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 名前を呼ばれた。
 
 相手を想っていることが声色に表れて、春の陽気のように温かいそれに、荒んだ気持ちと顔の強ばりがほぐれていく。どうやら不機嫌が顔に出ていたらしい。
 
 つられて俺も君の名前を呼び返した。

「どうかした?」
「大変そうだなって。書類とここにシワが寄ってる」
 君の指先が眉間ちょん、と触れる。資料の端も強く握っていたためくしゃりと形を変えていて、これはいけないと慌てて伸ばす。

「少し休憩しよう?お茶淹れてきたの」
 紅茶と洋菓子が机の上に乗せられてソファに座る君。
「戻らないのかい?」
「私が部屋から出たら仕事始めちゃうでしょ?監視してるの。部屋から出る以外なら何でもするから」
 
「じゃあもっと名前を呼んでくれる?」
 あの温かさを何度も感じとりたくて、近くで聞きたいと君の隣に座る。
「それ以外にも出来るのに」
「それ以外は仕事が終わったご褒美にもらうよ」

「好きなだけ呼んであげる」
 鈴を転がすように笑って君は俺の名前を呼んだ。
 わがままに付き合ってくれる君の『優しさ』に包まれるようだった。

1/28/2023, 9:37:23 AM