目を閉じて数分経っても枕やシーツの境界線があやふやにならず、意識がはっきりとしている。枕の高さを整えて、向きを変えても眠ることができない。窓から月の位置を見てもあまり進んでないようだった。
ほどほどに疲れているはずなのに…。
もぞもぞと起き上がると寝室のドアが開く。彼が帰っていたらしい。
「お帰りなさい」
暗がりに上体を起こした私にぎょっとしたようだった。
「た、だいま。先に寝てたんじゃ…、もしかして起こしちゃった?」
「違うの、寝つけないみたいで」
「冷えているのかもしれないね」
指を絡め取られても彼のぬくもりを奪うことはなく、体温は2人同じで。離したくなくて、にぎにぎと指に強弱を入れて遊ぶとニコニコしている。
「あはは、全く冷えてないや。むしろあたたかい」
「だからちょっと困ってます」
「じゃあ、何か作ってあげるよ」
「寝に来たんでしょ?寝なくていいの?」
「君が困ってるなら話は別さ」
おいで、と手はそのままキッチンに備え付けられたカウンターへ案内される。彼は小鍋と何かの瓶たちを用意して、「君は待ってて」と作り始めた。1個は蜂蜜だと分かったものの、もう1個の瓶は彼に隠れている。故郷の歌を口ずさむ彼の背中を見つめて何が出来上がるのかを待った。
コンロが静かになり、程なくして差し出されたマグカップ。
「火傷に気を付けて」
溢さないようにしっかり持ち、熱いのは苦手だから何度も冷ました。その様子を彼はじっと見ていて「そこまで熱くないよ」と笑われてしまう。
私が猫舌なのを知ってるくせに。猫…だからホットミルク?
マグカップを傾けるとまろやかな甘さのあとに微かにお酒の味。
「…ブランデー?」
「そう、大人の隠し味。苦手だった?」
「ううん、お酒として飲むよりこうやって混ぜたほうが好き」
一日の出来事をお互いに話して、一瞬まどろんでいた。
「瞼が落ちそうだねぇ」
「あと少し、だけ…」
さっきまで寝つけないと悩んでいたのに今は眠るのが惜しい。彼と話したいのに
「ベッドに運んであげるから話していいよ」
横抱きにされて気恥ずかしいが素直に甘えることにした。振動と体温と彼の声が心地よい。瞼が落ちきる前に言っておかないと
「あなたがいるだけでいつもの景色も違って見えて全部が大切で…。今だって、私にとって『特別な夜』になってる」
「うん。俺も君がいると同じ。」
「それで、」
言いかけていると熱が逃げてしまったベッドにそっと下ろされて、唇が塞がれた。
おやすみのキスとは違う、ブランデーのように濃厚なそれにくらりとする。
「寝かせてあげるつもりだったのに可愛いこと言われたら…。ねぇ、もっと『特別な夜』にしてあげようか?」
君が眠気に耐えられるなら、だけど。
1/22/2023, 8:31:01 AM