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4/10/2025, 1:29:12 PM

令和7年4月10日

「夢へ!」

7色に輝く瞳をもった黒猫の彼女白猫リリーは白くたおやかな毛並みと碧い海のような瞳が特徴的であった。このリリーは神出鬼没で鬼や神のように現れたり消えたりし、自由自在で掴みどころがなかった。そんな雌猫の尻を追いかけ回す野暮な集団をリリーは鼻にもかけない、花でも蒔かれモテナイ猿は赤い🤬←で追いかけ回すが、夢は掴めない。何故なら猿は猿だから群れて寄っても、毛並みたおやかな白猫リリーに触れることは出来ない。猫を真似てみても所詮は猿真似で猿は猫にはなれない
猿は猿として猿山でボスに仕えて生きるが良い。猫は猫 𓃠 猿は猿だ🐒 ついでに雀は雀だ🦜 猫には猫の生き方がある、いくらその白く輝く百合の花のような白猫リリーを掴まえようとも無駄。お前らには掴めない✨️解らない✨️ 解ったようなふりをしても解りっこない、白猫リリーにも赤い🤬←🐒の気持は解らない解りたくもない。解らないものは解らないで良いのだよ、何をムキになって追いかけ回す、どれだけ追いかけ回してもお前らには無理だよwww 可哀想に自分の病みに気が付かないで自分を棚にあげ人を裁く、それでは己の病みを晒すだけだ。大事にするんだ「自分の分」をwww 好きだろ?そういう言葉www しっかり「自分の分」を弁え護りたまえ、それがお前様たちの長い見果てぬ夢「夢へ!」の第一歩だから。

お大事に。

「自分の分」を弁えもせず、神様にお願いしても約束しても、追いかけ回しても、夢は叶えられません。これは、京都の「鈴虫寺」で聞いた、お坊様お話です。


「まだ見ぬ、波濤」  作 碧海 曽良

1989年8月

消費税は、この年の4月1日4月バカに3%で導入された。 

之子はようやくスクランブル交差点を行きたい方向に人の波に押されずに渡り切ることが出来るようになっていた。新宿駅で迷子になったり渋谷駅構内から出れなくなることもなくなった。そんな之子ではあるが、外海課長が見込んだ通り売上だけは良かった。同期入社で研修から仲の良かった関東出身の二人よりも売上成績は良く全体成績でもトップクラスであった。昔から、なぜだか「招き猫」と渾名される之子には商売の神様がついているようだ。完全アウェイのこの土地で、それでも店頭に立って物怖じせず販売が出来たのは、この謎の自信だった。

「私には商売の神様がついている」

昔から誰も客が入っていない店に之子が入ると何故だか後から客が2、3組入って店が賑わう。これは、若い時から何度も店の店主から言われていて、「招き猫さんやなー」と言われることがよくあった。大人になってからもそれは変わらず、どれほど気負っていても緊張していてもビクついていても、飄々として見えてしまうらしい。

之子は、店に立つと何かが降りてくる気がしていた。それを之子は「商売の神様」と呼んで、まるで子供がイマジナリーフレンドにでも話しかけるように、「商売の神様、今日も降りてきてや!」と朝から肩先に話しかけてから店頭に立つ妙ちくりんな儀式を毎日するのであった。

それほど、之子は店頭に立つのが好きであった。好きこそものの上手なれ、毎日が文化祭の様なデパートでの販売職が之子は心底好きであった。

その当時之子は、関東出身組はじめ同僚たちのように、夜遊びに出たりしなかった。とても慎ましく暮らしていた。仕事が終われば即帰宅、自炊、朝早くからお弁当をつくりお弁当持参で出勤。だいたい社販で買ってもそう安くない自社ブランドの洋服を買うために働いているような之子には、そんな余裕はなかったというのが正解でトレンディドラマは夢の国のそれこそドラマだからの有り得ない世界で、普通にドラマと現実は違うからこそ良いのだと社会人にもなれば学ぶのである。極稀に誘われて木暮さんと藤木くんと高円寺辺りの居酒屋に行くくらいだ。その頃流行りのマハラジャもキング&クイーンも東京に来てからは行ったことがなかった。どこか肩パッドくらい肩怒らせて、「私は仕事よ!」オーラ演出で関西ローカルの心細さを紛らせている姿は、猪突猛進、直角にしか進めない、おたけや、高校入試になって全く縁もゆかりも無い土地で一から人間関係再構築、それは夢というのか不安というのか?と云った風情だったのだろう海内洋の孤独な心を、この時之子は推し量ったのであった。

8月お盆前、帰宅すると二件の留守番電話が録音されていた。ひとつは母「お盆は帰えらんのか?」もうひとつは、東京に来てから一度電話で話したきりの駒子であった。

之子は、おこまに折り返した。

「久しぶり〜ぃ、元気やった?」
「仕事慣れた?」

どちらも、同じことを切り出して見事にハモった。

「まあまあかなぁ」までハモった。

おこまが「夏休みとか取れるん?デパート」と聞いて来た。

「夏休みは夏には取れんかなぁ、新米社員やし」

「なにーぃ、桐子が仕切る同窓会出やんつもりかぁ?」

「出たいけどさぁ」

「ビッグニュースがあるのに」

「なにーぃ?」

「海内来るらしいよ、桐子が之子に言っとけって」

「そ、そうなんや、そんでも、今からは無理やわ」

「そうなん、海内の住所知ってる?」

「え?そんなん知らんけど」実は知っていた。桐子が教えてくれていた。けれど、手紙を出すのも気が引けて、ましてや電話をかけたり訪ねたりするなんて考えることも出来ずに、メモはアドレス帳に挟んだきりだ。もう、このまま眠らせてしまおうかと思っていた、そんな時おこまからの電話で之子の心はざわついた。


同窓会まであと2週間。


つづく


後書き

ねぇ、どうしてそんなに偉い人みたいに人を査定したいの?人の相談のってるつもりか?癒してるつもりか?寄り添う〜見本?寄り添うんなら薄汚い下心ちゃんと隠しなさいな、透けて見えてますよ、私は良い人ですってあざとい下心www 一旦上に上げた自分下ろしたら〜センセー。聞いて欲しいの褒めて欲しいの忘れないで覚えていて欲しいの、解って欲しいの解らないで欲しいの…お願いばっかやね、しかしwww 

嗚呼、違ったわ、やっぱり。やっぱり無理だわ所詮SNS民だものwww ここに来る時は全ての期待を捨てて来よう🌾🌾🦜🌙 そうすれば、砂漠のバカも夜中の薔薇に見えるかもしれない🌹

薔薇には薔薇の霞草には霞草の美しさがあり、寒椿には寒椿の菫には菫の藤には藤の紫陽花には紫陽花の向日葵には向日葵の美しさがある、それと順序とは別の話。日本語解りますか!?www

 センセーと呼ばれるほどの馬鹿でなし

4/9/2025, 11:32:51 AM

令和7年4月9日

 お題 「元気かな」


「まだ見ぬ、波濤」  作 碧海 曽良  

1989年6月 

まだ、梅雨は始まっていなかった。6月の日差しに咲き始めた紫陽花が暑そうにしている。之子は会社の保養所がある奥多摩市の温泉にいた。新入社員研修がこれから一カ月行われる四月に新卒入社した者の研修が終わり、6月の一カ月は中途採用者の研修、中途採用者は今年度の前期ボーナス支給後の7月からの正式採用となる。だいたい、新卒入社の者が最初のボーナスを貰い続かない者は退社する。その補充に6月研修の中途採用者が充てられる。パワハラもカスハラも何の決め事も無かった時代であったが、社員の福利厚生は終身雇用前提の時代は至れり尽くせりであり、会社は家、上司は親戚の親父様、同期は兄弟姉妹であった。

之子は、祖母との約束を破り2年で前職を退社し、なごり雪の除去を目的に東京に乗り込んだ。勿論、祖母、母は猛反対だ、暫く帰省は出来ないかも知れない。桐子が幹事をする平成初の同窓会には出席したいのだが、仕事も7月から腰を据えてかからなければならないし、「今年は、帰れないかも知れないなぁ」と、夕刻になり、梅雨のはしりのような湿った空気と俄に掻き曇った空を眺めて呟いていた。紫陽花が生き生きと空に向かって両手を広げているようにシャンと葉を広げ首を立てていた。雨を待ち雨を喜ぶ命もある。之子の脳裏に水を張った田園を渡る風が吹いた。やはり、之子はこの時はまだ、帰省する帰ることばかりを考えている、田舎娘であった。

研修は、はじめ1週間は会社の保養所がある温泉つきの宿で社員同士の親睦を兼ねて、緩いペースで進められ、その後2週間は本社勤務各部署を周り、最後の1週間は店頭にて販売研修。そして配属が決まる。

之子は研修で仲間も出来た。
横浜横須賀生まれで実家は、この頃流行り出した百円均一ショップを何店舗か経営する父を持つお嬢様の木暮美智子さん、凄く之子から見ると垢抜けている、東京を絵に描いたような…いや、彼女は神奈川県民で前職も神奈川県であるのだが、何故か之子にはTHE東京な美智子さんなのであった。そして、もう一人仲良くなったのは、之子が生まれてはじめて見る生粋の関東ボーイ。藤木くんも神奈川出身、藤木くんとの出会いは、ひとつの衝撃であった。関東の男の子と話したことが無い訳ではなかったのだが、之子には柔らかすぎる藤木くんの言動で彼を随分長い間、オネエいや、もっと深刻なやつなのか?と思っていたからだ。1989年ようやくニューハーフという言葉がテレビで使われはじめて一般人も口にする様になった頃である。

こうして、研修は恙無く、最終段階の売り場研修になった。DCブランド全盛期は、とりあえず洋服は高くあることが不可欠、百貨店ブランド全盛期の時代、ハウスマヌカンという職業にウインドを飾るだけの人ディスプレイアーチストと、とりあえずカタカナ職業がもてはやされた時代だ。

之子も、そんな若者の一人であった。

新入社員研修最終プログラム、売り場研修は
この三人は同じであった。

渋谷のスクランブル交差点沿いに建つ、若者の聖地みたいな百貨店が、鶫 之子の新しい居場所であったが、まだ、スクランブル交差点を真っ直ぐ行きたい方向に進めない之子は、渋谷駅構内から出れなくなったりして何度も遅刻を繰り返し東京の洗礼に打たれるのである。


鶫 之子22歳の夏は、こうしてはじまった。


つづく

「元気かな」

有り難う、それが元気じゃなかったのよ(笑)
久々に風邪をひき、熱が出て寝込んでたわ2日くらい、やっと回復。

寒暖差の激しいおり、皆さまもお気をつけください。

元気かな 思い託すは 花言葉 

              碧海 曽良  

後書き

いや、端折りすぎだってwww 何年分かの青春の日々を大切な大切な恋をたった400字にも満たない文字に置くなんて可哀想だわ〜。勿体ないわ〜。本当に、パクるならも少し上手く花咲かせって思うわ〜(笑)🌾🌾🦜🌙 春を桜まで気づけないなんてボケてるよwww 小さな春は初春って言って立春「2月」は春ですよ〜。ぷぷっ。
日本人なら気づくと思いたい。

未だに国家公務員役人崇拝というのがあるのか?と思った、なんとも古臭い言葉だ。

役人たるものたとえ心中に、気位、プライド、見下しあったとてそれを顔や🤬←言動立ち振る舞いに決して出してはならないのが、血税で雇われている人の知性であると思いたい。もちろん血税で養われている家族とて同じだ。しからば、崇拝者は、国家公務員への憧れか?生活困窮者、生活保護申請者、社会的弱者などは公務員様々にしなければ生き辛くなる一方であるのであろうから。故に公務員は知らずと人を見下す資質を身につけるというブーメランかwww。100歩譲って世間を欺く心中の吐露に仮面をつけて、国家公務員役人崇拝をやりたいのか?はたまた生活困窮者のどちらかか、何かしらの団体ということになるのであろう。どちらにしろ、過ぎたるは及ばざるが如し歪みが透けて見える。

話を聞いてあげる…メンタリストセラピストセンセー様?これまた上からで🌾🌾ボーボー草燃える笑笑 自分の道は自分で踏みしめるしかないのであるよ、泣くのが嫌なら歩くしかない。他人様のこと解ったような面で「そーだね、そーだね」なんて言って、言ってる方が気持ちよくなっても、その人に寄り添うにはならない。「そーだね、そーだね」言ってる方が気持ちよくなってるだけだったりするからねwww 

 

4/8/2025, 3:35:00 PM

令和7年4月8日

遠い約束

心の何処か片隅に
君への詩を綴っておくよ

遠く微笑みが愛に
変わるその日まで

サ・ヨ・ナ・ラさGood-bye my sistar

さり気なく言うよ
巡り合いを約束に

いつかはきっとHello my sistar

都会に疲れた時には
戻っておいで…

問題です、昭和58年のカリッと青春スターが歌うヒット曲♪ この曲名と歌手を答えよ。

これが解る人は花言葉に寄せる人への人の想いに気づける…というか結構人生経験積んでいるはずなお年頃なれば、花を贈る時には必要なことくらいは心得ているはず。

ドライフラワーは花の死体であるからして玄関先には飾らない方が良いですよ🌾🦜🌙 花のミイラはお見舞いには適さないし鉢植えもお見舞いには適さない。まあ、所詮、するめはイカのミイラ干し柿は渋柿のミイラドラマイフルーツはフルーツのミイラですけど、屁理屈なんて言い出したらキリがありません。花言葉は、お前さんの好き嫌いの主観的自意識過剰の論理ではなく、古来の言い伝えと神話からつくられた贈り贈られる人への秘めたメッセージです。世の東西を問わず、古より人は花を秘めた想いを込めて愛で贈り贈られて来たということです。だから、相手を思いやる心があれば花言葉くらい調べて贈るのでしょう。昔は贈る日さえ吉凶を言ったもので、日にさえ意味があるように、得意な人もいるかもやな🌙の満ち欠け、星の動き、潮の満ち引きにさえ意味がありました。自然の驚異、命への畏敬の念、贈り贈られる人と人の想いが花だけにではなくあらゆるものにありました。考えましょうwww

知らないから胡散臭く思うだけでしょ、それならそれで宜しいではないのでしょうか、知らぬが仏って言葉もあります🌾🦜🌙 すずめしゃんは子雀しゃんだから稲穂の米食って大人になりましょうwww

結局好きなように取れば良いのでは?ご自分の方こそ、ご自分の言い分を押し付けてらっしゃいますよねwww 花言葉なんて胡散臭いドライフラワー花のミイラは美しい、月灯りにドライフラワーは晒すと魔女になれそうですね🌾🦜🌕️
人に差した人差し指自分に向けろ🌾🦜🌙 十五夜お月さん見上げて踊る狸相手はこの辺りでwww

子供は未熟で手つかずだから純真無垢で美しい、それは平和ボケの最たるものです。戦乱下の国の子供たちを見なさい、盗み騙し人をも殺し少女は身を売ります少年は自らさらに弱い子を殺し強い子が生き残り弱い子の内臓を売ります。これ、世界が百人の村だったらって昔流行った絵本を読んだ時子どもたちと考えました、懐かしい。子どもたちが素晴らしいのではなく大人たちが素晴らしいから素晴らしい子が育つのでしょう、子は大人を写す鏡です。子が素晴らしいではなく、そんな子を育てることが出来る大人になってください。

大人のための童話

「遠い約束とノウサギ」 作 碧海 曽良 
 
(短文)

遠い約束。七色に変わる瞳を持った猫は700万回生れかわり、7色の虹の袂から人間に会いに行きます。毎回毛皮を変えているので人間は気づきません。賢ぶってる偉いセンセーな人間はアホだからではなく目に見えないものを感じる心を多くの人間が退化させたからでした。何故退化させたかといえば、目に見えないものを感じ取る感受性は、あまりに厄介だからでした。もっと簡単に生きれる方法はないかと考えた人間は、感じる感受性を捨て目に見えるものを便利に使うことに精を出しました。賢い人間は真面目ですから、あっという間に世の中は便利になり、もので溢れ豊かになったように一見見えましたが、厄介な感受性を失くした為に解らなくなったことも多くありました。けれどそんな賢いセンセー方は過去や歴史に学ぶことは、格好悪くて出来ませんでした。だって今の在り方を反省し使い古した道具やガラクタに学ぶなんてね、新品好き新しもの好きには出来っこありません。7色に変わる目と7尾の尻尾を神様から貰った700万回生れかわった猫はいい加減呆れて、今度はノウサギにでも生まれかわろうかと考えていました。そうして、人間が捨てて行く見失って行く野に咲く花を食いつくし、ものの順序も違えて、再び人間が思い出せないようにしてやろうと考えました。そうして今、ノウサギに生まれ変わった700万回生まれかわった猫は、幸せのクローバー☘️がつける花シロツメ草を食いつす世界制覇の野望を胸にノウサギとして生き野を走り何匹もの自分の仔を産むのでした。

シロツメクサの花言葉は「約束」と「私を想って」そしてこのふたつの想いがつのり転じて「復讐」という想いも込められた花言葉を持つのがシロツメクサ🌾です。逆張りなんてチンケな薄ペラい流行り言葉ではなく、人の心というものは、常に表もあれば裏もあるということを表現しています。それは人生も同じ、たまたま平和な時代の平和な国に生まれただけで何を踏ん反り返って裁くのか?自問する感受性を持ってください、「人に指した人差し指自分に向けて、ファーストクラスのチケットを与えてくれた、その国のその親にでも感謝する感受性を持て」700万回生まれ変わった猫は、伸びをしてシロツメクサを食み現世ウサギのくせに「ニャー」と鳴きましたとさ((≡゚♀゚≡)) おわり。

因みに、クローバー☘️の花言葉は

一葉が はじまり
二葉が 出逢い
三つ葉が 愛と希望と信頼
四つ葉が 幸運と幸福と信仰
     そして「私のものになって」  
     それが転じて「復讐」となります。  
何事も過ぎたるは及ばざるが如し、完璧は崩壊と終演への序曲、100点満点の自分も他人も世の中もそれこそ独裁者のサイコパスが描く地獄の黙示録です。

ちょっと寄り道

と、言うことで本日「まだ見ぬ、波濤」は諸事情によりお休みです。また、明日にでも付け足すやも知れません。読んでいてくださる方々まことに相すみません。 

充電OK、今夜は書きます✒️… では、また今夜。


            碧海 曽良



4/7/2025, 12:46:38 PM

令和7年4月7日

お題 「フラワー」


「まだ見ぬ、波濤」   作 碧海 曽良 

1989年  東京 

大学進学で上京した海内 洋は高校の三年間だけを過ごした田舎街を回想していた。

「回想」

1982年 

父の転勤に伴って彼方此方転校して出会いと別れを繰り返し、そういうことにドライになったのかも知れないが、高一の春のあの出会いだけは鮮明に覚えている。自分の思春期という青い春がようようと明けて、紫色の雲が薄くたなびいて、そこに明けの明星がくっきりと光っているような、そんな出逢い。何故そんなに輝いて見えたかと言えば、あの凛とした横顔と意思の強そうな人を見抜くような目力だろう。「あのヤロウみたいな目が好きだ」それが率直な第一印象、けれど、春の海岸を二人歩いてみれば、「桜貝はどこから来るんやろ?」 
「お前、ポエマーか?それコバルトの読み過ぎやぞ」と言いたくなるようなことを話出したり。「深夜の句会」というラジオ番組のコーナーに、何通も葉書を出してみたり。「かぐや姫の「神田川」って曲は今じゃなくて過去を歌っていて、昔の恋を歌っていて、今が幸せだから、昔の彼のことをこんな風に言えるんやろねぇ…」とまた話はじめる。洋は、その度「はぁ?はぁ?はぁ?」の連続で、そんな何時も教科書に載っていない試験にも関係ない勉強以外のことを、クソ丁寧に真面目に取り組み、集中し調べ時にはその舞台となった土地に、ふらっと旅に出てしまう絶賛思春期真っ最中の之子の言動が危なっかしいやら面白いやらで、高校三年間の全てに鶫 之子が居て、あの島の潮風の匂いが全て鶫 之子の匂いだった。之子の方は之子の方で、ちっともやる気がなさそうでクラスにも馴染めていない、気に食わなければ教師にも喰ってかかる多分自称一匹狼だと思っているなこいつはな、海内 洋が気にはなっていたが、おタカの気持ちに先に気づいてしまったので、自分の気持ちには気づかないふりをしていたが、お互いまだ15の夜の少年少女たち、色に出にけりで見ていれば分かりやすく気づいてしまう三の角の間の系なのであった。

初夏の放課後図書室の窓から夕暮れの校庭を走る海内を之子は見ていた。遠くから、おたかの声が聞こえた。「あんたらなんで付き合わんの?お互い好きなくせに、目障りなんやけど」なんとも、おたからしい言い草。之子は、おたかさんのこういうところが何故かとても好きであった。彼女の存在は稀有である。とても努力家で塾にも行かず家庭教師もつけずに成績は何時も学年トップクラスで、誰よりも早く登校して部活。おたかも海内と同じ陸上部の朝練に出て放課後も出来うる限り走る真っ直ぐに走り続ける、「おたかってメロスみたい」「はあ?また、之子な脳内たんぽぽの綿毛状態はじまったぁ?」と返された。すると之子は「わたし、おたかやったら待てるわ!」と言った。おたかは「意味分からん、なんか、また頭のなかで話はじまっとるん?」「とにかく、あんたら付き合わんかったら、殺す!」とだけ言いに来て図書室を出て行った。それを、聞いていた桐子が「なあ、これっが、青春?」と聞いたので之子は、すかさず「君は、何を今見つめているの♪…」と歌った照れ隠しであったが、桐子はノッてくれた。「燃やそうよ、二度とない日々を♪」

それが、1982年5月

一学期末テストの後、之子は洋を映画に誘いテスト明け、はじめて二人で観に行ったのが「ブレイドランナー」「ターミネーター」を渋くしたような映画であるが、「ターミネーター」は1982年夏、世には出ていないので二人は、まだ知らない。
この素晴らしい記念すべき1日と映画を之子は緊張し過ぎて全く覚えていない。ただ、映画館を出た後に喫茶店で飲んだレモンスカッシュが美味しかったことだけはハッキリと覚えている。

初恋はレモンスカッシュの味だ。

その、帰り道はっきりと海内洋から「好きやから、付き合ってくれ」と言われたらしいが之子は、それも覚えていない。証人は変装して後をつけていた、おこまだけだった。おこまはこういう時だけ単独行動をする。

光と風の中で、腕をくんだ青い夏が輝いて見えた。

つづく


「フラワー」

フラワーと、いうととても軽く聞こえるのが不思議。「フラワー」と呼ばれるより「花」「華」と呼ばれたいねぇ、女なら一生に一度ただ一人の「花」になりたいね。どうせなら「Flower」よりもフランス語の「Fleur」が語呂的には妖精のようで好きだ。
「花」には負けると思うが。
そうそう「フラワー」と言われると、どうしても「ダンシング・フラワー」のあのちょっとアホっぽいコミカルで滑稽な動きを思い出す。確かに、玩具ぽくってアメリカンな陽気さはある。「陽キャラ」ってやつwww


花見あげ 思い起こすは 君の声 

 
              碧海 曽良

「花」にはなれない「フラワー」さん(笑)

好き嫌いなんて誰にもあるでしょ。手向けるものなら贈る人の好みを考えるのが、優しくあることで、それこそ供花やろ〜ぉ、そういうの屁理屈って言うのよなぁwww
尊さとは別の話だし、順序知らん奴は歴史語る資格ないし、供花は贈る故人の好みを考えるのが思いやり、だから好みを語り合い知るのは大事なこと押し付けではなく。
花の命の尊さとは全く別の話だわwww
メンタリストセンセーはそんなことも推し量れないのか🌾🦜🌙 

ライングループ
既読にだけして、ほっときゃ良いらしいですよ
うちの旦那が言ってます。

4/6/2025, 12:27:47 PM

令和7年4月6日

 お題 「新しい地図」


「まだ見ぬ、波濤」   作 碧海 曽良 

平成元年5月

之子は街にひとつの図書館に向かっていた。桐子と待ち合わせをしていたのだ。GW明け帰省と言いたいところだが、之子は転職を考えて百貨店を辞めていた。そして、この6月から新入社した職場研修が東京本社で行われる。所謂合宿みたいなもの、平成元年1989年当時は、普通にあった合宿形式の研修は、ハワイや他海外で行われる会社も少なくなかった。之子は、春彼岸の平成はじめての帰省で、なにか心に置き忘れたような、なごり雪の落とし前をつけるべく東京行を決意したのであった。おりしも、東京本社のメイカー営業課長であった、外海 隆(とのが たかし)に気に入られ引き抜きという形で、東京のDCブランドメイカー勤務となったのであった。その本社研修までの間の帰省であった。

そんな、帰省中に平成初同窓会が決行されることが決まり、地元で就職した新婚、新婚旅行から帰ったばかりの桐子が同窓会の幹事に選ばれ、手伝いをする名目で待ち合わせた。

午前10時前、もうすっかり初夏の様子の街並みにそよぐ風。水を張り田植えが終わり、梅雨が来る前の一時の風を受け自転車を走らせて来たのである。渡る風に含まれる青葉から香り立つ湿気は梅雨の時期ほどに重くなく、潤った風は爽やかな草木の匂いを運ぶ、そんな風を頬に受けながら久々に自転車を走らせた。

「回想」

1982年 昭和57年4月 

双葉学園海南高等部・体育館

この四月から男女共学になった元双葉学園海南女学院高等部一年生が会する体育館講堂には、圧倒的に女子が多く、数少ない男子生徒たちは目立っていた。そんな中でも良くも悪くも目立ったのが海内洋だが、転勤族の父親に伴い越して来た彼のことを知る者は少なかった。だから余計に目立つ。仕切りたがりやの、リーダーおたかは、海内洋が入学式翌日から遅刻して何くわぬ顔で挨拶も詫びもなく教師の前を通り抜け席に着いたのが気に入らなかったらしく、教師でもクラス委員でもないのに、海内に文句を言い、海内も海内で言い返し軽い争いになってから、海内は素知らぬというより、おたかを避けているのに、おたかは例の顔を🤬←こんな風にして、海内洋を追いかけ回ていた。と、いうより之子は、おたかの海内への想いに薄々気がついていた。おたかは人を気にし過ぎる自称繊細と自分を理解しているようで、気疲れを始終するとボヤくのだか、その割に人の気持ちに疎く空気を読めないところがある。だから、頓珍漢にドラマや物語を読みドラマと現実の区別がつかない「おしんに米食べたせてやってくれ」とテレビ局に新米送る田舎の親父みたいなところがあり、実際ありもしない作り話に本気で切れて怒ったりする。正義感が強いと言えば聞こえは良いが、直角にしか曲がれない融通の利かなさはあった。それは、おたかの温かみに欠ける家族関係に原因が有ったのかも知れない。 

空気なんて読むものじゃないという点では之子も同じなのだが、之子は、片親育ちでも、おたかと違い、交通遺児であり、父を愛していたし、家族親族近所仲が良く人の中で育った。

之子の家は、母が主体となって働く家である。祖母や近所の親戚や大人や年の離れた従姉妹などの中で一人っ子であったが故に、その人の集まりの中で自分のやるべきこと取るべき行動を考え、人が望むものを知らずと見極めようとする力がついているようであった。天然で人のことなど気にしていないようで、人を見、人の気持ちを読める勘の鋭い之子に、おたかは一目置いているのであるが、この日、おたかは人が恋に落ちる瞬間というものを、生まれたての我が初恋の相手に見てしまうのである。

之子は、桜の花弁がひらひらと窓から風に乗って運ばれてくる講堂で、生徒たちを前に作文を披露していた。タイトル「新しい、はじまりと夢」入学式新しい共学というスタイルへの期待からはじまる作文は、途中トーンが変わり、吉野弘の「夕焼け」を引用する「…少女の想いを感じて考えて解ろうとし労れる人になる、それが私のこの三年間の夢だ」と読み上げた。飾りげのない凛とした横顔に舞う桜の向こうから光が差して、之子の大きい目の奥にある鳶色の瞳に反射していた。それを、下を向いてばかりだった海内洋は顔をあげて、好奇心あふれる顔つきで見つめていた。それは、まるで少年が夏休みに黒ぐろと輝く大宮クワガタを見つけたような瞳であった。おたかは後にその日のことを之子に話すのだが、この日胸にポチリと空いたような痛みを感じていたのである。それは、人の心の機微に疎い直角にしか進めない、おたかにも解ったのであった。

つづく

「新しい地図」

なんだか、どこかで聞いたことあるような、、

新しい地図貰ったって、順序違えていい気になって、ふんぞり返っているようじゃ辿り着けない。物事には順序がある。冬物語が連れて来る梅が咲いてこぶしが咲いて白木蓮が散るころ桜が咲いてその桜が満開になる頃、梅は長い花の時を終える。だから、昔の人は我が娘に花の時を長くの意味を込めて「梅」と名付けた。女性の名前花のつく名前は昭和二十年過ぎまで「梅」がつくが常識だ。すぐに散る「桜」は名前には相応しくないとされていた。

巡る花時計の順序、順序は歴史であり歴史は秩序。これも弁えぬ者は、全く理由も分からず、上っ面の言葉だけ邪推して文章を書くけど全く的を射ていない。だから、どこからどう読んだって観たって女性向けのラブストーリーに気持ち悪い感想を恥ずかしげもなく投稿する。あんなの、いい年した男が、一人で観て感想ちまちま打ち込んでたら気持ち悪いわ。まあ、人の勝手だけどさ、モテたためしないんだろうなって可哀想になる。そもそもあれ闇ちゃんなのは男どもの方だわ、息子ちゃん可愛いくて、手放せないママちゃん闇の原因だって、もしかしてじゃなくて見たままだしね(笑)そこは、いい年して現実と作り話一緒くたにしたら新しい地図貰っても辿り着けないに決まってます。

前に進む為に過去があり歴史があり順序があり秩序の上に自由な型破りがある。
型破りは型があるから出来ることなんよ。
これ普遍🌾🦜🌙



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