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1/28/2023, 9:37:23 AM

 
 名前を呼ばれた。
 
 相手を想っていることが声色に表れて、春の陽気のように温かいそれに、荒んだ気持ちと顔の強ばりがほぐれていく。どうやら不機嫌が顔に出ていたらしい。
 
 つられて俺も君の名前を呼び返した。

「どうかした?」
「大変そうだなって。書類とここにシワが寄ってる」
 君の指先が眉間ちょん、と触れる。資料の端も強く握っていたためくしゃりと形を変えていて、これはいけないと慌てて伸ばす。

「少し休憩しよう?お茶淹れてきたの」
 紅茶と洋菓子が机の上に乗せられてソファに座る君。
「戻らないのかい?」
「私が部屋から出たら仕事始めちゃうでしょ?監視してるの。部屋から出る以外なら何でもするから」
 
「じゃあもっと名前を呼んでくれる?」
 あの温かさを何度も感じとりたくて、近くで聞きたいと君の隣に座る。
「それ以外にも出来るのに」
「それ以外は仕事が終わったご褒美にもらうよ」

「好きなだけ呼んであげる」
 鈴を転がすように笑って君は俺の名前を呼んだ。
 わがままに付き合ってくれる君の『優しさ』に包まれるようだった。

1/26/2023, 10:35:26 PM

 



 店を閉め、後片づけを終えた店の主たちはやっと家に帰れると店の灯りを落としだす。
 ひとつ、またひとつ。建物が影をひそめていく。
 街の灯りを消す音がここまで聞こえてきそう。あんなにきらびやかだった街が寝静まっていくこの瞬間が私は好き。
「最後の灯りが…」
ろうそくのように次第に灯りが小さくなり、やがて消えた。
「真っ暗だね」
 目が慣れていたため彼の言う真っ暗という程でもなかった。なんとなく青が混ざっているような黒。街から遠くない海のさざ波が聞こえてきた、気がする。
「そろそろ寝ないと。おいで」
 彼が言っていた「真っ暗」は街のことじゃなかった。
 かなり遅い時間、『ミッドナイト』ブルーに染まった街を眺め終えた私は、声を頼りに部屋の中、彼を探すのだった。

1/25/2023, 11:46:17 PM

 


 言わずもがな、となりに彼が居ると心がぽかぽかと温かくなって擽ったい。ぬくもりに身を委ねると、最後には眠くなるというおまけ付きで私は彼に好意と『安心』を抱いている。
 

 すやすやと俺の肩に頭を乗せて寝てしまった君。信頼してくれていることに安堵しつつ、もしかしたら君は他の人にも無防備な姿を見せている?俺以外に穏やかな寝顔を見せているかもしれない。考えだすと黒い感情が渦巻いて『不安』になった。
 弱さも強さも知っている、好きでたまらない相手。好みに嫌いな物は自然と覚えている。過ごした日々はまだ浅いが、それはこれから増やしていくつもりだ。


 心地よく眠っていたのに夢見は良くない。彼が仕事の付き合いで女性と歩かなければいけない時、わかる範囲で教えてくれるのに私の心は滅茶苦茶で肺と胃の中間がぎゅっとなり、食事が喉を通らなくなる。
 私が彼にどっぷり依存している証拠、もしかしたらと『不安』で気持ちが沈み込んでく。面倒臭い女だと思われたくなくてでも誰かに取られてしまうのは怖くて、

「これからも傍に居て」
静かに目を開けて彼にそう告げる。重いかもしれない。

「君の隣は俺だけの場所だよ」
 独占欲を隠すことなく君と自分に言い聞かせ、君の本心が聞けた嬉しさに俺は『安心』を得た。




1/25/2023, 9:16:40 AM

 

 歩きなれない白の道、前のめりに倒れそうになるのを何とかこらえて、ボスンと尻餅をついた。
 …想像より埋まってしまった。埋まったことで雪との距離が近くなる。辺り一面の銀世界、その一部になった気分だった。真っ白でさらさら、ではなく少し水っぽいのは太陽が表面を溶かしているから。
「急に静かになったからびっくりしたよ」
 私の前を歩いていた雪国育ちの彼は、歩きにくい道など存在していないかのようにあっという間に。目の前に手を差し出した。

「そのままだと冷えてしまうから手を取って」

 太陽を背負って戻って来た彼の顔は逆光で見えないかと思っていたら、雪がレフ板の代わりになっていたらしい。
握り返すとニカッと笑って力強く引き上げてくれた。手袋越しだというのに
「ほらもう冷えてる。早く帰って暖まろう」
 今度は見失わないようにと、しっかり手を握られて暖かな家を目指し歩いていく。

 『逆光』の中で見た顔も素敵だったと、彼に伝えるのは帰ってからでも遅くない。

1/24/2023, 3:42:16 AM

 ゆるゆるの頬を抑えて君は朝からご満悦。

「朝から頬っぺたが落ちそうだね?」
 美味しいものを食べた訳ではない。だって朝食はこれからだ。
「良い夢を見まして」
 話しかけても夢を思い出しているらしく、手はそのまま首を左右に振って照れていた。あまりみない行動を可愛らしく思うも、疑問が浮かぶ。

 …君が照れる夢ってなんだ?良い夢で照れる。小動物に囲まれるとか?もふもふした生き物に囲まれるのが前に夢だって言ってたし…。

「取り合いをされる夢だったの。引っ張られて、えへへ。」
 君を取り合う?
「待って。俺じゃない誰かを気に入ってるってこと?」
 聞き捨てならない、一体誰が君の夢に入り込む許可を得たのか。君が思って夢に見てしまう程のそいつは、例え犬だろうと俺の敵だ。
「夢とおんなじことしてる」
 両の手を握られた君は動けず顔を見ていた。俺は君の夢を見てないからわからないが
「俺、いたの?」

「分裂してたくさんね。」
「分裂。」
「かわいかったり、かっこ良かったり、真面目だったり、料理好きだったり、猫耳がついてたり…」

 目を閉じ、どんな俺がいたのか紹介される。アメーバなのだろうか…。最後の方なんて君の趣味を垣間見た気がする。猫好きだと今知った。
 見てた夢とは俺がたくさんいる夢らしい。君が好きって気持ちは、誰にも負けないし、喜んでくれるなら越したことはないが、いくらなんでも

「俺多すぎない?」
「大好きが集まりすぎて楽園だったよ。それで『どの俺が好き?』って聞かれて答えられなくて」
 思いの外、混沌としている空間のようだった。だが君の話の先が読めた。夢の中でも俺は俺だ。

「乱闘が始まったんだ?」
「始まる寸前。で目が覚めて考えてみたんだけど…」

 一呼吸ついた君がまっすぐ見つめるから続きを待った。
「私が知らない部分もまだあるでしょ?それも含めて、全部まとめたあなたがいいなって。」
「欲張りだねぇ。俺も君がいい。君だけがいいんだ。」
 
 さて朝食にしようか。「料理上手な俺」が君のリクエストになんでも応えてあげるよ。



『こんな夢を見た』

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