雨と君。
君は雨が嫌いで
私は雨が好き。
君はよく私の傘に入ってきて
にゃあーっと
お礼を言う。
私は雨と君が好き。
雨は君を連れてきてくれるし、
君は私を連れていってくれる。
霧が出る紫陽花の庭、
夏でも雪の降る街、
独特な雰囲気の雑貨屋さん。
どこで知ったのか分からない所へ
君は慣れた足取りで
私を案内する。
今日は峠に来た。
君は峠の分かれ道を
右に行ったところにある鳥居に
足をぶらぶらさせながら座っている
白髪の綺麗な少女の元へ行き、
連れてきたと言わんばかりに
誇らしげに鳴いた。
ここは白雲峠ですよぉ。
お嬢さん、何で神社に?
猫に着いてきただけだと言うと、
あらぁ。
じゃあ多分ネブラスさんに
会わないとですねぇ。
白髪の綺麗な少女は
ひょいっと鳥居から飛び降りると
ネブラスさんという人の所へ案内してくれた。
少女は2本のしっぽがある
猫又だった。
弟子を1人とっているのだと言う。
君の仕事が白雲峠への案内人という事も
教えてもらった。
しばらく歩くと
白髪の少女がいた。
猫又の少女の白髪とは
また少し違う白色をしていた。
白髪の少女は私を見るなり、
単刀直入に言う。
キミに白雲峠に住んで欲しい。
この子がキミを気に入っちゃってね、
キミに会いに行く時間が惜しいほど
忙しくなってきたって言うのに
この子、一向に会いに行くのを辞めなくてさ。
と言ってきた。
どうやら私のせいで
君や他の人たちがさらに忙しいみたい。
"Good Midnight!"
私は峠に住むことを了承し
君の喜んだ顔と、
白髪の少女の安心した顔と、
猫又の少女の
何かを疑うような顔を見た。
誰もいない教室。
どこか懐かしくて
涙は溢れて止まらない。
あの日、
私が君の手を取って
止められなかった日。
君はよく死にたがりの顔をしていた。
だから私は
いつも君を連れ出して
この丸い地球で
面白いものをたくさん見せてあげた。
私が君の世界を広げてあげたくて、
君が見えてない世界は
もっと面白いものがあるんだよって
たくさん教えてあげた。
その度に君は楽しそうに笑ってた。
でも数日経ったら
すぐ顔は元の死にたがりに戻って
何かブツブツ言ってるんだ。
きっと私の見えない所で
君は十分何かに傷つけられてた。
なのに私は気づかなかったんだ。
気づけなかったんだ。
やっと気づいた時には
もう遅すぎた。
私が何を言っても
どこに連れて行っても
君はもう笑ってはくれなかった。
誰もいない教室。
君はこう言った。
ありがとう、もういいよ。
最後に1つお願い。
私と一緒に空を飛んで欲しい。
私でもわかる直球な言葉だった。
正直私は
この地球に面白いものなんて
最初からないと思ってた。
つまらなくて、退屈で、
コンクリートばかりの星。
だから君となら飛べると思った。
そう、思ってしまったから。
私は君を引き戻した方がよかった。
まだまだ面白いものはあるよ。
もう無いと思うなら
私が君を笑顔にさせるよ。
だからさ、こっちにおいでよ。
私と生きようよ、って。
なのにフェンスを乗り越えて
深呼吸して飛んだんだ。
大空に。
"Good Midnight!"
君の手は最期まで震えてた。
私はどこも痛くなかった。
私はそこで初めて
自分が不死身だと知った。
あの時手を取って止めていれば
君を辛いことから
全力で守ってあげていれば
君は笑って楽しく過ごせていたのかな。
信号待ち。
日陰なんかどこにもない
ただ暑い日差しが痛い日だった。
この信号は長いから
なるべく待ちたくなかったのに
どうしても引っかかってしまって、
空を見ていた。
すると
なんだか猫のような少女が
信号待ちに来た。
まるでどこかで会ったことがあるかのように
猫みたいな少女は話し出す。
白雲峠においでよ。
狐に似た人も
フクロウに似た人も
私の師匠も待っているよ。
私は師匠と違って
猫又なのにしっぽが1本しかなかったの。
でも師匠は修行を積めとは言わなかった。
師匠はいつもこう言うんだ。
努力は必ず報われる、なんてことは
絶対に無いんだよ。
努力をしても越えられない壁にぶつかって
それでも努力を続けるから、
無駄な時間ばかりを過ごすんだよ。
私はそんな人を山ほど見てきたから
わかるんだ。
だから努力なんかしなくていい。
君は1本のしっぽでも十分強い、って。
こんな半人前の私でも
ここに居ていいんだって
そう思えた。
だから貴方も白雲峠に
またおいでよ。
誰かと間違われてるのかと思ったけど、
中々話の内容がわからなかったので
少女に目を向けてみる。
少女は猫目で黒髪の綺麗な人だった。
私の視線に気づいたのか
少女は続けて話す。
まあ、
その気になったらいつでも教えて。
あそこの神社に師匠と居るし。
そう言って少女は信号を渡ろうとした。
しかし、ハッと何か思い出したように
振り返り、
忘れるところだった。
貴方のこの先に、
神のご加護があらんことを。
と言って去っていった。
"Good Midnight!"
なんだか心強い一言をもらってしまった。
少し申し訳ない気持ちで
私も信号を渡る。
けど、
一体誰と間違われていたのやら。
言い出せなかった「 」。
声が喉で突っかかって出ない。
人影のない街中。
イヤホンから流れ出すメロディ。
私の言えない言葉ばかり。
かき消すのは蝉時雨と
風にまとった夏の音。
数時間前までは
木陰がそこにあって
雨が降っていて
蝉なんか鳴いてなかった。
でも今は違う。
消え去った木陰は
泣き止んだ空は
私を置いていってどこかへ行ってしまう。
この声は蝉の泣き声。
私の涙の代わりでしかないけど、
昨日の思いも吐き出せない私は
多分蝉に頼るしかないんだ。
夏の夢に染まっていたかった。
いらない思いを消したって
蝉は泣き止まない。
真夜中はいつも思う。
お願い、どうか、
このまま覚めないで。
"Good Midnight!"
なんて願う私を
夕立が洗い流していく。
知らん世界で一人旅を、
昔から憧れてた夏の世界。
目に見えないものが
この世には存在する。
電子マネーもそうだし、
心のキズとやらもそう。
私はそんな
目に見えないものを偏愛している。
実体がないというのが
たまらなく愛おしいのだ。
けどこれは誰にも言えない秘密。
secret loveなんてキザな言葉でも
使っておこう。
音色、言葉、風。
全部を愛していたら
もちろん疲れてくる。
それに人にバレたらあまり良くない。
そこで私は
1つの物だけを愛そうと思った。
私は髪の毛を愛した。
髪の毛に実体はあるけれど
細すぎてこれは無いと言える気がした。
少し前かがみになった時に
肩から落ちてくる髪、
風に吹かれ後ろへなびく髪、
くしで解かされサラサラになった髪。
どれも可愛いと思えるし
ずっと触って痛いし
ずっと見ていたい。
自分の身体の1部をこんなにも好けるなんて
私も「深海のクジラ」に乗ってから
変わったのかなって、
なんとなく感じていた。
"Good Midnight!"
何かを無償に愛したい。
そんな気持ちで乗った未来行きの船、
「深海のクジラ」。
これからもっともっと
私は変わって
何かを好いていくだろう。