「あの時やり直せたらって思ったことある?もし過去や未来に行ける機械があったら使いたい?」
君はいつだって突拍子もないことを言い出すんだ。さすがに考えたことくらいあるが、今の自分を否定する結果になるから過去は変えたいなどと思わない。もし、死んでいった戦友を助ける術があったとしても必ずどこかで埋め合わせが起こるだろう。全てはなるべくして起こった事。
それに過去が変わったら君に会うことがないまま過ごす可能性が高い。そんなの君を知った俺には堪えられそうになかった。変えるとは何かを失うことでもある。
「未来だって気にならないと言えば嘘になってしまうけど、俺はどちらにも行きたいとは思わないな。」
まるで俺の答え知っていたのかのように君は穏やかに笑っていた。
「いつも前を向いてるからそう言うと思ってた。」
分かってるのにわざと聞いたのか。君は俺を理解してきたみたいだね。そうこなくては。
「未来でも見てきた?」
「まさか。読んだ本に蝶の羽ばたきひとつで世界が変わるって書いてあったから、私達が会えたこと実はすごいことなんだなって。」
もし機械が本当にあるなら使いたい人間はごまんといるだろう。君の話したようにほんの些細なことで君との関係が変わってしまうなら…
「…誰かが使う前にその機械を壊しておかないと」
「例えの話しだって…!」
実際にあったら俺は、機械が存在する限り何処へでも破壊しに行くだろう。慌てだす君に冗談だよと、向かい直した。
「過去は教訓になり学びを与えてくれる。そうやって積み重ねて、欲しい結果は自分で掴むものだよ。君が良いって言うならこの先も俺と…どうかな?」
この先は君次第。とりあえず首を長くして待つことにするよ。
頬を染めはじめた君は俺に何て言うのだろう?いくつも予想をたてるけどわからないから未来は面白いんじゃないか。
あ、でも「君の未来の旦那様だよ」と小さい頃の君に会って言ってみたかった。
『タイムマシーン』があったなら
目を閉じて数分経っても枕やシーツの境界線があやふやにならず、意識がはっきりとしている。枕の高さを整えて、向きを変えても眠ることができない。窓から月の位置を見てもあまり進んでないようだった。
ほどほどに疲れているはずなのに…。
もぞもぞと起き上がると寝室のドアが開く。彼が帰っていたらしい。
「お帰りなさい」
暗がりに上体を起こした私にぎょっとしたようだった。
「た、だいま。先に寝てたんじゃ…、もしかして起こしちゃった?」
「違うの、寝つけないみたいで」
「冷えているのかもしれないね」
指を絡め取られても彼のぬくもりを奪うことはなく、体温は2人同じで。離したくなくて、にぎにぎと指に強弱を入れて遊ぶとニコニコしている。
「あはは、全く冷えてないや。むしろあたたかい」
「だからちょっと困ってます」
「じゃあ、何か作ってあげるよ」
「寝に来たんでしょ?寝なくていいの?」
「君が困ってるなら話は別さ」
おいで、と手はそのままキッチンに備え付けられたカウンターへ案内される。彼は小鍋と何かの瓶たちを用意して、「君は待ってて」と作り始めた。1個は蜂蜜だと分かったものの、もう1個の瓶は彼に隠れている。故郷の歌を口ずさむ彼の背中を見つめて何が出来上がるのかを待った。
コンロが静かになり、程なくして差し出されたマグカップ。
「火傷に気を付けて」
溢さないようにしっかり持ち、熱いのは苦手だから何度も冷ました。その様子を彼はじっと見ていて「そこまで熱くないよ」と笑われてしまう。
私が猫舌なのを知ってるくせに。猫…だからホットミルク?
マグカップを傾けるとまろやかな甘さのあとに微かにお酒の味。
「…ブランデー?」
「そう、大人の隠し味。苦手だった?」
「ううん、お酒として飲むよりこうやって混ぜたほうが好き」
一日の出来事をお互いに話して、一瞬まどろんでいた。
「瞼が落ちそうだねぇ」
「あと少し、だけ…」
さっきまで寝つけないと悩んでいたのに今は眠るのが惜しい。彼と話したいのに
「ベッドに運んであげるから話していいよ」
横抱きにされて気恥ずかしいが素直に甘えることにした。振動と体温と彼の声が心地よい。瞼が落ちきる前に言っておかないと
「あなたがいるだけでいつもの景色も違って見えて全部が大切で…。今だって、私にとって『特別な夜』になってる」
「うん。俺も君がいると同じ。」
「それで、」
言いかけていると熱が逃げてしまったベッドにそっと下ろされて、唇が塞がれた。
おやすみのキスとは違う、ブランデーのように濃厚なそれにくらりとする。
「寝かせてあげるつもりだったのに可愛いこと言われたら…。ねぇ、もっと『特別な夜』にしてあげようか?」
君が眠気に耐えられるなら、だけど。
彼と、あの子がお似合いだと、街で噂が広がった。
困っていた街の住人を二人が助けたことがきっかけで、息のあった連携で抱えていた問題を鮮やかに解決へと導いた。住人は言う「お二人は素晴らしいパートナーなんですね!」と。
彼とあの子は趣味があって、家族を大切にして、共通点がたくさんで努力家で…互いに磨きあっている。専門分野が違う私は、それを側で見守って応援しているだけ。
街の権力者を助けたあの日からなんとなく予感はしていた。
彼らは大々的に取り上げられ、評判の悪かった彼も街の英雄のあの子のお陰で改心したのだとか、恋の力で…だとか、お似合い以外にもどんどん尾ひれがついて、周囲は彼とあの子をくっつけようとしている。
手を伸ばせばすぐに掴めるはずなのに、彼を遠い人のように感じ始めて。
「あなたもお似合いだって、そう思うでしょ?」
賛同を求められて限界だった。もう聞いていられない、見ていられない。ここで私は呼吸ができない。
その場に居られなくなって逃げるように海へと駆け出した。
二人が困った顔をしていることに街の住人も海に走っていった彼女も誰も気付いていない。
私の、彼のはずなのに。隣に居たくとも私の居場所ではないらしい。
彼の立場を考えて付き合っていることは隠していた。
あの子と彼は美しい物語に仕立て上げられ街の住人は自分たちで作ったそれに酔いしれている。今さら名乗り出たところで噂に勝てる美談などはない。
あの子はとても良い友人で、周りに流される子ではないと分かっているのに。もしかしたら彼の、こと…。
考えてしまったら現実になりそうで、波なんてお構い無しに衝動のまま。冬の海の冷たさはあっという間に足の感覚を奪った。腰まで浸かる頃には先へ進むことができなくなった。波に少しずつ押されていって、砂浜に逆戻り。 もっと深くまで行ければ、波がさらってくれればよかったのに。
砂浜の上のにずぶ濡れで砂まみれになって寝転がる。
…中途半端だ。
起伏のない土地がここで仇となった。辺りは一面の砂浜。
見上げれば街の灯りではっきりとしなかった星たちがきれいで、滲む視界でより輝いていた。
「本当ならね、
崖でもあれば身を投げ出して
沈んでいく最中に海の織り成すグラデーションを
彼の瞳に似た色を目に、体に、焼き付けて
さいご
『海の底』でひとり朽ち果ててしまいたかったの」
震えた言葉は波のように揺らいだ。
「…俺が『底』まで君を追いかけないとでも?」
海と星空だけに胸の内を明かしたはずだった。息を切らせた彼に骨が悲鳴を上げるくらいきつく抱きしめられるなんて、思ってもみなかった。
入水をする程に強がりな君を追いつめた。とっくに限界を越えていて、砂浜に倒れているような濡れた影を見た時、生きた心地がしなかったがちゃんと生きている。
君に好かれているのか不安であの言葉をすぐに否定しなかった俺を許してくれだなんて言わないから。
『海の底』に連れ去れたらいいのにって思っていることを君は知らないだろ?
そこは陸に帰ることもできず、俺無しでは生きられない、二人だけの世界。
深いふかい、まっくらやみに閉じこめて君を独り占めにして、どうか俺だけをその目に映して、と。
心の奥底から『海の底』よりも厄介で暗く重い何かが、顔を出していることも。
出先で見た景色、食べた料理、面白かったこと
便箋いっぱいに埋め尽くして思いを込めて送る。
これは君宛の手紙。
どう書いたら君に伝わるだろうって毎回考えながら書いていたから、表現がだいぶ洗練された。君に会えない日々が続いて、文章が上達している。
返事の手紙の少し右に上がった字は君らしくて好きだけど、俺の話したことを表情を変えて聞いてくれる君の方がもっと好きだ。
俺の送った内容をひとつひとつ返してくれるから君の話は少なく、手紙だと一方通行。
君の顔を見て、君の体験したことを聞かせて欲しい。
だから今回の手紙には、一言だけ書くことにした。
「君に会いたい」
なんて返事が来るだろう?
『君に会いたくて』仕方がないんだ
びゅうっと風が唸りをあげて落ち葉たちを宙にさらう。
風は冷たく頬を刺し、隣にいる彼女も寒いと身を震わせていたはずが、面白いよと正面を指差した。
巻い上がった赤い紅葉に黄色のいちょう、茶色い葉っぱがゆらゆらと地面に着地していく。暖色でまとめられた葉っぱたちのダンスは温かく映る。
「立って見ているだけだと凍えそうだ。俺達も踊ろうよ」
また風が唸りをあげて
葉っぱと、彼女のスカートが舞い上がる。
『木枯らし』と踊る。