『過ぎ去った日々』が溶け合った海には後悔が浮いている。追体験したい程の楽しいことや喜びは、潜って探さないといけない。
後悔を掬い当時を振り返ってはため息をついた。
あの時の物言いは失礼だったかな、考えてから行動に起こせば違う結果を導き出せた?私の過去の集合体に後悔先に立たずのことわざが漂う。
浮くのは私の心残りだから。戒めとして次の糧になるようにより良い言葉と行動の種類を増やして可能性を広げるため。
気落ちした日もあれど潜れば優しく元気付けてくれる日々だってちゃんとある。潜って探す過程はまるで冒険者になったようで心が踊ってつい夢中になった。
快晴、汗が止まらないほどの暑さ、水やり、向日葵と彼。とキーワードを並べて記憶の糸を頼りに進むと海中で花の形になって咲いている。彼の誕生花でもあるそれは、溌剌と愛嬌のある彼にとてもよく似合う私の好きな花。
「花はもちろんだけど、種も好きなの」
「縦縞の模様でかわいいよね」
「えっと、食べるほう…」
きょとんとした彼。食い意地が張った女だと飽きれられたかもと、ホース片手に羞恥で赤くなった私に降ってきたのは、朗らかな笑い声だった。笑う彼と向日葵に残った水滴がきらきらと眩しくてずっと見ていたくて、その顔を引き出せたのが私で嬉しかった。
ひとつの行いに注視する後悔とは違い、花を慈しむのと同じ様に五感を使ってその日を丸ごと噛み締めては元気をもらう。不安を感じた時にも潜って勇気を、そっと背中を押してもらった。
人の世で生きていく中の必需品。物を売買するための共通価値。
それを人より多く持っている自負はある。惜しみ無く支援金として出す以外の使い道は、大抵が身内と君への土産、あとは食事代だ。
目的を達成するための手段として無いよりはあった方がいい、くらいであまり金に対する執着は強くない。
『お金より大切なもの』がある。君と家族、それと心。
人については置いておこう。誰だって喜びを共にし、悲しみを分かち合える大切な存在はいるはずだ。
心臓や脳は解体して取り出せるが、心だけは目にすることができない。この中身を持ち主である俺自身よく分かっていない。
ただ、ここまで俺を突き動かしてきたものは間違いなく心だった。高みを目指す為に奮い立たせ、愛しい者にはたくさんの想いを寄せて生きてきた。立場もあるので感情のまま振る舞うことがないように自制もしてはいる。
お金のように増えているのか減っているのか通帳を開いて分かるわけではない。気が付けばすり減っていることすらあり、増えすぎていることすら。管理しにくいのが難点だ。
青白い月は色のせいか形のせいかヒヤリとした冷たさと鋭さがあった。まるで彼の故郷の雪みたいな色。三日月を背負って立つ彼は私の知らない顔をしているのだと思う。月の魔力が彼の青い瞳をより魅力的に引き出していたら私はその場から凍り付いたように動けない。きっと彼はそんなことないと笑うだろうけど。
私が好きな月は黄色ではなくオレンジ色。満月を過ぎた後の色は、暗い夜空にうっかり夕日が昇って来たみたいで私の目にはとても面白く映る。
今昇っている月がまさにそれなのだ。暗い空に煌々と輝く夕日は冷えた夜をほんの少しだけ暖めてくれる、寂しさを感じた時は特に。
窓から、そんな『月夜』を眺めて想像することが好き。
繋がった空の先にいる彼も、同じ月を見上げているのだと思えば、うっかりな月にも助けられて寂しさも少しは和らいだ。
目を極力合わせず話をして、行動する時は一定の距離を保つ。
分厚過ぎる壁を除けようとどれ程の労力を費やしたことか。時間があれば食事に誘い、箸の進み具合で味の好みを探る。ある時は共通の友人を交えて危害は無いよと振る舞った。君が困る事があれば誰よりも早く手助けできるよう目を光らせていたし、その事は部下や友人に知らせて協力してもらったりと必死だったわけだ。何せ出会い方が悪かったのだから。
君の警戒心がするすると解けたのは家族と故郷の思い出話を披露したある夜のこと。「素敵だね」と初めて目を合わせ、話を、家族を褒めてくれたことは忘れもしない。内から広がる嬉しさで俺の手は震えていた。
常に分厚い壁を作っていた君との『絆』をやっと、手に入れた瞬間だった。
時間を経て、君との仲はだいぶ深いものにできた。簡単に切り離せはしない。ただ、君の友人の中には、俺を良く思わない人間も僅かながらに残っている。
君を絆して隠した後、自分こそ正しいと信じて疑わない彼らとの『絆』を、俺が絶ってあげる。
せっかく傾いた天秤を戻させるような行いを俺が黙って見逃すわけがないじゃないか…!
彼の隣へ腰かけて癖のある髪へ手を伸ばし、そのまま撫でる。前髪の跳ねを抑えようと何度も撫ですいてみるも、手が離れた途端に元通り。ピョコンと元気が良い。
「?」
彼は突然のことに疑問符を浮かべていた。他の男性よりも大きい瞳は真ん丸になって成人男性にもかかわらず、幼くあどけなさを残している。猫っ毛を堪能するべくしばらく撫で続けた。驚いていた彼も心地よくなってきたのか体を私の方へ傾ける。知らず知らずのうちに彼の頭を膝上に招待していた。気付いたのは彼の頭の重みで、無意識だった。
「いらっしゃい。撫で方嫌じゃなかった?」
「気持ちいいよ。急にどうしたの?」
「『たまには』うんと甘やかさないとって思って。」
前髪をかきあげて現れた額にキスを1つ。ちゅ、なんてやけにかわいい音だった。
「甘えて良いならこのまま眠っても?」
真ん丸になっていた目がとろんと夢見心地に伏せられて、彼の声も眠気を含んだものへ変化している。
「うん、いいよ。好きなだけ眠って?」
「じゃあ、あとおやすみのキスを頂戴?」
午後の日差しが微睡むにはうってつけで、私もうとうとしながらおやすみのキスを贈ると彼の腕が伸びて体勢が戻せない。くつくつと喉で笑った彼と合わせた唇はしばらくそのままだった。