記憶の中はいつも
夏の匂いがする。
あの何とも聞き取りにくい
盆踊りの音楽。
夜なのに提灯で明るくて
屋台がいくつもあって
ヨーヨー釣りに夢中な子どもも見えて。
砂利の上をザッ、ザッ、と
下駄で歩く音。
ふと通りすがったのは
狐に似た人。
今日は特に用はないので
話しかけようとは思わない。
人混みを避け
屋台から外れた所に出る。
祭り用の下駄は
いつもの下駄とは少し違うから
歩きにくくコケやすい。
下駄だけでも、と
いつもの高下駄に履き替える。
高下駄というのは
下駄よりも台が高い履物のこと。
重くてこっちの方が歩きにくい
という人もいるが、
私は履きなれている方が楽。
浴衣も少し着崩し、
いつもの着物と
ほぼ変わらない着方になってしまった。
黒いインクを水で洗うと
綺麗な白髪が露になった。
九尾と間違われることが多いが、
しっぽとプライドだけのやつと
一緒にされちゃあ困っちゃうなぁ。
そんなことを言いつつ
しっぽの数を負けているのだけれど。
猫又の私は
狐に似た人と
フクロウに似た人に会いに
わざわざ化けて出てきた。
狐に似た人とは先日話したので
次はフクロウに似た人に会いに行こうかと。
"Good Midnight!"
あれから事は順調に進んで
私ももう化ける必要がなくなった。
けどあの化けていた時間は
共に過した時間は
忘がたい記憶の匂いとなって
染み付いて離れなかった。
カーテンを通して見えるのは
健気に咲く
一つ前の雨の季節の花。
梅雨明け、というのは
早いもので
夏が来たというような
ジリジリと暑い日差しが
部屋に差し込んでいた。
今日は寝坊。
何にもやりたくないと思ったので
水を一杯飲んでから
二度寝した。
でも暑くて
エアコンをつけるために
また起きた。
外は今にもセミが鳴きそうな暑さ。
気を取り直して三度寝をすると、
今度は寒くて起きた。
リモコンを見ると18℃。
26℃まで上げて
風量を少し下げた。
さて四度寝。
次はお腹がぐ〜っと鳴った。
そういえばお腹が空いてたんだった。
けど今日の私は
食べることにすら
エネルギーを使いたくない。
短期冬眠…というか
短期夏眠を取る事に。
1日中寝たい。
寝て起きたら世界滅んでて欲しい。
"Good Midnight!"
大嫌いだけど大好きな
夏の朝と夜。
寝苦しい夜と言わずに
いい真夜中になりますように。
五度寝中の私は
夢の中でそう願った。
劣等感が青く深く
私に染み付いて
手放したくない
日常のちょっとした幸せ、
例えば
白い服に何か零したと思ったら
ギリギリのところで
お皿がキャッチしていたときとか。
そんなのを手放してしまうかもしれない。
何も考えられなくなって
呼吸の仕方さえ忘れて
何をするにも息切れして。
手放したくないという感情が
欠如してしまうかもしれない。
趣味もやるべきことも
何もかも他の人より劣るなら
最初からやらなければよかったと、
全ての行動は無駄だったのだと。
ここで踏ん張って
手放さないと決めたものは守り抜き、
思考を止めず、
劣等感など抱く隙を与えない人が
前に進めるんだって
よく分かってるのに。
ずっと同じことの繰り返しで
もう分かっているのに。
"Good Midnight!"
踏ん張れない私の、
青く深かった劣等感は
いつしか黒く海溝のように
大きな穴を開けていく。
梅雨明け30℃、
夏の気配を感じる今日。
白雲峠異変なし、っと。
毎日この峠を見てまわり、
記録に書くのは大変だ。
しかも今は夏。
通気性抜群の布ポンチョと
歩きやすいサンダルが無ければ
暑くて倒れてたんじゃないか?
白雲峠は
ネブラスオオカミが生息する峠。
ネブラスオオカミは
仲間意識が高い割に
オオカミの中でも特に身体が大きく、
知性を持たない者もいれば
力を余るほど持っている者もいる。
そんなオオカミが
一つの峠に集まっているとなると、
仲間割れというのが起きた時
すごく面倒で
すごく抑えるのが難しい。
だからこそ私がこうして
今日も峠を見てまわる。
喧嘩しているオオカミ、
ピリピリしているオオカミがいたら
すぐに記録に書き報告し、
峠を守っている。
最近は人間の出入りが多いと聞くが
おそらく狐に似た人の噂だろう。
あの人はよく噂される人だから。
狐に似た人は
数少ないトモダチだから
来てくれるのは嬉しいんだけどね。
人間に来られると
ネブラスオオカミも異変を察知して
すぐ見に来ちゃうから。
"Good Midnight!"
はぁ。
また早起きして
暑い中記録を書く。
白雲峠異変なし、っと。
ちょいとそこのお姉さん。
声をかけられたかと思うと
狐に似た人だった。
久しいねぇ。
まだ記録続けてはったんやねぇ。
ええ。報告は私の仕事ですから。
いつもの毎日とは
ちょっと違う、
トモダチと話せた
嬉しい早い朝のことだった。
そこで
寝っ転がって
目を瞑ると
身体の中を魚が泳ぎ、
身体の中をジンベイザメが泳いだ。
そこは自分が水槽になり、
魚たちを自分で生かす
ということが体験出来る水族館。
名前はよく知らないけど、
好きでよく通ってる。
特に身体が水みたいに
冷たくなるのと
ジンベイザメが通る時は
他では味わえない感覚だと思う。
"Good Midnight!"
私は水、今は水。
魚を生かす
ただの水。
そう思うと気持ちが楽になる。
まだまだ知らない感覚は
たくさんある。
踏み出すのは私も怖い。
重い重い気持ちを
少しでも軽くするため、
まだ見ぬ世界へ!