくれるから」と絶対の信頼を寄せている。

「会ってお茶する口実になるからいいの」
 彼は友人が荷物を渡すだけだと思っているらしい。まさかお茶してるなんて考えてもないんだとか。「彼にバレたら面倒だから内緒だよ?」ペロリと舌を出していたずらっ子の顔をする。

 私が友人とお茶をして、街の人たちの『平穏な日常』の一部になっている裏側で、彼は刺激に満ちた日常を過ごしている。

3/11/2023, 6:32:50 AM



「愛があれば平和だと思う?」
「どうかな。愛はあっても世界が平和とは言えないし…」
「確かに…。」
「愛ってさ色んな種類があるだろ?愛情表現だって人それぞれだし。その中には他人とは相容れなかったり、誰かを脅かすものがあるわけだ」

 愛故に独り占めにしたい、求められていない愛を押し付ける、これらは周りや相手が頷かない限り迷惑な行為になるだろう。

「君に触れる事が好きだよ。」
 耳からさら、と逃げ落ちる髪を直して、触れた。
 言葉では伝えきれない、物に思いの丈を詰めこんだって満足しない。だから誰よりも君に触れて、伝え足りない愛を移そうとしている。
 これは君が受け止めてくれるから成り立つものだ。

「もし…」
「…もし?」
「……何でもない」

 言いかけて口を動かすことは止めたが指先は顎の下へ。
 
 もし……
 俺の愛情表現が君のほそい首を絞めること、だったら

 喉の微かな凹凸にとく、とく、と脈打っている様を感じ、苦しげな顔をじっと見つめて「好きだよ」と伝えたら答えてくれるだろうか?それとも狭くなった気道で空気を取り込むことに必死な君は、このまま締め上げられたら事切れるかもと穏やかではないかもしれない。少し見たいという気さえする。…ほら、平和じゃなくなった。

 想像上の君は苦しいにもかかわらず聖母のような笑みを浮かべ腕を弱々しく掴んだ。その一連の流れに別のコトが頭を過ってかぶりを振るう。

「…ずっと撫でてるけど私、猫じゃないよ」
「あぁ、ごめん」

 どうやら君を置き去りにして喉を撫で続けていたらしい。
 君に搔き乱される心中は平和とは程遠い。
 『愛と平和』、俺の中では常に片方が優位にあった。もう片方は、故郷の暖炉の前にでも置いてあるのかもしれない。

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