千五百年以上も生きる私には
周りの世界はまるで他人のようだった。
自分はそこにいるのに、
この世界の一員なのに
ここにいないみたいな。
1度だけ
背の低い人を連れて旅をしたことがある。
趣味の予言を伝授したが
私にはまだ遠く及ばない。
精々翌日のことが
ほんの少し詳しくわかるだけだ。
それでも未来の見方を教えて
予言の練習をさせた。
私にはこの人は習得ができないという未来が
バッチリ見えていたのだ。
しかしなぜか教えずにはいられない。
未来をこの手で変えてみたい。
そんな浅はかな願いで
その人に付きっきりだった。
ある日、
その人からカラフルな花束を貰った。
額縁にフィルムで空気を入れずに挟むと
枯れないらしい。
永遠の花束。
永遠なんてそんなもの、
存在しないはずなのに
この花は枯れるはずなのに
人の手によって永遠は実現された。
私はたまらなく嬉しくて、
その日はいつもより細かく教えた。
まだまだ私の寿命は長い。
あともう千年は生きられるだろう。
でもこの数年が誰かの人生を変えて
私という存在を植え付けた。
心に残り、
声も顔も仕草も笑顔も
覚えてしまうのだ。
"Good Midnight!"
白色の額縁に入ったカラフルな花束は
今日も色褪せず綺麗で。
ある日、
背の低い人がこの花屋にやってきて
カラフルな花を額縁に飾りたい、
選んで欲しいと言われたので
明るめな色合いの花を選んでいる時だった。
予言します。
最近テレビに出てる
薬物乱用ダメ絶対!の彼、明日逮捕されるよ。
薬物を取り締まる人だったんだけど、
3日間大麻をやってる人に捕まったことがあって
薬物漬けにされちゃったんだよね。
でも誰もケアしてくれなくて。
それで少し前から取り上げた薬物を
自分で使ってたんだ。
それが今日の夕方に後輩に密告される。
いきなりとんでもない話をし出すので
思わず手を止めて聞き入ってしまった。
少し背の低い人は続けて言った。
あ、もう1つ予言します。
君、2年後死ぬよ。
驚いたが、
別に死にたくないというわけでは無かったので
私は表情を崩さなかった。
その人は花を受け取ると
すぐに店を出てどこかへ行ってしまった。
花屋は18時にはもう閉店で
私は家に帰った。
部屋に入った途端
両目から涙が溢れ出して
口から死にたくないという言葉が出た。
意味がわからずにいた。
私は今までの人生で楽しいことも
苦しいことも無かったから。
生きてても死んでても同じなら
死んでいたいなと思っていたぐらいだ。
鈴をつけた黒猫は
私の涙をペロペロ舐める。
いつもは私と同じで
無表情で感情を表に出さず
気に入らないことがあると
爪で引っ掻くくせに。
やさしくしないでよ。
今日だけはやさしくして欲しくない。
あの背の低い人が言ってたことが本当なら
2年後に死ぬかもしれないってのに
生きたくなっちゃうから。
翌朝、
テレビに出ていたのは
薬物で捕まった彼だった。
昨日の人が言っていたことは本当だったのだ。
この調子なら私死ぬな。
そう思うと
花屋なんかでバイトしていたくないと
バイトを飛び
旅行に出かけた。
もちろん黒猫も一緒に。
行動が早すぎるし
準備もなにも出来てなかったけど、
野宿も視野に入れて
1日を満喫した。
"Good Midnight!"
久しぶりに見た空は
黒くて暗くて
星が沢山散りばめられていた。
ただいつもと同じように
道路を歩いてた。
いつも通り苦しかった。
私は小説家になりたかった。
けど物語を書いていくうちに
これまで書いてきたものも、
今書いてるものも、
全部全部
話が面白くなくて
意外性がなくて
オチがなくて
私に才能がなくて。
ずっと前に見た
魔法みたいに話が進んでいって
まるで目の前で起こってるように思えた話は
私には書けなかった。
薄々気づいてたことだったけど
改めて思うと
もう楽しくなくて。
ずっと苦しくて引っかかるだけだった。
家に帰ると
書きかけの小説と
くしゃくしゃの紙。
久しぶりにゴミ箱に入れると
ゴミ箱の下に隠された手紙があった。
見覚えのある手紙だった。
恐る恐る読んでみる。
小説家になりたい私へ。
今から初めて小説を書きます。
でも多分、
私は綺麗に話を作れない。
1文字も書いてないけど、
わかります。
私のことだから
この手紙をほんのりとしか覚えてない頃、
才能がないから諦めようだとか、
書いてても楽しくないだとか
適当な理由をつけて
簡単に夢を諦めようとすると思います。
でも私は
ごちゃごちゃで分かりずらい話でも
私の書く世界が好きです。
その事を思い出してください。
お願いだからこれ以上
私の世界をゴミ箱なんかに捨てないでください。
大切に持っていてください。
ポロポロと涙が零れた。
私は私のことを誰よりもわかっていた。
未来の私の夢を救ってくれた。
行かなくちゃ。
机に向かって
椅子に座って
白紙に世界を書かなきゃ。
私が書かなきゃ
世界は始まらないから。
"Good Midnight!"
今だけでいいから
全人類とりあえず死んでくれって思ったり、
1回だけでいいから
土下座しながら飛び降りたいって思ったり、
自分の目を引っぱたいて覚まさせたいくらい
寝ぼけた考えが浮かび続ける朝。
ポチッとボタンを押すだけで
部屋が一変し、
じゅうたんだった床は
木のフローリングに、
真っ白だった壁は
花柄になった。
全身鏡には落ち着いた服を着た
少女が映っていた。
外に出て少し歩くと村と店があり、
りんごカスタードパンを買って
また歩いた。
疲れてパンを食べて、
歩いて疲れて…。
そうして着いたのは港だった。
波は穏やかで
風も優しくて
夜まで桟橋に座っていた。
なぜあんなに歩いてここに来たのかと言うと、
月に1度だけ
この桟橋から
光る星屑クジラが見られることを知って、
こうして毎月見に来ている。
目の中が星屑で埋め尽くされるような
不思議で綺麗で
時間が止まったような体験ができる。
クジラも綺麗だが
クジラが映る海もまた綺麗で。
寒い中1目だけクジラを見て
ボタンを押そうとする。
あんまり見てると中毒性が高いから
目が腐ってしまうので
諦めてボタンを押す。
"Good Midnight!"
バイバイ。
私の大好きなセカイ。
目を開けると4時間経っていただけで、
まだ朝の8時だった。
この世界でも
上手く歩いて生きれたらなぁ。
頬を引っぱたいて
寝ぼけた考えを押し込んだ。
少ない荷物と
歩きやすい服装。
身軽な旅は
私の足を自然と動かしてくれる。
何年か前に
自分に合わないと思い
家族や愛猫すらも置いて
一人で旅に出た。
猛暑の夏も、吹雪の冬も
ずっと歩いた。
都会の明かりは眩しすぎるから田舎道を。
旅の途中、
ふと夜を感じたくなる。
眠いのに眠れず
昔のことを思い出して
もう帰りたくないなーとか
もう帰れないかもなーとか。
ちょっとずつ私の首を締めていって
夜に飲み込まれる。
月みたいな太陽を見たその日の夜も
そんな、
いつもと変わらない嫌いな夜だった。
喉が乾いて、水を飲んで
寝付けなくて外に出た時に
完美さんに出会った。
ツインテールに花の髪飾りをつけ、
紫と黒の服を着た不思議な少女だった。
吸い込まれるような瞳を見ていると
夜が嫌いなんですか?と聞かれた。
そうなんです、と答えると
私も嫌いだったんです。
でも私の友だちは夜が好きで、
私も好きになったんです。
何故友達が夜が好きだと好きになるのか
詳しく聞かせてもらった。
そしたら私も夜が好きになりそうになった。
私の友だちは
私のことをある事から逃がしてくれて、
それでも私も友だちも
記憶喪失になったんですけど、
全身に火傷を負って
記憶がお互い戻っても
何事も無かったかのように
友だちは友だちでいてくれて、
本当にあの時はヒーローみたいでした。
それで、
友だちが助けてくれたのが夜だったんです。
火を振り回すやつらが見やすくていいって。
でも後から
友だちがただ怖いだけで無計画だったことを知って
みんな同じで
怖いものは怖いんだって思うと
なんだか夜が好きになったんです。
丁寧な話し方をする完美さんは
ポケットから金色の鍵を取り出して
私に手渡した。
何の鍵か聞くと
夜が好きになる鍵なんだと。
"Good Midnight!"
少ない荷物に
小さい荷物がまた増えたなーと
整理がめんどくさく思えたが、
何かに当たる度にカチャリと音がすると
早く夜になってみてほしい、
金色の月が浮かぶ夜が好きになった。