店頭に並ぶ眩い宝石を1つ手に取り、商人の説明を受けながら様々な角度に傾けて傷や表面の磨耗などないか確かめ買い上げた。いつものように数件先の店へ赴いてアクセサリーに加工して欲しいと頼む。
「この間のデザインと対になるように頼むよ」
「畏まりました」
完成まで時間を潰すべく他の店を覗いて見ようかと、大通りへ石畳を鳴らして行く。商業の街と言うだけに活気盛んだ。食材の売り込みの声がひときわ大きくて、かなり離れているのに俺目掛けて呼んでいるかのようだった。
ショーウィンドウのマネキンの前で足を止める。まだ肌寒さは残っているがガラス越しの人形達は次の季節の装いをしていた。
プリーツスカートのワンピースは羽のように軽そうな春色の生地で、君の持っている靴と相性が良さそうだった。想像上の君を呼び出してイメージする。足首で留めるストラップのパンプスを履き、歩く度にスカートがヒラリと動く姿。手をとり歩く前に、後ろから少し開いた背中を眺めてもいいな…。
「ふふっ」
春物として持っても困らないだろう、と店員にサイズがあるか尋ねて、薄い上着も1着選び包んでもらった。流行が集うから次から次に目移りしてしまい、アクセサリーを受け取る頃には
「しまった…」
思いのほか買いすぎた…。俺個人の物が2割と家族のお土産が3割。残りは…君へのプレゼントだ。
両腕で抱えて君の部屋へ向かうと玄関先でちょっとだけ呆れている。君から見ると箱が喋ってるように見えるんだろうな。
「もっと、自分のために使ってよ」
「俺の『大好きな君に』使ってるところだよ。自分の物だって家族のお土産だって買ってる」
服やアクセサリーが目に入ると隅っこから君が顔をだして、ついつい考えてしまう。俺が贈った物で君を着飾れるなんて最高じゃないか。気に入らないなら買い物に付き合って悩む君をずっと見ていたいくらいだし。
「俺のためにさ、これを着てデートしてくれると嬉しいな。そしたら君の着たい服を買ったり、俺を見立ててくれたって良い」
君の台詞をしっかり打ち返す。「ね?」と首を傾げると
「……次はいつ時間がとれそうなの?」
箱を開け、目を細めた君は春色のワンピースで顔を隠しながら次の予定を聞いてくれる。
「私もあなたの春物を見立てたい、かな」
だって…!だらしなく口元が緩むのを抑えられそうになく、また『大好きな君に』何を贈ろうか、と考えてしまう俺がいた。
君の部屋に加わった新しい置物は、華美な着物を纏ったデフォルメされた男女が1対になって座っていた。
異国で見たことがあったような…。見る者を感心させる細部まで作り込まれた着物や頭の装飾品は、やはり手先の器用なあの国の職人によるもの。
「ひな人形って言うんだって。『ひなまつり』に欠かせない飾りらしいよ」
「お祭り?何を目的にしてるって?」
「女の子の成長。文化について教えてもらってたら、話を聞いてた近くのおばあさんがお菓子とかお花を持たせてくれてね…」
「なるべく早めにって」苦笑しながら持ってきた紙袋から次々でてくる。
白い飲料、大きさはポップコーンに似たパステルカラーのお菓子、ひし形に整えられた三色のお餅と葉にくるまれ桃色に着色された
「これは知ってる、桜餅だ。」
カバンの口からずっと顔を見せていた桃の花もそうらしい。ひな人形はお下がりらしい。
「桃の節句とも言うんだって。」
「まさに桃色だね」
食卓の上は桃色好きにはたまらない状況だろう。白い飲料が差し色になって、これは甘酒だと教えてくれた。口にしたことはない、カクテルとも違うジュースのような味だ。
「男の子の成長を祝う行事もあるらしいよ」
「その時は何を?」
「えっとね…鎧と龍みたいに大きい鯉?」
「鎧…?」
鎧は戦うために身につける物のはず…。大きな鯉との戦いの準備かな。どう参加したものかと考える俺を見て君は慌てて説明が悪かったと謝った。
「た、戦わないからね…!平和なお祭りだから…!」
「なんだ残念。」大きな鯉、機会があれば戦って見たかった。
桃の花を手折って君にかざす。
「お姫さまを守るための訓練かと思ったよ」
先のとがった花弁は、桜とも梅の花とも違った。愛らしい色を持ちながらシャープさを兼ね備えた姿はどことなく君に…
いや、似合ってるけどこれじゃないな。
湖に投げた浮きがプカプカと水面で遊んでいる。浮き沈みが激しくなって掛かった!と、しなる竿を引っ張り私は肩を落とした。半透明の糸に付いた針金の餌だけ綺麗になくなっていた。
「食べたなら挨拶くらいしてくれればいいのに」
魚側からしたらたまったものじゃないけど、そろそろ姿を見たい。私は彼に教わって釣りをしている。
「今日の魚は手強いみたいだね。釣れなくても後日また来ればいいじゃないか」
釣りに焦りは禁物だよと先生のありがたい教え。だけど、先生のバケツの中にたくさんの魚がいることを忘れてはならない。
「先生は好調ね」
「たまたまだよ。そんなに釣れる釣れないに拘りはないんだ」
「そう…。初心者だって分かっちゃうのかな」
餌の付け方とか、釣竿の捌きかたとか。
私のバケツに魚が泳ぐことはなく餌だけが減っていった。魚たちが食べ放題だと水面下で踊ってるような気さえする。もう残り少ない。たくさんつけて賭けてみようか…
「私の『たったひとつの希望』…」
「言葉が重いなぁ」
「釣れたら夕食のメインにするつもりだったから」
1匹くらい釣れるかな、と。魚だって必死に生きている、釣り針に餌をつける作業だけ様になって、水面に映っているのが悔しいところ。
最後の1勝負。投げようとする私に彼の待ったがかかる。
「かわいい生徒の為に手を貸してあげようか」
彼に後ろから抱き込まれ釣竿を一緒に持つことに。どぎまぎした私は糸が引かれても分からなかったけど、彼のアシストで記念すべきメインディッシュを釣り上げたのだった。
初めて君に触れた時、あまりの肌の柔らかさとみずみずしさにゆびさきから痺れてしまった。
力を入れてしまえばポキリと折れてしまいそうな手首。そのさきの手は華奢な指が付いて絡めるとおずおずと握り返された。それすら細くやわくて。回を重ねても感覚は変わらず研ぎ澄まされていくようだった。
手のひらでは物足りなくて君の頬にそっと口付けをすると朗笑している。指よりも頬の方が、頬よりも唇の方がより心地がよい。体が君を欲して腰を抱いて、逃げることのないように顔を固定して啄んだ。
やはり足りなくなって表面を合わせるものから少しずつ深くしていく。君は受け入れてくれているのに俺の服をきゅっと握る仕草がいじらしくて。
君で満たされたい、満たしたい。『欲望』は留まることはなく溢れ、行為はエスカレートして脳髄から甘く痺れて。くぐもって鼻にかかった声が鼓膜を震わせて空洞を抜けた。
「余裕、ない…?」
「君の前ではいつだってないよ」
完全に息が上がっている。視界が天井に変わっていることに戸惑いつつ俺の熱に気付いた君は
「…もっと?」
「散々してるのに、欲張りかな?」
ふるふると首を振り、頬を赤く染め上げながら両腕を開いて俺を迎えてくれるんだ。
そしてまた底のない『欲望』が渦巻いていく。
俺宛に届いた家族の手紙。中を読めば末の弟の拙い文字で故郷の祭りの事が記されていた。
「あぁ、もうそんな季節なのか…」
故郷の春を迎え入れる祭りが始まったと。末の弟は妹や兄の助力ではじめて祭りに欠かせないクレープのような生地を焼いたのだとか。きれいなまん丸になるはずがうまくいかず、俺の見様見真似で薄く伸ばした箇所が破けて顔になったそうだ。それは便箋の隅に描かれていた。
「ははっ、本当だ。見て、俺の弟がはじめて料理をしたんだ」
君に弟の絵を見せる。顔を持って困り顔をした弟にそれを見てニコニコ笑う家族の絵。後ろから覗き込んだ君の髪の毛がかかって首をくすぐられる。次は耳も。
「かわいいね」
絵の下にお兄ちゃんが作ったのが食べたい!と書かれているのが、尚かわいい。
「俺もはじめて作った時は上手く焼けなかったよ」
「何でも器用にこなせそうなのに意外」
「諺にもなってるくらいだから、あれは通過儀礼だね」
「春のお祭りの料理が。」
「年々上手くなっていくんだ。…春が来たら大分過ごしやすくなるよ」
雪は相変わらず降るけど、寒さも和らいで長い間吹雪いたりしないし、帰り道を見失うこともない。
「君の好きな季節のうつろいがゆっくりと見られるんだ。寒がりな君をそろそろ故郷に招待したいんだけど」
肩に置かれた君の手に一回りも大きな手を重ねると弾んだ声が返ってきた。
俺の故郷。ここからは遥か『遠くの街へ』君を連れて行く日はそう遠くない。