最低気温がまとわりつく夜中。
冷凍庫で氷に囲まれているような
刺すような寒さ。
手はかじかんで
上手く動かせない。
毎日毎日疲れた。
はぁ〜っとついたため息から
白い吐息が宙を舞う。
ひらりふわりと
のぼっていく。
あぁ、
私も連れて行って欲しい。
ここじゃないどこかへ、
まだ見ぬ世界へ、
現実を捨てれるほどの
非現実へ。
目を瞑れば
毎日夢見る景色が浮かぶ。
冷たい風は草を撫でるそよ風に。
大きな緑の山や草原は
想像が鮮明に再現してくれる。
小さな湖が所々あって、
少し遠くの方にお城もあって…。
そのお城には今は誰も住んでいないけれど
過去を語るように
ただそこにあって。
あぁ、そんな所に行きたい。
草原で寝そべって
大きな山に映る雲の影を見ていたい。
風の匂いを楽しんで
のんびり過ごしたい。
"Good Midnight!"
いつの間にか寝ていた。
目を開けると
そこはいつもと同じ場所。
私の家で
見慣れた景色と家具があって
冷たくて寒い。
さっきまで最高だったのに
今は最悪。
社会に少しでも貢献するなんて
私も随分つまらない人間になったなと
ぼんやり思う。
でも、
どんなに夢見ても
どんなに願っても
無理なものは無理なんだと
諦めきれるほど
大人にはなれなかった。
午後23時。
少しウトウトしてきた頃、
外の暴走族がうるさい。
うざったく思えて、
今すぐにでも大通りへ行って
蹴飛ばしたい気持ちで
いっぱいだった。
ブンブンずっと鳴らして
イキりたいだけのただのバイク乗りが。
ドロっとして黒い言葉ばかり出てくる。
こんなうざい音より
雨の音を聞いていたい。
へなちょこの迷惑客より
紅葉の山や草原を見ていたい。
私が世界を作るとした時に
いらないと思ったものは
今の私にもいらないもの。
綺麗なものだけ摂取すればいい。
人にされて嫌なことは
自分もやっちゃいけないって、
それはつまり自分が嫌なことは
いらないってこと。
でも私が私のいらないものになるのだけは
絶対にイヤ。
だから深呼吸して
新鮮で少し冷たい空気を
目一杯肺に取り入れる。
私がまだ私にいると思えるものだって
そんな人なんだって確認できるように。
まだ、
まだ大丈夫。
まだ私は私で、いるもの。
人の笑い声。
虫。
貧乏揺すり。
咀嚼音。
サイレンの赤色。
怒鳴り声。
あー、私いつかいらなくなるなぁ。
深夜はいつも私の味方。
静かで綺麗。
でもきっと私は
深夜の敵になる。
いらなくなる。
捨ててしまいたくなる。
"Good Midnight!"
疲れる。
泥のように眠る。
部屋の電気がついたまま。
永遠に消えない灯りは
悲しさと煩わしさが
混ざってできた
汚い感情ばかりだ。
真夜中の街。
風が強くて冷たい時期、
それでも私は歩く。
暗い小道を、裏路地を。
たった1つの
これだ!ってビビっとくる
温かさを求めて。
誰かにこっちの道は明るいよって
引っ張ってもらいたかった。
誰かの特別になって
私も特別だと思えて、
ぎゅっと抱きしめて欲しかった。
叶わぬ願いは
心の奥に仕舞うしかない。
小道や路地をぬけた先には
大通りが待っていた。
真夜中だというのに
灯りが絶えず輝いていた。
きらめく街並みは
星屑のよう。
星は沢山あるけど
月は1つしかない。
星屑の1つでしかない私を
月に見つけて欲しい。
もう、
誰の隣にいる資格が無いとしても。
満月が空高くにあって
とても小さかった。
手をどれほど伸ばしても
届かなかった。
ただ冷たい空気が手を冷やすだけ。
白いため息がふぅっと出る。
途方もない悲しさだけが
私を埋めてくれるみたいだ。
"Good Midnight!"
気分も乗らず
道端に座り込んで
大通りの灯りに置いていかれる。
私ってなんで生まれてきたんだろう。
そんな黒い闇に呑まれながら。
五感が全部無い
人間モドキを
人はロボットと呼ぶのでしょう。
真っ暗で何も聞こえなくて
食べるものに
味が無いのは当たり前で
今どこで何を触ってるかすら
わからない。
甘い香りなのか、
臭い匂いなのか、
そもそも匂いってなんだろう。
わからないことだらけで
文字は読めないし、
点字も触れない。
手話すら出来ない。
一昔前の
出来損ないのロボットみたい。
唯一できた事は
考えること。
全ての情報が
世界と閉ざされている中、
私自身の何かを使って
何かを考える。
父親の顔も
母親の顔も見たことがなく
兄弟がいるのかすら知らない。
何を食べて生きているのかわからない。
なんだか眠いな、なんだかお腹が空いたな、
そう思ったら何故か
すぐに欲求が満たされる。
何かが私のお世話をするように
私が何かに生かされている。
私は記憶力がものすごく良くなった。
でも記憶するのは
私がわかってる私のことだけ。
何が何かわからないから
ずっと寝て起きてを繰り返してる。
"Good Midnight!"
一通の手紙を書いた。
もちろん私宛で
私の心から私の心へ贈った手紙。
私の全てを注ぎ込んだ
秘密の手紙。
来世はロボットとして
お荷物としてではなく
人として生きてみようと。
冬は寒い。
吸う空気が冷たくて
鼻も喉もキーンと痛い。
でも冬は独特の乾燥した匂いが漂っていて
私はその匂いが好きだ。
いつもと変わらない12月のある日、
冬の足音はすぐそこまで
じゃあ、出迎えてもらおうと
私は毛布にくるまる。
こんな寒い日は誰も外に出ない。
冬の空を全部全部一人占めにするんだ。
無理に笑ってみせた。
遠すぎる冬の記憶。
一生一人でも
二度とここへは帰れなくても
待っている景色はきっと綺麗。
それは私だけの冬だった。
さよならって言ったって
簡単に冬は去ってはくれないし、
それで全て終わってしまうような
季節じゃない。
変わらない日々が
嫌と言いつつも何となく好きで
空も星も
私のことも
いつか好きになれますようにって
流れ星に願ってみたり。
"Good Midnight!"
冬の冷たく強い風で
季節外れの風鈴が鳴り響く。