.......ジーッ、...ザザッ。
あー…あー……。
顔も名前も
まだ知らない君。
どこかにいる誰かさんな君。
全車両にいる夜更かし好きなお客様。
こんばんは。
私は皆さまと同じく夜更かしが好きな者です。
こんなに早い時間から
夜更かしなんて言いたくはありませんが、
どうしても外せない用事が出来ちゃいましたから。
そう、この列車のことです。
「夜の鳥」の運転手さんが
少しお休みしていまして、
代わりに運転させていただきます。
以後お見知り置きを。
自己紹介といいますか、
私のことはこれくらいにして、
本日は「夜の鳥」をご利用くださり
誠にありがとうございます。
こちらの列車は、
夜更かししたいお客様を乗せ、
夜の街を走る
気まぐれ列車となっております。
行き先が明確ではないので
迷子列車ともいわれております。
皆さんの車両にあるベッドに座って
どうぞごゆっくり
この夜をお楽しみください。
おっと、少し注意点?を言い忘れておりました。
「夜の鳥」の運転手さんは
各車両ごとにアナウンスをしていましたが、
私は列車を運転するのが久しぶりでして
運転することに手一杯になってしまうので
アナウンスは出来かねます。
ご理解いただけると幸いです。
それでは皆さんGood Midnight!
…プツンッ。
あられが降りそうな
寒い夕方のこと。
川の日陰になっていたところに
木の枝があって
何か引っかかってたから
近くで見たら
トランシーバーで
落としたのかなと思い、
拾ってコールしてみた。
すぐに少女の声で
"Good Midnight!"
こちら、白雲峠より旅に出た者です。
状況報告します。
星が降っています。
いい夜です。
と聞こえた。
白雲峠は聞いたことがないところだし、
星も降ってないし、夜じゃないし。
けど、
子どもの遊びかなーと思って
少し付き合ってみた。
"Good Midnight!"
こちら、西南西の方向に旅に出た者です。
状況報告します。
太陽が赤く光り輝いています。
いい夕方です。
すると
私の声が聞こえ、状況確認が完了しましたら、
また川に流してください。
と聞こえた。
意図的に川に流したものだったのか。
私はなんだかザ・子どもの遊びという感じがして
ふふっと笑ってしまった。
言われた通りに
トランシーバーを川に流した。
が、
私が拾った川ではなく
別の細い川に流した。
その方が冒険っぽくて
楽しい気がして。
私の次はどんな人が
少女と状況報告をするんだろう。
正直猫かぶってる自分は
吐き気がするほど気持ち悪かった。
なんでも引き受けて
何をされても怒らず注意するだけ。
ロボットとはまた違うけど、
人間味のあるロボットみたいな感じ?
言っちゃうとあれかもだけど、
隣ではちょっとやそっとのことで
ぶっ倒れてるやつがいて
気にかけてもらってて
羨ましくもあったけど、
その立場は
私じゃないなって思ってやめた。
それでも疲れてきて
ちょっと歩くの止めて
空でも飛ぼうかなって思ったりもした。
でもね
まだあの神アニメの続き見てないし、
大好きな漫画は完結してないし、
だからそれもやめた。
そしたら待ってるのは
我慢とため息よね。
もういいよ。は
許したんじゃなくて
諦めただけでまだ怒ってる。
すごいねって言ってても
どこかでその人を見下してたり
恨んでたり、妬んでたり…。
鏡に映る顔には
笑顔が張り付いてて
にっこにこ。
人生に疲れちゃった証明みたいな
病気も特にないからね。
持ってちゃダメっていうか
治さなきゃいけないやつなんだろうけど
持ってる人を時々羨ましく思っちゃう。
曖昧で繊細で細かくて
薄れやすくて霞みやすくて
そんなどこかの誰かさんの夜に
少しでも安らぎをもたらせる言葉。
"Good Midnight!"
こう言っちゃえばどんなに最悪な夜でも
いい真夜中になるから。
1つ自分の殻を割ってみたいと思った私は
帽子かぶって
猫は脱いで
にっこにこで
鏡を割ってやろうと思った。
あの時ほんの小さな勇気が
私を動かしていたら
きっと何か変わっていたかもしれない。
そう思うことが多々ある日常の中で
したくなくてもしなきゃいけない、
行きたくなくても行かなきゃいけない、
我慢しないといけない事なんか
山のようにあって
それを毎日自分の感情殺して
こなしていって
本当はとっくに辞めたいのに
とっくに逃げ出したいのに
引き止められちゃって
続けちゃって
何かを変えたいのに
変える選択肢を消してるのは自分で、
やっぱりどうしようも無いのかもって
日が当たるまで
少しだけ息を止めて
少しだけ潜っていて。
そしたら鳥につつかれて、
庭の手入れっていうのかな。
掃除?みたいなのしないかって言われて
その時は投げ出したい気分だったから
引き受けますって言って
全てを捨てて
庭の掃除をする人になった。
でもその庭には
いろんな種類の鳥しかいなくて
人は一人もいなかった。
ちょっと不安になったけど、
無駄死にするくらいなら
鳥に食われた方がマシだって。
綺麗な紫陽花を育てたり
レンガを磨いたりした。
意外にも庭の掃除をする人は
私に合っていて
楽しかった。
前よりもずっと幾らか楽で。
"Good Midnight!"
あの時私をつついてくれた鳥は
手紙を届ける魔法のカモメで
ここ何週間か会っていないのだが
もっと前にあったことがあるような
懐かしいような気がして止まない。
今日も薄い霧の中
紫陽花に水をやる音が庭に響いた。
えへへ。
ニコニコと笑顔な少女には
悩みなど知らないような
明るいオーラが付きまとっていた。
余程いい事があったのか
いつにも増してご機嫌だ。
買っちゃった!
買っちゃったぞ〜。
一緒に使う友達いないけど、
腕時計型トランシーバー!
袋の中の箱にはトランシーバーが1つ、
もう1つは既に少女の腕に付けられていた。
ぬいぐるみにでも付けて
ままごとでもするのだろうかと思われた。
しかし
少女は川に投げ捨てた。
そしてコールを待ったのだ。
何時間も、何時間も。
大きなコール音が鳴ったと思ったら
わぁ!と声を上げたが
少女はすぐに応答し、
"Good Midnight!"
こちら、白雲峠より旅に出た者です。
状況報告します。
星が降っています。
いい夜です。
と言った。
向こう側はなんて言っているか
聞き取れなかったが
構わず少女は続ける。
私の声が聞こえ、状況確認が完了しましたら、
また川に流してください。
どうやら色んな人と話すことが
少女の目的のようだった。
子どもっぽいけど
どこか言葉遣いが大人というか、
手慣れてるというか。
上を見上げても
夜じゃないし、星も降っていない。
白雲峠というのも聞いた事がない。
謎しか浮かばない少女は
鼻歌を唄いながら
スキップでどこかへ行ってしまった。
まるで流れ星のように。