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 彼と、あの子がお似合いだと、街で噂が広がった。
 
 困っていた街の住人を二人が助けたことがきっかけで、息のあった連携で抱えていた問題を鮮やかに解決へと導いた。住人は言う「お二人は素晴らしいパートナーなんですね!」と。

 彼とあの子は趣味があって、家族を大切にして、共通点がたくさんで努力家で…互いに磨きあっている。専門分野が違う私は、それを側で見守って応援しているだけ。

 街の権力者を助けたあの日からなんとなく予感はしていた。
 彼らは大々的に取り上げられ、評判の悪かった彼も街の英雄のあの子のお陰で改心したのだとか、恋の力で…だとか、お似合い以外にもどんどん尾ひれがついて、周囲は彼とあの子をくっつけようとしている。
 手を伸ばせばすぐに掴めるはずなのに、彼を遠い人のように感じ始めて。

「あなたもお似合いだって、そう思うでしょ?」
 賛同を求められて限界だった。もう聞いていられない、見ていられない。ここで私は呼吸ができない。

 その場に居られなくなって逃げるように海へと駆け出した。

 二人が困った顔をしていることに街の住人も海に走っていった彼女も誰も気付いていない。

 私の、彼のはずなのに。隣に居たくとも私の居場所ではないらしい。
 彼の立場を考えて付き合っていることは隠していた。
 あの子と彼は美しい物語に仕立て上げられ街の住人は自分たちで作ったそれに酔いしれている。今さら名乗り出たところで噂に勝てる美談などはない。

 あの子はとても良い友人で、周りに流される子ではないと分かっているのに。もしかしたら彼の、こと…。

 考えてしまったら現実になりそうで、波なんてお構い無しに衝動のまま。冬の海の冷たさはあっという間に足の感覚を奪った。腰まで浸かる頃には先へ進むことができなくなった。波に少しずつ押されていって、砂浜に逆戻り。  もっと深くまで行ければ、波がさらってくれればよかったのに。
 砂浜の上のにずぶ濡れで砂まみれになって寝転がる。

…中途半端だ。

 起伏のない土地がここで仇となった。辺りは一面の砂浜。
 見上げれば街の灯りではっきりとしなかった星たちがきれいで、滲む視界でより輝いていた。

「本当ならね、

 崖でもあれば身を投げ出して

  沈んでいく最中に海の織り成すグラデーションを

   彼の瞳に似た色を目に、体に、焼き付けて


    さいご


   『海の底』でひとり朽ち果ててしまいたかったの」
 
  
 震えた言葉は波のように揺らいだ。

「…俺が『底』まで君を追いかけないとでも?」
 海と星空だけに胸の内を明かしたはずだった。息を切らせた彼に骨が悲鳴を上げるくらいきつく抱きしめられるなんて、思ってもみなかった。


 入水をする程に強がりな君を追いつめた。とっくに限界を越えていて、砂浜に倒れているような濡れた影を見た時、生きた心地がしなかったがちゃんと生きている。
 君に好かれているのか不安であの言葉をすぐに否定しなかった俺を許してくれだなんて言わないから。

 『海の底』に連れ去れたらいいのにって思っていることを君は知らないだろ?
 そこは陸に帰ることもできず、俺無しでは生きられない、二人だけの世界。
 深いふかい、まっくらやみに閉じこめて君を独り占めにして、どうか俺だけをその目に映して、と。

 心の奥底から『海の底』よりも厄介で暗く重い何かが、顔を出していることも。

1/20/2023, 6:40:08 PM